61:せっかくの買い物なのだから二人きりになろう。【蓮SIDE】
「レックス様、本当にいいんですか?」
「うむ」
あの後、俺とレックスはこっそり「charmant」を出た。レックスから提案された取引に応じるためだ。この後、二人きりで街を探索すること。その代わりにレックスが桜とリリスのドレス代の一部を内緒で支払ってくれるという。俺はなんとなくわだかまりが募っていた。
「やっぱり俺、ちょっとずつお金を返します! 返させてください! なんとなく、モヤモヤするというか……」
「それなら気にする必要はない。現在のミルファイア家の資産はミルファイア領の運営を任せている大臣に渡してある故、リリスも遠慮したのだろう。これはそのことに気づけなかった余の落ち度だ。故に余はリリスのドレス代を支払いたいのだ。お前が何もしなくても、余はこっそりドレス代を支払うつもりだったぞ」
「そ、そうなんですか。でも、なんだかなぁ……」
「なんだ、それでもモヤモヤするのか。真面目だな、レンは。それならば──お前のハロウィンの衣装、余に用意させてはくれないか?」
俺はレックスを見上げ、瞬きを繰り返す。レックスはやけにニヤニヤと口角を上げていた。
何か企んでいるのか?
「どういうことですか?」
「なに、お前にどうしても着てもらいたい衣装があるのだ。それは既に用意してある。お前が着ないというならば捨てるだけだ」
「な、なんて勿体ないことを! 絶対その衣装も高価なんですよね!? 分かりました、着ますから!」
レックスが満面の笑みで「レンならそう言ってくれると思っていたぞ」と言う。一体どんな衣装なのだろうか。レックスのこんな嬉しそうな態度といい、少々嫌な予感はしたのだが気づかないフリをした。衣装代が浮いたのはいいことだ……うん、そう思うことにしよう。
「──まぁ尤も、余がそんなことをしなくてもサクラとリリスのドレス代はどうにかなっただろうな」
「え?」
「デュナミスだよ。余が裏で店主に話を持ち掛けた時、サクラの持ち合わせが足りない分は彼女が支払うという算段になっていたようだ」
でゅ、デュナミス、お前……なんていい子なんだ!!
俺はなんだか感動して、あいつにとびっきりの手作りお菓子を作ってやろうと決意する。
しかしその時だ、俺の手が固い感触に包まれた。見るとレックスが俺の手を握っているではないか。俺は「ひょえっ!?」と変な鳴き声を上げてしまう。レックスは顔を赤らめて、俺から目を逸らしていた。
「──駄目、だろうか……」
消え入りそうな、レックスの声。いつも堂々としているこいつらしくもない。周囲の人間が俺達二人をチラチラ見ている。そりゃ、野郎が手を繋いでいるところなんて珍しいもんだろうな。見世物でもねーし、別に男同士が手を繋いでいるのは変なことでもねぇよ! そういう意味を込めて周囲を睨めば、野次馬達はさっと俺達から目を逸らす。そして俺は震えるレックスの手を自分から握った。レックスが目を見開かせる。
「サクラとリリスに気を配ってくださったお礼です。別に恥ずかしいものでもないですから、このくらい」
「っ! レン……お前……」
レックスは顔を真っ赤にし、口を片手で覆った。「どうしてお前は変なところで男前なのだ」という戯言が聞こえてくる。何を言ってんだ。俺はいつだって男前だっての! 変なところでってなんだよ!
……それにしても、手を繋いで二人きりで街を探索するって、これってまるで──
「デートみたいだな。……って、デートって何年ぶりだよ」
「!」
──ふと、レックスの足が止まる。俺はキョトンとしてレックスに振り返った。少しだけ傷ついたような彼の表情にハッとなる。……もしかして俺、今の独り言、思わず呟いてた?
「レン、お前……。過去に、デートをするような関係性の者がいたのか?」
「え、いや、これは……前世、じゃなかった! 随分前の話で……」
や、やべぇ……。どう誤魔化す!? 前世では彼女いたことあるんですよ~って言っても通じるわけがないよな!? そもそも前世ってどういうことっていう話になってしまうし……。ああもう、俺の馬鹿! するとレックスは眉を顰めて、俯く。
「いや、詮索はしないさ。お前はいい男だ。恋人がいたこともあったのだろう。……女性、か?」
「えっ。えぇ……まぁ、女性ですね。とっくに別れていますが」
レックスの周りの空気がさらに重くなる。そりゃ、惚れた相手の過去の相手の話なんて聞きたくないよなぁ……。俺は何か話題を変えようかとしたが、レックスが顔を上げて俺を真っ直ぐ見つめてくるものだから逸らせなかった。
「すまない、詮索はしないといったがどうしても気になる。その相手は一体どういった女性だったのだろうか。レンの……お前の、好みとやらを知りたい……」
「!」
レックスは真剣だった。俺はその瞳に応えるように前世の記憶に想いを馳せる。前世の恋人は何人かいたが、一番長く付き合っていた彼女はどんな子だったか。確か、彼女は──少しだけ気の強い子だった。俺が色んなやつから掃除当番やら面倒ごとを押し付けられてしまうものだから、いつも怒ってくれた。怒りながらも、一緒に面倒ごとを片付けてくれて、そんな優しい彼女にいつの間にか惚れていたような気がする。
──だが。
──『ごめん、蓮。私……蓮の一番になれないと、辛い』
初デートの最中、桜が電車で痴漢にあった。涙声の桜から電話があった時──俺は彼女を置き去りにして、桜のいる駅へ向かってしまったのだ。再び彼女に再会した時には既に日は落ちていた。暗闇の中、独り寂しく彼女は俺を待っていた。そして泣きながらその台詞を吐いた。
……俺は女の子を泣かせてしまった自分の不甲斐なさに唇を噛み締めることしかできなかった。彼女は俺に桜よりも自分を優先してほしかったと、そう言ったのだ。だが俺は桜が大事だ。どんなに彼女との大切な日であろうとも、桜に何かあれば絶対そちらを優先してしまう。だから……何も言えなかった。彼女は黙り込む俺に「馬鹿」と「別れる」の二言だけを残して去って行ってしまった。……今思うと、他の恋人達に振られたのも似たような理由なんだろうな。
俺は思わずため息を溢した。そして黙って俺の話を聞いているレックスを見上げる。
「レックス様。俺を好きだという貴方には前もって言っておくべきかもしれませんね。万が一俺が貴方とお付き合いをすることになろうとも、俺は桜が一番大事なんです。きっと貴方より桜を優先して貴方を傷つける時が来る。……だから、こんな俺なんかよりも貴方を一番に想ってくれる人の方が、」
「それ以上は言わせないぞ、レン」
──俺は一瞬、脳みそが動かなかった。抱きしめられていることに気づいたのはその数秒後。思わず胸板を押しても、レックスはびくともしなかった。
「れ、れっくすしゃま!?」
「余は違うぞレン。余はお前が大切にしているものを全て含めてお前を守ると約束する。必ずだ。……だから、早く余を選んでくれ。好きだ。どうしようもないくらい、お前に惚れている……」
「は、ひ……あ、え……、」
なんとも間抜けな声しか漏れなかった。だがこんなに熱烈なことを言われてしまったら誰しもそうなってしまうだろう。くそ、不覚にも胸がときめいてしまった! 変だな、俺は男をそういう目で見たことはないはずなのに……。
だが、この気持ちは分かる。俺は今、“嬉しい”んだ。俺は大切なものを作りすぎてしまう傾向がある。だから一人の人間だけを大切にすることはできない。そんな俺を初めて受け入れたいとレックスは言ってくれた。それどころか一緒に守りたいと言ってくれた。……こんな嬉しいこと、あるかよ。
俺はそっとレックスの逞しい胸板を押し返した。なんだか恥ずかしいけれど、礼はちゃんと言わないとな。
「──ありがとうございます、レックス様。その言葉は素直に嬉しい」
「! レン。で、では……!」
「だけど、もう少し考えさせてください。まだ気持ちが定まっていないので」
がっくりと肩を下ろすレックス。そんな彼に罪悪感を覚える。
本当にごめんなレックス。俺、最低だよな。でも正直、お前の気持ちに応えるのが怖いんだ。だから、もう少しだけ……。
そんな俺の気持ちに気づいたのだろうか。レックスは俺の頭をポンポン叩くと、微笑む。
「まぁ、待つさ。どちらにしろお前が余に惚れるまでは追いかけるつもりだからな」
「……はは。怖い怖い」
それから、俺達は……敢えてこの言葉を使うが、「デート」を続けた。出店の果物を歩きながら齧ったり、活気ある街の風景をただただのんびりと見守ったり……。そうして今日という素敵な休日が穏やかに終わっていくんだろう。そう思っていた。
──そう、思っていたのに。
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