(二)さようなら
マリエルの身体がぐらりと揺らいだ。
「アルフェ……」
伸ばした手がアルフェリオを求めながら虚空を彷徨い、マリエルはそのまま膝を屈して崩れるように地に伏した。
「マリエル!!」
アルフェリオは目の前で起きている事が理解できず、差し出した手も彼女を受け止めることはできなかった。
油断していた。街中でまさか命を狙われるような事が突然に起きようとは思ってもいない。周囲を警戒しつつ急いでマリエルを抱え起こしたが、彼女は既に事切れていた。
「……マリエル……っ!!」
幼い頃から共に過ごしてきた大事な存在だけに、動揺せずには居られなかった。
ゆっくりとマリエルを石畳に横たえさせると、腰の剣に手をかける。だが弓矢を放った相手は既に姿を隠しており、どこにも見当たらない。
街中の武器の使用は自己防衛にのみ許されているが、相手を視認していない以上は鞘から抜くことはできない。
「誰だっ! マリエルをっ……!」
大粒の涙がこぼれ落ち、マリエルの服を濡らす。
「どうしたっ!」
小路に現れたのはゼガータ。
息が多少荒いのは走ってきたせいだろうか。
二人の姿を見ると、足を止めることなく駆け寄ってきた。
「俺も買い物を思い出して後を追ってきたら、アルフェリオの叫び声が聞こえたんだが……」
「マリエルが……」
「……何てこった」
胸から大量の血を流して倒れているマリエルの姿を見て、ゼガータは落胆したように低くうめくような声でつぶやいた。
「
「殺気を感じさせないほどの遠距離から射たんだろう……かなりの腕だ……」
ゼガータがアルフェリオの隣に立った次の瞬間、二人を挟み込むように複数の男たちが現れた。
「何だお前たちは! 狙いは何だ!」
身の危険を感じ、アルフェリオは剣をいつでも抜けるように構える。
見えるだけでも相手は七、八人。アルフェリオの剣であれば、十分に対応できる。加えて、ゼガータが居る。気を付けるべきは、先程の射手。そしてマリエルの身体にこれ以上の傷をつけさせ無い事だけか。
「分からないのか……?」
「なに……!」
ゼガータのつぶやきとともに、左の腕に嫌な感触を覚えた。直後、身体が急激に重くなり、よろけて民家の壁にぶつかる。その拍子に片膝をついて剣から手を離してしまった。
「鈍い奴だな……」
ゼガータが悪魔のような笑みを浮かべながら、アルフェリオを見下ろす。
「お前は邪魔なんだよ。いつまでも俺を見下したようにしていやがって。俺より剣の腕が上だからか? お前が本家で、俺が分家だからか?」
「何を言っている?」
「お前は俺と、お前の兄弟にとっての厄介者ってことさ」
それは兄弟にも裏切られた、という意味。家の後継者争いにおいての敵だと見做されたということ。家督には一切興味が無いと言い続けてきたのにも関わらず、だ。
気ままな生活を送っているにも関わらず余計な干渉が多かったのは、アルフェリオの言葉を全く信じいなかった、という事に他ならない。
それは薄々感じてはいたが、まさか強硬手段に打って出るとは思ってもいなかった。
何とか現状を打破しようと思うが、立ち上がろうにも体にうまく力が入らない。先程の違和感と、この虚脱感の正体は左手首にはめられた腕輪のせいか。身体は動かないが、頭はまだ冷静に思考できる。
周囲を確認しようと視線を上げた拍子に横たわるマリエルの姿が視界に入り、怒りに火が付いた。
「マリエルを殺したのはお前か!」
「俺が直接やった訳じゃないがな。まあ、俺と言えば俺だ。だが……これはお前がやったことになる」
平然と答えるゼガータの姿に、彼が時折見せる冷酷な表情の真実を見た気がした。
「貴様ぁ!」
「マリエルが悪いんだよ。俺ではなく、お前を選んだ。この先に何が有ってもお前と一緒に居ると断言しやがってさ……はは……」
顔に手を当て、ゼガータは我を忘れたように乾いた笑いを響かせる。
マリエルはアルフェリオにとって友達以上恋人未満、そして大事な妹のような存在。こんなにも突然に失うとは思っていなかった。
己の無力さ、マリエルを巻き込んでしまった事への怒り。ゼガータに一矢報いたいところだが、今のこの状態では到底太刀打ちできるものでない。
再戦するにも、まずこの囲いを抜ける必要があるが、マリエルの亡骸を置いていく事になる。
(上手くいく保証はないが、一瞬だけ勝負をかけるか……)
アルフェリオの周囲にふわりと風が舞い、マリエルの金髪を躍らせた。
「さようなら、大好きなマリエル……」
次の瞬間、アルフェリオは剣を拾い上げながら勢いよく壁を蹴った。
そのまま風に舞ったマリエルの髪の一部を、束ねていたリボンごと切り取ると、左手で宙に舞う金色の束を掴みながら、ゼガータに低い位置から斬撃を叩き込む。
不意を突かれたゼガータは避けようとしたが、アルフェリオの剣で胸元を切り裂かれ、石畳の上を転がった。
まさかアルフェリオに反撃できる力があると思っていなかった男たちは、慌てて剣を抜き、襲い掛かる。
「殺せ!」
ゼガータの声が背後から響く。
魔法で身体強化をしているとはいえ、体が重く本来の動きには程遠い。何とか囲みを抜けるのに成功したものの、代償に大きな傷を負ってしまった。
近くに繋いであった馬に飛び乗ると、男たちの追撃を逃れるように王都正門へと走らせた。魔法の効果が切れ、体が重くなるが手綱は緩めない。
やがて近づいてきた門には見知った門番が立っていた。
「アルフェリオさん、今から仕事ですか?」
「ああ、緊急の依頼だ、済まないが通してくれ!」
馬の勢いを殺さず、戦闘で受けた傷を気付かれないよう駆け抜ける。
次第に王都の光が小さくなる中、夕闇が重く心と体に覆いかぶさるのを感じ、アルフェリオは
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