63:せっかくのデートなのに怪しいパーティに侵入してしまう。【蓮side】

「あれ、」


 ふと俺は声を上げた。レックスとのんびり街を歩いている中、見知った顔を見つけたからだ。


「どうした? レン」

「レックス様。オディオ先輩が、あそこに……」


 俺が指した方をレックスが見る。確かにオディオが裏路地の方へ体を滑り込ませていくのが見えた。レックスも何かを感じたのか、目を細める。

 また、レックスは見えなかったかもしれないが、俺は確かにオディオの身体から黒い霧が一瞬だけ顔をのぞかせたのを見た。嫌な予感がする。きっと今のオディオを逃したら駄目だ。俺の直感がそう言っている。アテナさんからあいつを見守るようにお願いされているのだから、なおさらだ。


「レックス様。俺、オディオ先輩を追いかけてきます」

「待て。お前一人で行かせるわけがないだろう。余も行く。あいつは余の側近候補でもあるのだからな」


 俺は頷く。そうして、二人でオディオが消えた裏路地へ足を踏み込んだ。


 日が当たらず、薄暗いからだろうか。裏路地はどこか不気味な雰囲気があり、背筋に寒気が走る。

 しかしどういうわけなのか、どれだけ歩き回ってもオディオは見つからなかった。その代わり、どこからか中年の男女の話声が聞こえてくる。


「随分と久しぶりね。最近は国の監視が厳しいと聞いたけれど……」

「今、城の連中はハロウィンで忙しいだろうからな。まぁ、国は広い。いくらでも隠れる場所はある。のようにな」


 息を潜める。

 そうして、曲がり角の先をそっと覗いた。建物の裏口の前に声の主であろう貴族夫婦が立っていた。二人とも顔には怪しい仮面をつけており、恰幅がいい。見張り番らしきガタイのいい男がその貴族夫婦から黒い招待状のようなものを受け取る。


 仮面パーティでもするのだろうか。それにしたって、怪しすぎる。それはレックスも同じように思ったようだ。


「レン、今この場に妖精を出せるか?」

「え? あ、はい。おそらく……。おーい、いるか?」


 俺が胸ポケットを覗けば、やっぱり妖精が二人入っていた。妖精達はあくびをしてこちらを見上げる。


「あ、レン~。おはよ~」

「ふぁぁ~。ここはどこ~? 嫌な気配がするよ~」


 妖精達もここら辺の悪い雰囲気を感じ取っているらしい。レックスは懐から小さな紙を出し、ペンで何かを書くと俺に渡した。


「レン。この手紙を国王アレスに渡すようにお願いしてくれるか?」

「わ、わかりました。そういうわけだ、お前ら。お願いできるか? 後でクッキーをたくさんあげるから」

「うん。国王に渡せばいいんだよね。分かったよ~」


 妖精二人はふよふよと手紙を抱えて飛び立っていった。そうすると次にレックスはヘクトルを呼んだ。


「はっ。レックス様。お呼びでしょうか」

「ヘクトル。あそこに忍び込みたい。できるな?」

「承知しました」


 ヘクトルは恭しくレックスに一礼する。と、同時にレックスは俺の腰に腕を回した。


「レン。余に体を寄せろ」

「え、ど、どうして……」

「ヘクトルに光魔法をかけてもらう。髪の色を変えてもらう程度だが、何もないよりはましだろう」


 どうやらヘクトルの光魔法には変装の効果もあるらしい。

 流石ヘクトル。やっぱり王太子の契約妖精なだけあって、頼りになるヤツなんだな。


 すると、ヘクトルがさっそく俺とレックスの周りを一周する。ヘクトルの身体から漏れた光の粒が次第に俺達の髪や体に染みこんでいく……。


「レン、いいぞ」


 その声に目を開ければ、レックスの目立つ金髪は黒に染まっていたし、先ほどの夫婦が身に着けていた怪しい仮面も被っていた。一方俺の茶髪は変わっていないが……ヘクトル曰く「レンにも仮面をつけているように見せているんだぞ! えっへん!」とのことだ。俺やレックス自身は仮面をつけてはいないが、周りからはそう見えるようになっているんだろう。


「よし。これでいいだろう。レン、余はそこらへんの貴族の子息で、お前はその従者だ。いいな?」

「分かってます。でもレックス様。あそこに入るには招待状が必要みたいでしたが……」

「そこも問題ない。この紙切れをそう見えるようにすればよい。ヘクトル、」

「はっ」


 レックスは懐から手帳の紙きれを取り出す。それをヘクトルがたちまち黒い招待状へと変えた。光魔法の万能さに俺は素直に感心する。


 変装オーケー、招待状もオーケー。正直こんなに簡単に忍び込めていいのかどうか心配ではあったが、そこはヘクトルの優秀さを信用した。結果、それは正しかったらしい。


「お通りください」


 見張り番である強面の男はヘクトル特性ナンチャッテ招待状にあっさりと騙されてくれたのだ。

 俺とレックスは難なくその怪しい裏口の中へ足を進めることができた。


 ──しかし俺はこの直後、ここへ入ってしまったことを後悔することになる。


「なんだよ、これ……!!」

「これは……」


 裏口の中は、建物の外見とは矛盾する広さがあった。空間魔法でも施されていたのだろう。

 パーティの華やかな歓声が聞こえてくるかと思いきや、そこは阿鼻叫喚。

 会場のあちこちで、悲鳴や泣き声が聞こえる。それは人間ではなく、エルフやゴブリン、オーガ……人ならざる生物──“魔族”の悲鳴だった……。


 鎖に繋がれた大勢の魔族達がステージで芸をさせられていたり、鞭で虐げられていたり、首輪をつけられて強引に引きずられていたり……。聞きたくもない奴隷商人達の煽り文句があちこちから俺の耳に入り込んでくる。俺は気分が悪くなって、口を押さえた。今まで前世でも現世でも、平和な世界にいた俺には刺激が強かったようだ。レックスがそんな俺に耳打ちをする。


「レン、大丈夫か? どうやらここは魔族の奴隷売買会場のようだ。魔族や妖精はこのように秘密裏で奴隷として売買されている現実がある。父上も厳しく規制をしてはいるのだが、なかなかその現状を暴けずにいた……。余らには荷が重い。すぐに会場を出て、父上の助けを待とう」

「で、でも……」


 泣き叫ぶ魔族の声。その声を見捨てたくなかった。ついこの間、ゴブリンやオーガの子供達と遊んだから余計にそう思う。自然に涙が出た。嫌だ、と声が漏れる。だがレックスの顔を見た瞬間、俺のそんな我儘は吹き飛んだ。


「頼む、レン。お前の気持ちは痛いほど分かる。しかしここで下手にひっかきまわして、せっかくの尻尾を掴めなくなってしまったら、それこそ駄目だ。分かってくれ」

「っ、分かり、ました」


 そうだ。レックスだって辛いはずだ。俺は今、自分のことしか考えていなかった。俺の馬鹿野郎。

 ……そうして、俺はレックスに手を引かれるまま、会場を後にしようとした。


 ──その時だ。女の悲鳴が、会場中に響いた。


 慌てて振り向けば、一番目立つステージに一際大きな影があった。

 ゆらゆらと不自然に揺れる、大きな影。ぐぐぐとそれは立ち上がり、その恐ろしい全貌を現した。人狼。俺の知っている単語でそれを表現するならばそれが一番近いだろう。魔族でも人間でもない、明らかに異常な存在。影を身に纏う巨大な獣の冷酷な瞳は会場中を見渡す。その場にいた貴族達はその瞳に恐怖し、一目散に出口へ駆けていった。


「あれは、『人喰い鬼ブラッディー』……?」


 レックスがポツリと呟く。俺は瞬時にそれが何だったかを思い出した。最近夜な夜な貴族を襲撃しているらしい化け物の通称だ。そして先ほどのの表情を思い浮かべた。多分、俺の予想は間違ってはいない。


「おい、レン!?」


 俺は気づけば人喰い鬼の方へ走り出していた。それをするだけの確証があった。無我夢中で、逃げようとする貴族達の流れに逆らう。

 その間に人喰い鬼は近くで腰を抜かしている貴族の女に目をつけてじりじりと近寄っていた。じゅるりと涎を垂らし、その鋭い牙を見せつけている。俺は全力で叫んだ。


「その人を傷つけちゃダメだ!! ──!!」

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