60:せっかくの買い物なのだから一緒にいこう。【蓮SIDE】


 休日。誘われるままに俺は桜達と街に繰り出した。目的は勿論ハロウィンパーティの衣装を仕立ててもらう為だ。この時期の仕立て屋は特に繁忙期らしく仕立て屋を押さえることはなかなかに難しいらしい。そこでデュナミスにアンドレイヤ家御用達の仕立て屋を紹介してもらえることになった。


 ──が。


「なんでレックス様もいるんですか。既に衣装はご用意されているのでは」

「なんだ、レン。不満か?」


 喜々として俺の隣を堂々と歩くレックスに俺はため息を溢す。


「不満ではありませんよ。いつも行動を共にしているのに今更何を。俺が心配なのは護衛もなしに貴方がこう簡単に街を出歩いていることです。俺は平民だからよく分かりませんがその……大丈夫なのですか?」

「ふっ、心配してくれていたのか。だが大丈夫だ。意外に王太子の顔は認知されていないものだからな」


 そう自信満々に言い放つレックスは王族らしからぬ地味な──それこそ、周囲の街の人々と同じような洋服を身に纏っていた。確かにレックスの言う通り、こうしてみると周囲はこいつが王太子だなんて分からないかもしれない。万が一何かあったとしても、この場にはローズやヘクトルなどの非常に頼りになる妖精達が揃っているので問題はないだろう。

 ……それにしてもレックスのやつ、どうして俺が桜達と出かけることを知っていたんだろうか。こうなることが分かっていたから敢えて教えなかったんだが。すると俺はハッとする。すぐに桜の方を見れば、桜はニンマリ笑っていた。


「気づいた? 私が誘っちゃった。蓮、絶対に今日のことレックス様に話さないと思って」

「うむ。サクラ、君の気遣いに感謝しよう。君が余に話しかけてくれなければ、こんな楽しい機会を逃すところだった。蓮は意外になんでな。これからも誘ってくれると嬉しい」

「はい、勿論です! 喜んで!」


 ……と、そんな機嫌のいいレックスと満足そうににっこり微笑む桜。こいつら、いつの間にそんなに仲良くなったんだか。まぁ色々複雑ではあるが、二人が仲良さそうにしているのは俺としても正直嬉しい。ちなみに俺がレックスを今日誘わなかったのは数少ない彼の休日を潰さない方がいいだろうと気を遣っただけなのだが……今のレックスを見る限り、それも余計なものだったようだ。


 ──そんなことを話しているうちに例の仕立て屋にはあっという間に到着した。桜がさっそくリリスとデュナミスの手を引いて中へ入っていく。俺とレックスはその後ろに続いた。アンドレイヤ家御用達の仕立て屋「charmantシャルマン」。その店に入って早々ズラリと並ぶ人形達が俺を出迎える。それらのどれもが色鮮やかな美しいドレスを身に纏っており、これから仕立ててもらう衣装への期待を昂らせた。壁一面にはサンプルであろう布がカーテンのように垂れさがっており、目が飽きることは当分ないだろう。古い店特有の埃被った上品な香りが鼻を通った。入口のベルの音が聞こえたのだろう、そんな店の奥からひょっこりと店主の中年男が顔を出す。そのファッションセンスはどこかマドレーヌばあさんを連想させた。


「あら、約束通り来てくれたのねん! デュシー様、いらっしゃい」

「デュシー?」

「あぁ、ここの店主とは赤ん坊の時からの付き合いなんだ。久しぶりだな、ドロシーさん。今年も私のハロウィンの衣装を任せたぞ。そして私の友人達の分もな」

「うふ、承りましたわ! 全員分バッチリきっちり張り切ってお仕事させていただきますっ! ……それで、皆さんはどんな衣装をお望みかしら?」


 ドロシーさんの質問に女性陣が一斉に盛り上がりだしたので俺とレックスは完全に蚊帳の外だ。

 だがここで一つ懸念点がある。はしゃぐのはいいんだが、今の桜はおそらく重要なことを忘れているだろう。桜のヤツ、貯めていた小遣いでリリスの分の衣装も買うって言っていたが……。ここは仮にもデュナミスみたいな貴族が愛用する店だぞ? それはつまり──。

 俺は適当に近くのドレスを指さし、店主に声を掛ける。


「すみません、例えばこのドレスを仕立ててもらうとして、大体いくらぐらいになるんですかね?」

「ああ、そうねぇ。そのドレスだったら──」


 そこで店主が提示した金額を聞いて石のように固まる桜。案の定桜はばあさんからもらった小遣いで衣装はどうにかなると思い込んでいたらしい。一応先日ばあさんからハロウィン衣装の為の小遣いはもらったのだが、この店の相場はその小遣いの倍はある。今まで桜が貯めこんでいた貯金を予算に組み込めば桜の分の衣装はどうにかなるかもしれないが、リリスの分はとても買えないだろう。事前に、ばあさんにリリスの分の衣装も買ってあげたいと言っていたらばあさんも快く小遣いをくれただろうに。きっと桜なりに気を遣ってばあさんには何も伝えてないなこれは。尤も、デュナミスに店を紹介してもらうって桜がはしゃいでいた時点でなんとなーくこうなることは想像していた。どんどん涙目になる桜。すっかり先ほどまでのテンションは欠片もない。リリスが気まずそうに眉を下げた。

 俺はそんな彼女達の背後でこっそりと財布を取り出した。仕方ない、俺の分の小遣いを全部やるか。そうすればリリスの分の衣装も買えるだろう。男の俺は別にハロウィンパーティーに着る衣装に楽しみを見出していないからな。それよりも桜とリリスが笑いあってる方が何億倍だって幸せになれる。

 しかしその時だ。レックスが俺の腕を掴んで耳に口を寄せてきた。


「レン、相談があるんだが──」

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