62:せっかくのお買い物なのだから悲しい顔をさせたくない!【桜SIDE】
デュナミスの様子がおかしい。私はすぐにそれに気づいた。
ハロウィンパーティの衣装決めという楽しい時間に、デュナミスの顔色はどこか優れなかったのだ。「体調でも悪いの?」と尋ねても、デュナミスは「なんでもないよ」と言うだけ。
何かあったのかな……。
「──サクラ?」
「っ!」
考え事をして、はっとする。そうだ、今はリリスとデュナミスがドレスを試着しているんだ。すると目の前には綺麗な真っ赤なドレスに身を包んだリリスの姿があった。吸血鬼をイメージしたそのドレスには至る所に蝙蝠モチーフの飾りが輝いている。ひらひらと翻る度に血液が滴り落ちて輝いているかのように見え、危険な妖艶さも兼ね添えられていた。……正直、あまりの美しさに見惚れてしまったほどだ。こてんと首を傾げるリリスに我に返る。
「どう、かしら? 似合っているといいのだけれど……」
「に、似合ってるよ! すっすっごく可愛い!」
「そ、そそそう。それならよかったわ……!」
そう頬を赤く染めて微笑むリリス。私に褒められて本当に嬉しそうにするリリスにちょっぴり変な気持ちになりつつあるのは気づかないフリをしておこう。
そして次は肝心のデュナミスの番だ。
試着室のカーテンが滑る音がした。すぐにそちらに目を向けると──私は唖然とした。
なぜなら。
「でゅ、デュナミス……?」
デュナミスは
「デュナミス? そのドレス……」
「んもぅ! デュシーちゃん素敵! いつもの殿方のようなスタイルも素敵だけれど、こちらも美しいわ~! こんな魅力的に着こなせられて、ドレスの方も喜んでいるわよ! コンセプトは『
デュナミスの真っ白い肌を引き出す純白のドレス。ウエディングドレスにも見える一方で、所々が歪に破られているデザインのドレスには様々なドラマが妄想できた。薄い生地がきらきらと輝きながら、どこか寂し気に揺れる。まさに「幽霊のお姫様」って感じだ。
私は言葉が出なかった。そんな私にデュナミスは眉を下げる。
「似合わない、だろうか」
「そ、そんなことない! 似合ってる! 本当に、魅力的だよ!」
「っ! そう、か……」
あ、まただ。またそんな顔をする。泣きそうな顔。今日のデュナミスはやっぱりおかしい。
「ひとまずリリスちゃん、デュシーちゃんのベースになるドレスは決まったわね! これをさらに本番に向けてアレンジしていくわよ。それでサクラちゃんのドレスなのだけど……」
それからドロシーさんの話があまり頭に入ってこなかった。リリスが目を輝かせて私のドレスを選んでいたのだけど、適当に頷くだけ。デュナミスはやはりどこか無理をして笑っているだけだった。リリスとドロシーさんの見立てで私のドレスは決まったらしいけど、今はひとまずデュナミスが心配だ。
帰り道、店を出るなり私はデュナミスの腕をひっつかんでズンズン早歩きをした。リリスに「ごめん! 先に帰って!」とだけ残して。……後でちゃんと説明しないと。
デュナミスと二人きりになる。辺りの建物はすっかり夕日のオレンジ色に染まっていた。そっと振り向けば、デュナミスはオレンジ色の光の中で驚いたような顔をしている。
「さ、サクラ? 急にどうしたんだ」
「デュナミス。私の目をしっかり見て。今日のデュナミスおかしいよ。一体どうしちゃったの? 楽しい休日なのに、泣きそうな顔をしているよ……」
「っ! すまない。一応隠していたつもりだったんだが。はは、どうしてだろうな。“平気なフリ”は得意なはずなんだが、サクラにはいつも見破られてしまう」
「誤魔化さないで。何か悩みでもあるの? 私に言えないようなことを抱えているの?」
「……サクラ、」
ふわり、とデュナミスの匂いが鼻いっぱいに広がった。デュナミスの控え目な胸の感触が顔に伝わってくる。
私は今、彼女に抱きしめられているのだ。
そっと顔を上げると、頬に雫が落ちてきた。デュナミスは──何故か泣いていた。
「でゅな、みす……?」
「サクラ、君だけには話しておこう。もう私は今までの私ではいなくなる。私はもう、
「!」
「婚約者ができたんだ。父上にも、これからは女として生きろと釘を刺された。ハロウィンパーティのドレスにあれを選んだのにも理由がある。今までの私との決別。男のフリをする私は死ぬんだ。故に、
婚約者。その言葉に息を呑む。そりゃ、騎士団長の一人娘ともなれば婚約者もできるだろう。何もおかしいことはない。だけど……なんでこんなにモヤモヤするんだろう?
そのモヤモヤを吐き出すように、私はデュナミスに問いかける。
「──それが、デュナミスの本心なの?」
「っ、」
「デュナミス、勉学にも剣の修行にも一生懸命励んでいたよね。尊敬するお父さんのような騎士になるって、目をキラキラして語っていたじゃん。女の人になるって事は、その夢は──」
「サクラには分からないだろうなっ!」
デュナミスの言葉が私の胸を抉る。デュナミスらしくない大きな声だった。
「自由で、身分にも捕らわれない環境で育った君には分からないだろう! 私がどんな想いでそう決断したのか! それなのに君は! ……サクラはいつもそうだ。いつも私の本心を見透かして……あっさりと、当たり前のように、それに至った私の意思は無視して、それを尊重する。そのせいで私が、どれだけ君に心を乱されているか……! 君にはリリス様という婚約者がいるというのに!」
「デュナミス? それって──」
「サクラは、いつだってずるい」
ちゅっ。
小さなリップ音が降りてきた。デュナミスに、額をキスされたのだ。
私は固まってしまった。そんな私にデュナミスはいつもの呆れ顔を浮かべる。
「これをもって私は、男性の真似をやめる。女性は想い人を守る騎士にもなれないらしい。……これからそのように接してくれると嬉しい、サクラ」
「え、ちょ……待ってよ! デュナミス!」
デュナミスは立ち止まらなかった。いつもなら止まってくれるはずなのに。それが私の中で酷くショックだった……。
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