56:せっかく側近候補と近づけたのだから、色々やってみよう。【???、蓮SIDE】
──『姉さん、お腹が大きくなってきてる! ここに赤ちゃんがいるの?』
──『えぇそうよオディオ。ここにね、私とビルゴの赤ちゃんがいるの』
──『うわ、今赤ちゃんが動いたよ姉さん! ちゃんと生きてるんだねぇ』
──『! ……ふふ、そうよオディオ。この子、生きてるのよ。私の中で……あの人と私の子が……』
──『姉さん?』
──『オディオ、私ね──』
──今、とっても幸せ。
そう言って、自分の膨らんだ腹を優しく撫でる姉さんは、幼い俺の目からしても世界一綺麗だと思った。
***
「……、……」
その長い睫毛が不規則に揺れた瞬間、俺は前のめりにオディオの顔を覗きこんだ。
「オディオ先輩! 目を覚ましたんですね!」
「……、……レン……?」
整った両眉がきつく寄せられる。俺はベッドに横たわっているオディオからの返事を聞くなり、心底安堵した。オディオの額や頬に触れ、熱を確かめる。今の所、異常はなさそうだ。
「よかった、無事みたいですね。ほら、ひとまずお水でもどうですか?」
「……。ありがとう、ございます。深い夢を見ていました。僕はどれくらい眠っていたのですか?」
「半日といったところでしょうか。オディオ先輩の天馬が颯爽とオディオ領の屋敷に運んでくれたんです」
「そう、でしたか……すみません、もうこんなに暗いというのに」
俺はブンブン首を横に振る。俺にとっちゃ、今こうしてオディオと普通に会話出来ているだけで嬉しいに決まってる。魔族狩りをオディオが追い払った時は本当に怖かったのだ。もう二度と、こうして話せなくなる気がして。でも、今のオディオは普通だ。何も怖いことはない。……しかし、あの時の妙な感覚は一体何だったのだろう。
そうするとオディオが俺の右手を弱弱しく握った。俺は思わず身体が固まる。一瞬、全ての五感が奪われてしまったかのように頭が真っ白になったのだ。追い打ちをかけるようにオディオのもう片方の手が俺の頬を包んだ。
「……、オディオ、先輩?」
「我儘だとは思いますが……今夜はここに泊まってくださいますか? レン」
「は、はい。オディオ先輩のお母様にも許可はいただいていますので泊まるつもりです。学校にも連絡済ですしね。何か気分が悪くなったらすぐに言ってください。俺、今夜はここで寄り添ってますから! ……あ、外にいる妖精達にお願いして、癒しの粉を分けてもらいましょうか? お水のおかわりいりますか?」
「……至れり尽くせりですね」
オディオ先輩が力なく笑う。俺はハッとなって俯いた。つい元気のない相手を見ると世話を焼きすぎてしまう性分が出てしまっていたらしい。一言謝って、オディオから離れようとしたが、オディオは俺の手を離さなかった。
「今のは皮肉ではないですよ。感謝してるんです。むしろ……本当に、勝手ですみません。今は、今だけは……君を離したくありません」
「え、」
「僕が眠るまで傍にいてください、レン。今だけ僕を甘やかしてください。本当に、すみません。でも、そうしたら僕はまた
オディオらしくない物言いだ。俺は何か気の利いた台詞を吐くことも出来ずに、頷くだけ。こういう時、レックスならきっと目の前のオディオの気を晴らしてくれるような台詞を吐いてやれるんだろうが……俺にはそんなカリスマ性もないし、こいつの事情も知らねぇし。
「貴方の気が済むまで、ここにいますから」
「……ありがとう、レン」
そう言い残して、オディオは意外にも早く物静かな寝息を繰り返すようになった。だがその手には微かに力がこもっていて。俺はベッドに頬杖をついて、ぼんやりとオディオの寝顔を眺めるだけだ。
──なぁ、オディオ。お前、なんでそんなに苦しそうに眠ってるんだよ。
オディオは寝ているだけだというのに両眉を寄せ合っている。少し前のレックスもこんな感じの寝相だったな。やっぱりこいつには何か重いものがあるんだろう。だがそれが分からない。
しばらくすると、部屋がノックされた。ドアが開いて誰か入ってくる。それはオディオの母親──アテナさんだった。アテナさんはオディオと同じ銀髪の儚げ系美人で、その長い髪を右肩に流している。彼女が動くたびにキラキラと銀髪が輝き、彼女の顔の良さと相まって眩しい女性だ。俺はそんなアテナさんにお辞儀する。
「オディオは一回起きたみたいですね」
「はい。お水を一杯飲んでまたお眠りになりました。すみません、お食事などいただいてしまって」
「何を言うの。お礼を言うのはこちらの方よ。レン君、オディオに寄り添ってくれて本当にありがとう」
「いえ、俺なんて……」
そうだ。俺はオディオに何もしてあげられていない。こうして手を握ってやることしか。そう心の中で呟いたら、アテナさんはどういうわけかそれを読み取ったらしい。
「人肌ほど、人を癒すものはないわ。オディオがここまでぐっすり眠ってるのを見るのは久しぶりよ。レン君のおかげね」
「そうでしょうか」
「そうよ。母親の私が言ってるんだもの、間違いないわ」
だったら本当に嬉しい。そう言って眉を下げて笑うと、アテナさんもにっこりした。しかし次の瞬間には難しい顔をする。俺は思わず彼女の真剣な視線に応えるようにオディオ先輩の手をそっと離して彼女に向き合った。アテナさんは、俺の両手を自分の小さな両手で包み込む。
「……レン君、こんなことを他人の貴方に頼むのは駄目なことなんだって分かっているのだけれど」
「は、はい」
「どうか、今後オディオから目を離さないでほしいの。この子、思い込んだら突っ走っちゃうタイプだから。お医者様はオディオに異常はないっていうけれど……近頃のこの子、どこか変に思えてきちゃってね。嫌な予感がするのよ」
「!」
俺は脳裏であの黒い悪魔を思い出した。アテナさんは俺から手を離すと、深く深く俺に頭を下げる。
「ここまでオディオが家族以外の誰かに心を開いたの、初めての事なの。こういうのって家族で解決しないといけないことだって分かっている。けれど……」
「オディオ先輩が無茶しないように見張ってろってことですよね」
アテナさんがコクリと頷いた。俺は自分の胸をドンと強く叩く。「任せてください」とはっきり言うと、アテナさんは胸を撫で下ろしていた。正直、俺もアテナさんに言われなくてもそうしようと思っていたのだ。お節介だとは分かっているけれど、あの黒い悪魔だけはどうにかしないといけない気がする。
とりあえずレックスにも相談したりして、俺なりに色々やっていこうと気を引き締めたのだった。
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