49 せっかく妖精学の授業なのに腹が立ちすぎる。【桜SIDE】

 ──どうして。


 私はデュナミス、リリスと第二回目の妖精学を受けるためフックの森へ向かった。それまではよかったのだが……。妖精学の授業を受ける生徒達が明らかに減っていたのだ。私達三人を含めて、十五人もいなかった。つまりほぼ半数に減っているというわけだ。


「どうしてこんなに生徒がいないの? 何かあったのかな」

「いや、おそらくは……」


 デュナミスとリリスは心当たりがあるのか、どこか口を濁らせていた。切り株の教卓でローズが数枚の書類を眺めてぼんやりしていることに気づく。私はすぐにそちらへ歩いた。


「ローズ!」

「! サクラ! どうしたの? 授業はもう始まるわ。席に着きなさい」

「で、でも、まだ皆揃っていないよね? 前回の半分くらいの人数しかいないよ!」

「……いいえサクラ。これでいいの」


 ローズは少し悲しそうに眉を下げる。そして手に持っていた書類をひっくり返した。そこに書かれていたのは「選択授業取り消し届」……? 

 それって──!!


「──ローズ先生はいらっしゃるかしら?」


 少し意地の悪そうな声。振り向けばそこにいたのは前回の妖精学の授業でも見かけた女の子二人──それにしてもどこかで見たような──あっ、女子寮でちょっかい出してきたデュナミスのファンか!! 名前は確か、トリトンとマキティだっけ。確かリリスの取り巻きとしてリリスに侍っていたのも見かけたことがある……。

 するとやせ細ったトリトンが二人分の「選択授業取り消し届」をローズに渡した。ふくよかなマキティは黄色い歯を見せてニヤニヤしている。


「ローズ先生。この度私達も先生の〝妖精学〟にはついていけないと思い、これを提出させていただきますわ」

「えぇ、こんな授業受ける価値もありません。ではごきげんよう」

「!」


 トリトンとマキティはふんっとスカートを翻すとその場を去ろうとする。私は思わず二人を呼び止めた。


「ちょっと待ってよ! どうしてそういうことを言うの!? ローズ先生の授業は面白いし、魔法を使う過程で凄く重要な話ばかりなのに!」


 面倒臭そうに私に振り返る二人。そうしてお互いの顔を見ると、私を鼻で笑った。


「あらあらぁ、確かに貴女のような下民にはこの妖精学の品のなさが分からないかもしれませんわねぇ?」

「妖精というのは本来、〝絶対神〟から我ら人間へ贈られたですのよ?」


 奴隷。その言葉に私は爪を自分の手のひらに食い込ませた。リリスが私の腕をそっと掴む。


「どうして私達が奴隷に挨拶をしたり、奴隷の機嫌をとるような授業を受ける必要があるのでしょうか。どう考えてもこの妖精学の必要性を感じませんの」

「そうよそうよ。妖精なんてただの魔力リソース。妖精を効率的に捕縛する方法でしたら受けてもよかったのですけどねぇ。契約は一匹だけでも、観賞用としては使えますし」

「──、っ」


 私はリリスの腕を払い、二人の胸ぐらを自分の方に強引に引っ張った。私の中の堪忍袋の緒が切れたのだ。胸ぐらをぱっと離して二人の身体が安定しないうちにその頬にビンタを噛ましてやった。二人は己の打たれた頬を手で押さえる。


「なっ!! なにを!!」

「私の目の前で〝〟を奴隷扱いするとはいい度胸じゃない!! 覚悟はできてるんでしょうね……!!」

「ひっ!」

「よ、よせサクラ! そこまでにするんだ!」


 デュナミスとリリスが私の身体を抑えてくる。取り巻きコンビが慌てて移動式魔法陣へ逃げていく。


「ひぃいっ! これだから野蛮な猿は!! お父様に言いつけてやるんだから!!」

「うるっさい! 文句があるなら直接私に言いなさいよっ! 卑怯者のおたんこなす!! ちょっとリリス、デュナミス離して! あいつら本当に許さ──」

「──サクラ」

「っ!」


 私は後ろから優しく抱きしめられた。頭上からローズの顔が見える。私は唇を尖らせた。


「……ちょっと。なんで当の本人は嬉しそうなのよ」

「うふふ。だって、少し前まではワタシ達のことで本気で怒ってくれる人間なんていなかったんですもの。……サクラ、ありがとう。ワタシ達は、そういう貴女だからこそ惹かれていくのね──」


 するとその時、リリスとデュナミスから悲鳴が上がった。ローズの顔がそのまま私のそれに重なったからだ。柔らかい感触を感じる……。これは……キスをされたのかと思ったけれど、ギリギリ唇の端……?

 ハッと自我を取り戻せばローズの「では授業開始デース!」というご機嫌な声が背後から聞こえる。周りの生徒達が頬を染めて私を見ていた。リリスが私の肩を掴んでぶんぶん振り回す。


「さ、さ、サクラの浮気者浮気者ーっ!! 私という婚約者がいますのにどうしてそう簡単に唇を奪われてるのーっ!?!?」

「い、いやリリス落ち着いて……ギリギリ唇じゃなかったからぁ!」

 

 こうなってしまっては今度はデュナミスと二人でリリスを宥める番だ。

 ……それにしても、この世界での妖精の一般の認識は行動を共にする相棒でも友達でもなく〝奴隷〟なのか。レックス様やデュナミス、リリスは攻略対象ということもあってそういうネガティブな思想は持ってないのだろうけど、確かにその他の生徒達は妖精の扱いがちょっとぞんざいであるような気がする。


 ……私はなんとなくだけれど、ローズがどうして妖精学の先生になったのか分かった気がした。


***

カクヨムコン完走! あとは更新を続けつつ、運に身を任せるのみ。

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