エゴとエゴのシーソーゲーム
航大が大阪で働く。だからしばらく会えなくなる。私は、いや私たち二人はホテルの部屋に戻った今もその事実を受け入れれずにいた。
「航大…どうして…」
自然と涙が頬を流れる。どうしてもっと早くに私たちに言ってくれなかったんだろう。そんな怒りにも似た感情が湧いてきた。しかし、今そんな事を彼にぶつければただ彼を傷つけるだけということは分かっている。それにこの判断をした彼が一番苦しんでいる事も。それでも頭に浮かぶのは彼を非難する怒りの言葉の数々だった。
部屋はしばらくの間二人分の泣き声で満たされた。
先にそれを破ったのは私だった。
「ねぇ灯…航大の事を自分勝手って思う私は自分勝手かな…?」
今にも崩れそうな私の声がいたく笑える。
「そんな事ないよ。だって私もそう思うもん。」
彼女はそっと私の頭を撫でた。
「だからさ、私たちも自分勝手にいこう?」
イタズラっぽくニコッと笑った彼女の頬にはさっきまで流れていた涙の後がくっきりと残っていた。
あれから十分後、私は今隣の部屋、すなわち航大と克海の部屋に居た。しかも今は彼と私の二人っきり。
「ねぇ航大…?ホントに行っちゃうの?」
彼は私の方は向かずじっと窓の外を眺めてただ一言、ごめんと謝った。
「私ね、何があっても四人でいられるとずっと思ってた。だからさ…航大…」
不自然に切れた言葉を不思議に思った彼が振り向く。
振り向き様に私は少し背伸びをして彼にキスをした。
彼は何が起きたかわからない。といった様子で目を大きく見開いている。
彼から唇を離し、じっと見つめた。
「だから、絶対に帰ってきてね。私、いつまでも待っているから。」
そう言って私は部屋を出た。自分でもずるいと思う。だけどこれが私が出したこの恋の答え。後悔なんて微塵もない。
灯と二人で泣きじゃくったあの後、彼女は私にこう言った。
「航大だってさ、ホントは苦しいと思う。だからさ、ここで攻めれば絶対に落とせると思うんだ。」
そんなやり方…何だかずるい。でも、私はそれでもよかった。
だって航大はこの夏が終わればあの町には居ない。それどころかこれから先、私の人生に関わってこなくなる可能性すらある。
だから私はどんな方法でもいいから彼の中に私を残しておきたかった。
私が隣の部屋に行くことを決意したことを告げると灯はそう来なくっちゃといったような顔でスマホで誰かに連絡を取り始めた。
三分後、灯が連絡した相手、克海が戸をノックして部屋に入ってきた。
それと入れ違うようにして私は航大のもとへ向かった。
キスの後、航大は私の目を見てこう言った。
「俺は絶対に海結のことは忘れない。いつか戻ってくることも約束する。だから海結も一つ約束してほしい。絶対に俺以外の男とくっつくな。それだけは守ってほしい。」
私はその言葉にうなずいて、部屋を出た。
ドアの前で待っていた克海とすれ違うようにして部屋に戻った。
部屋に戻るや否や灯がベッドの上で心配そうな表情を浮かべてこっちを見つめていた。
「どう…だった…?」
言葉を選ぶようにして彼女は聞いてきた。
なので私は向こうの部屋で起きたことの一切を彼女に話した。
話しているうちにまた目から涙が溢れてきた。
そんな私に灯は優しくハグしてくれて、
「大丈夫、海結はよく頑張ったよ。」
それでも私は涙が止まらず、いや、更に涙が溢れてきてしまった。
「やっぱりずるいよ、航大…」
私がそう言ってからは灯は何も言わなかったけどずっと優しく肩を撫でてくれた。
私はそれがとても心地よくて、気が付くと眠ってしまっていた。
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