(五)呪われた娘
突然の来訪者の命を救うことになったルシェーナ。彼女は自分がどうして「呪われた娘」と呼ばれるに至ったのかを知らない。
雑貨屋の女主人ルシェーナの生い立ちについて紐解こう。
遡る事十八年前。
彼女はロスフォーレ伯爵家の長女として生を受けた。
伯爵と彼女の母であるメリアーレは政略結婚だったが、夫婦仲は良好とは言えないまでも悪いものではなかった。どこにでも有るような貴族の夫婦であったと言って差し支えない。そのため、伯爵は初の子であるルシェーナの出生を喜び、愛情を注いで彼女を可愛がった。
だが十五年前に状況が変わる。
伯爵の浮気相手だったダズノーム男爵家の長女クローニアの妊娠が発覚し、側室に迎え入れられる事になったのだ。
このクローニアが、ルシェーナの人生を弄ぶことになるとは、この時は誰もが想像していなかった。
半年後クローニアが出産したのは女児であり、嫡男を欲した伯爵の期待に応えることができなかった。
その後四年が経過したが、クローニアには新たに子が出来る気配はない。クローニアは側室になった経緯からも周囲からは疎まれており、正妻であるメリアーレよりも八つも年上であるため次の子が期待できるかも分からない。このままでは自分の立場は危うくなる一方だ。
だが、焦る彼女に追い打ちをかけるような出来事が起きた。メリアーレが妊娠したのだ。
もしメリアーレの子が男児だったら……。クローニアは焦った。
メリアーレの子が生まれなければ良いだけのこと。
いや、そもそもメリアーレの存在自体が邪魔なのではないか。
そして彼女は一計を案じる。
クローニアは侍女の一人を金で抱き込み、メリアーレの薬湯に毒薬を混入させるよう指示を出した。そして原因が特定できないように、混入に気付かれないようにと即効性ではなく、じわじわと体に蓄積するものを選んで……。
彼女の狙い通り事は運んだ。
3か月後、メリアーレの肌には黒い斑点が浮かびあがるとともに、床に伏せりがちになり間もなく流産した。
「ああ、なんと悲しい出来事で御座いましょうか!」
落胆する伯爵の横でクローニアは悲しみに嘆くふりをしつつ、心の中でほくそ笑む。
だが、これで終わりではない。クローニアは計画を次の段階に移行させる。
共犯者である侍女を事故死に見せかけて殺すと、メリアーレの病の原因を特定すると称して占い師を連れてきた。
そして占い師は言った。
「奥方様は呪われております。このままでは一家全てが呪いに飲み込まれるでしょう。既にその呪いはお嬢様にも移りつつあります」
この占い師の言葉も、邪魔者を消すためクローニアが用意していたもの。
あまりにも衝撃的な結果に家中が騒然となった。驚いた伯爵は即座にメリアーレに離婚を告げ、彼女の父であるエスカフォン子爵にその事を伝えた。
この時まだ小さかったルシェーナは、何事かも理解できぬまま母共々エスカフォン子爵のもとに送り返される事になった。
誰もが疑いの目をクローニアに向けること無く、全て彼女の狙い通りに事は運んだ。
「寄らないで、気持ち悪い!」
家を出るときルシェーナは別れの挨拶をしようと、半妹であるサリエラに近寄ろうとしたが激しく罵られ拒絶された。
元々姉妹の仲は良くは無かったが、それもクローニアが仕組んだもの。
これで伯爵家での自分の地位は確固たるものになった。二人の邪魔者が家を出るのを見届け、クローニアは抑えきれぬ笑みをハンカチで隠した。
伯爵家を出されたメリアーレとルシェーナの親子二人は、占い師の言葉を疑いきれなかったエスカフォン子爵からも遠ざけられることになる。
子爵は領地の端にあるアレリアに小さな屋敷を作り、そこに二人を押し込むと、僅かな使用人を与えて形ばかりの保護を施した。
安住の地を得たのも束の間、メリアーレは毒の後遺症から病を発し三年後に死去する。ルシェーナがまだ十歳の時であった。
こうしてルシェーナは「呪われた娘」として、この地にひとり残されることになったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます