(四)呪詛と命の火

 果たしてこの腕輪に込められた呪詛は何か。確かめようと伸ばした手が見えない力で押し返される。

 それでも無理にでも触れようとすると、指先から何かが吸い取られるような感覚とともに悪寒が体を駆け巡り、最後にはバチンと勢い良く弾かれてしまった。


生命吸収ドレイン系で間違いない……。それもかなり強力な……)


 ルシェーナは椅子から立ち上がると、急いで近くの棚から顔程の大きさの金属の板と、小さな紙包みを取り出す。その金属の板には黒く魔法陣が描かれており、紙包を開くと赤く輝く粉末が入っていた。


「それは?」


 ジェガッタが問いかける。

 呪い自体も半信半疑であると言うのに、目の前で店主が何をしようとしているのかも理解できない。


「赤い粉はルビーを砕いた粉末です。血の色、生命の色……。この粉末を呪詛に対抗するように魔法陣に乗せていきます」


 赤い粉をペンのような器具に流し込むと、流れるように動きで金属盤の魔法陣の上に文字や線を描き始める。窓を叩くほどの風の音にも惑わされることなく、静かに正確に。

 早くしなければと気は焦るが、失敗してはそれこそ終わり。慣れた作業のはずなのに、緊張のあまり背中を汗が伝う。


「すごい……」


 エナはあまりの手際の良さに感嘆の声を漏らした。

 ルシェーナが解呪に関する知識を貯め込んでいる事は知っていたが、こうした作業を目にしたのは初めてだった。


「できた……!」


 小さく吐息を漏らすと、一度男の様子を確認する。弱々しいながらも呼吸をしているのを確認すると、ルシェーナは描いたばかりの魔法陣に手をかざした。


「赤き盟約よ、我が願うままにそこに在りて、顕現けんげんの時を待て……」


 短い呪文のようなものを唱えると、先程まで粉であったものが強い光を放って液体化し、すぐに金属板に吸い込まれるように消えたかと思うと、黒い線だけだった魔法陣に赤い文字や線が付け加えられていた。

 ルシェーナは魔法陣が完成したのを確認すると、その上に腕輪が来るようにゆっくりと男の腕を乗せ、大きく息を吸った。

 そして腕輪を睨みつけながら詠唱を始める。


「リ・アロワーラ・リム・エシェータ……。虚ろなるものよ、生命の息吹を消すものよ、己が役目を終えて我が盟約の下に降れ!」


 金属板に描かれた魔法陣の上で赤い揺らめきが起きると、渦を巻き触手のように腕輪に絡みついていく。


「うへぇ……なんだこりゃ……」


 目の前で起きている事が信じられないと言った様子で、ジェガッタは目を見開く。

 赤い触手が腕輪を全て包み込んだ直後、腕輪は魔力を一気に風のように放出し、黒い煙にも似たものを吹き出した。次の瞬間には、その煙も魔法陣から噴き出した赤い炎に包まれ、飲み込まれるように消えてしまった。


 魔法陣の上から現れたものがすべて消えたのを確認すると、ルシェーナは恐る恐る腕輪へと手を伸ばす。が、今度は先程のように押し返されるような感覚は無く、悪寒も無い。意を決して腕輪をゆっくりと指先でつついてみたが、腕輪は何の反応も示さなかった。

 ほっとしたようにルシェーナは大きく息を吐いた。


「解呪……できたようです……。エナ、先程の薬液の残りを……」

「……あ、はい!」


 呆気にとられていたエナだったが、言われるがままに残っていた薬液を大きな傷口に垂らした。


 果たして効果が有るのか。

 三人が固唾を飲んで見詰めていると、傷口が少しずつ消え始めた。


「おお、やった!」


 ジェガッタが大きな声を上げた。

 慌てて二人が人差し指を口元にあてて、注意を促す。


「治癒が遅いのは、本人の体力が落ちているからでしょう……。このままでは安心できないので、魔法で少し体力を回復させましょうか」


 そう言うと、ルシェーナは男の胸元に手をかざし、体内の魔力を集中させる。と、間もなく掌が青白く光りはじめ、男を優しく照らした。


「すげぇな、お嬢はそんな事もできるか?」

「独学ですので、効果は大してありませんけどね……」


 ジェガッタの賛辞に照れるように頬を染めながらも、魔法を止めない。

 詠唱したり、違うやり方をすればもう少し違うのかもしれないとは思うものの、これが呪詛の研究に没頭するあまり他の事をおざなりにしてきた結果なのだと、割り切って考えるしかない。


「うっ……」


 男が小さくうめき声をあげた。意識が戻りつつあるのだろうか。

 先程よりも傷口の回復が早くなったのを確認すると、ルシェーナは魔法を止めて疲れたように椅子の背もたれに寄り掛かった。

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