50 せっかくの休日なのに突然すぎる。【蓮SIDE】


 日曜日。今日は茶会の約束もない正真正銘の休日ということでいつもより大分寝坊をして、俺は私服に着替える。一日中暇なので桜にお菓子でも作ってやろうかと考えていた矢先、リビングで優雅にお茶を飲んでいたレックスが寝室からでてきた俺を見た。


「あぁ、起きたかレン。これからどこに行くのだ?」

「はい。いつもみたいに調理室を借りようかと。魔法調理学のパンセ先生からは俺なら好きに使っていいと言われてますし……」

「却下だ」

「はい。却下ですかそうですか。あはは~。……。……?? ……んん?」


 ──今なんて言ったこの俺様王子は??


 俺が眉を顰め首を傾げていると、丁度部屋のドアがノックされる。慌ててドアを開けると、そこには何故かオディオがいた。オディオは俺を見るなり「げぇっ」と嫌そうに顔を歪める。俺も大体同じような顔をした。

 するとレックスがそんな俺とオディオの肩に手を置く。──そして衝撃の一言。


「──今日一日、お前達には一緒にいてもらうぞ」

「なっ!?」

「えぇ!?!?」


 どういうことだ!? どうして俺がこいつと一緒にいないといけないんだ!?

 オディオも納得していないようで、レックスに詰め寄った。


「れ、レックス様! どうして僕がこのようなへなちょ……いえ、レンと一緒にいなければならないのですか!? もしかして今日の呼び出しの用件というのはそれでしょうか!?」

「あぁ、そうだ。オディオ、お前の領地にあるをレンに見せてほしい。レンはいずれ余の伴侶になる男だ。故に余はレンに余が目指すこれからのエボルシオンを理解してもらいたい」

「?」


 オディオが俺のことをへなちょこと言いかけたことは一旦置いておいて……レックスの言葉を聞いて俺はますます意味が分からなくなる。レックスが目指すこれからのエボルシオン? どういうこっちゃ。しかしオディオの方はその意味を理解できたらしく、渋々だが了承した。

 オディオが俺に「ついてこい」と言うので、言われるまま彼の後に従う。ちなみにレックスは王太子としての用事があるらしく、俺達と一緒にいれないとのこと。……ということは本当に今日一日俺はオディオと二人きりになるわけか? 憂鬱だ……。


 それから俺はその目的も分からないままオディオが所有している天馬ペガサスに乗ってオディオの実家──ヘイトリッド家の領地へと向かった。流石国王の右腕とも言われるヘイトリッド家というべきか、空からみた領地はかなり広大に思える。オディオはそのヘイトリッド家の中央区にあるビルゴの森の入り口で天馬を着地させた。


「君に会わせたい者がいる。ついてきなさい」

「俺に会わせたい者?」

「あまり大きな声を上げないでくださいね。相手が驚いてしまうので」

「??」


 訳が分からないが、ひとまずオディオに付いて行くことにしよう。オディオは俺をビルゴの森の奥へ誘った。しばらく森を歩いて行けば、森の中でもさらに木々が密集した空間にたどり着く。その木々の根元に沢山の小屋が建っているに俺は気づいた。小屋はどれも俺の腰くらいの高さだ。


「オディオ先輩、これって……」

「レン。この事は絶対に誰にも言わないでください。ヘイトリッド家とアレス国王が長年守ってきたものなのですから。万が一にでも反魔族派の耳に届いてしまったら……まぁ、大惨事は免れないでしょう」

「反、魔族派……?」


 すると小屋の中から緑色の生物が顔を出した。緑色の皮膚に、少し歪な顔。ぽっこりした腹に晒された頭皮、口から覗く牙。魔法生物学の教科書で見たことがあるので間違いない──この生物の名前はおそらく──


「ゴブリン……!」


 俺はまじまじとゴブリンを見つめる。ゴブリンは見慣れない俺を警戒しているのか、その場から動かなかった。オディオがゆっくり膝を曲げ、姿勢を低くする。


「大丈夫。この男は怖くない。僕の友人だ」

「?? トモダチ? ソイツ、オディオノトモダチカ?」

「そうだ。だから皆に出てきていいと言ってくれ」


 ゴブリンは大きく頷き、そこら辺の小屋に声を掛け始めた。すると一斉に小屋からゴブリンが溢れてくる。そうして彼らは俺とオディオの周りを取り囲んだ。


「このヘイトリッド家の領地はエボルシオン王国の最東部──つまり人間の国で一番“魔界”に近い地域というわけです。故に魔界で生きていけなくなった弱い魔族達が大森林を抜けてたまにこちらに逃げてくるんですよ。そういう彼らを僕達は保護しています」


 “魔界”というのは魔族が住んでいる地域のことであり、オグルの大森林を境界に人間界と魔界は断絶している。気が遠くなるほど昔から人間と魔族は敵対しており、住む場所を完全に分けなければ争い事が起きてしまうからだ。


「レックス様が貴方に見せたかったのはこの魔族達です。エボルシオン王国の貴族社会には二つの派閥があります。一つは“絶対神デウス”の天敵である“絶対悪ルシファー”の子──魔族を迫害し、大陸の東を占める魔界に侵攻しようとする反魔族派。それに対して僕達ヘイトリッド家とアレス国王、レックス様は魔族との戦いを否定し共存を目指す親魔族派です。……つまりレックス様の目指すこれからのエボルシオンとはそういうことでしょう」

「……魔族との共存、か」


 俺は俺の足にピッタリくっついてくるゴブリンの子供達を見つめる。その中の一人を抱いてみると、きゃっきゃっと楽しそうに笑った。そんな無邪気な笑顔に釣られて俺までにっこりしてしまう。


「──凄く素敵な未来ですね。争わないでいいのならそれに越したことはない。何より、魔族だからと決めつけて何も罪のない人間や生物を迫害していいはずがないんだ」

「!」


 そうだ、それは当たり前のことだ。問答無用で命を軽んじる理由なんてこの世には存在しない。俺は子供ゴブリンに変顔を披露していると、ふと視線を感じる。そっとオディオの方を見ると──いつかの対人魔法学の授業で見たあの穏やかな笑顔を浮かべていた。なんとなく照れくさくなる。


「お、オディオ先輩もそんな顔で笑うんですね」

「っ! は、はぁ!? 何を勘違いしているんでしょうか。僕は君の変顔を嘲笑っていただけですよ」

「……そうですか」


 オディオの頬が赤く染まっている。俺はそんな素直じゃないオディオに気付かないフリをしてあげた。

 子供ゴブリンを優しく下ろして、ゴブリン達を見渡す。


「……オディオ先輩、ゴブリンの他にも色んな魔族を保護しているんですよね?」

「! まぁそうですね。それが何か?」

「よかったら色んな魔族を見せてくれませんか? 俺がレックス様の伴侶になるとかならないとかは別に、俺はレックス様とオディオ先輩の描く未来は正しいと思います。だから俺も少しでもその手助けをしたい」


 オディオ先輩はそんな俺の言葉にきゅっと唇を結ぶ。そうして「仕方ないですね」と呟いて俺に背を向けた。

 ……うん、こいつの扱いが少しだけ分かってきたような気がするぞ。

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