こみや みこ

第1話

 正面玄関から、彼が入ってくる。


 予定の時間を30分過ぎているから?

 遠目で見てもわかるくらいに焦りの色が浮かんでいた。

 走ってきたのか息が上がっている。



 彼とともに、入ってきた秋の風。

 今日は朝から冷え込んでいる。大陸からの寒気が流れ込んでいるのだとか。室内とは言え、私もそろそろ半袖はやめておこうか。



 乱れる呼吸のまま、彼は鞄を弄る。


 ―――そんなに慌てなくても待ってあげるのに。

 ううん、やっぱり早く来て。



 彼と初めて会ったのは、1週間前。

 初めて来た場所に緊張していた彼は、その一歩を踏み出せなかった。


 でも、今日の彼は違う。

 一歩一歩確かな足取りで私の前まで来ると、頬を上気させ手を差し出した。

 

 私はその腕を引き、瞬時に縛り、針を立てた。

 彼の顔が歪む。

 

 この時を待っていた。やっと叶う。


 彼の腕から赤い血が流れ出る。


 ―――温かい。

 嗚呼、その血が私の指先に温もりをくれる。


 上手くいったわ。

 思わず笑みが零れる。


「あの…」

 針を勢いよく引き抜き圧迫すると、彼が息を飲んだ。

 

「終わりましたよ。検査結果が出ましたら2番の診察室から先生が呼んでくれますので、それまで待合で掛けてお待ちくださいね」


 私は急いで採血スピッツを検査室に運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こみや みこ @komiya35

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ