四人分の二人
毎朝憂鬱になる7時間授業も始まってしまえばあっという間だ。
今日は水曜日、灯は今日バイトで一緒に帰れないもんだから一人でバス停に向かった。
他の二人は克海は陸上部の夏の大会が近いという事で最近はずっと遅くまで学校に残っている。
航大の方は毎日バイトで帰りのバスには居た事がない
それどころか彼は夜まで家には帰って来ていないと思う。
というのも一ヶ月くらい前、夜に喉が渇いたから家から少し歩いたとこにある自販機まで飲み物を買いに行った時にたまたまバイト帰りの彼とすれ違った事があった。
もう夜の十時だったというのに航大はその日の朝と同じ格好で前から向かってきてパジャマ姿だった私はなんだか恥ずかしかった。
航大は朝と変わらず制服を着ているとはいえ彼自身はだいぶ朝とは様子が変わっていて顔色も悪く酷く疲れきっている様で、夜も遅いからとても心配になった。
私は思わず
「航大?大丈夫?」
と聞いたけれど、
「大丈夫。」
冷ややかな声でそう言われた。
彼が無理してるのは一目瞭然だった。けれど、彼が今は話しかけないでくれと言ってるように私の方すら見ずに歩いていったもんだから私もそれ以上は話さないで
「バイバイ、また明日。」
それだけ言って彼の姿を見送った。
しかし、私がバス停に着いた時、そこに居たのは絶対に居ないと思っていた航大だった。
「おっ、海結じゃん。一緒に帰ろうぜ。」
何故航大がここに居るの?バイトは?
頭はこんがらがるし、心臓がバクバク鳴っているのが分かる。
「い、いいよ!一緒に帰ろっ!」
私は咄嗟に笑顔を作って応えた。
最悪だ、上ずった…
ブロロロロロと音を立ててバスはやって来る。いつもと同じ、後ろの四人席。けれど今は二つしか席は埋まらない。
「なあさ、聞きたいことがあんだけど。」
先に口を開いたのは彼だった。
十六時台のバス、行先が行先なため車内は私たち二人しかいない。
「なに?」
航大がずっとこっちを見てるもんだから私は目を合わせれず後ろの窓に焦点を合わせた。
「あのさ、勘違いだったらごめんだけど、最近海結疲れてない?なんかあった?」
私の中に衝撃が走った。
確かに彼といる時の自分はなんだか疲れた感じに見えるかもしれない。
彼に心配をかけている。そんな自分にますます嫌気がさす。
けど彼は私が恋心を抱いているだけなんて知る訳もなく、言葉を続ける。
「朝会う時も今までみたいな元気無いし、さっきもなんか無理して笑ってるように見えたしさ、なんか悩みがあるなら言ってみろよ。力にはなれないかもだけど聞くだけなら俺でもできるからさ。」
彼が心配してくれている。心の底から申し訳ないなって思うけど彼が私の事を思ってくれているだなんて考えると少しだけ嬉しい自分にまた自己嫌悪。
「ううん、全然そんな事ないよ。なんかごめんね、心配かけちゃって。」
自然と出た笑顔で彼の質問に答えれた。
久々に彼に本音を話せた気がする。
そう思うとなんだか心がポカポカしてきた。
「そっか、俺ワンチャン海結に嫌われたりしたのかなって思ってすっげぇ怯えてたわ。」
明るく笑いながら彼がそう言った。
つられて私も笑みがこぼれた。
「嫌いな人とは朝毎日学校に行きませ〜ん。」
こうやって笑いあって会話したのもとても久しぶりだ。
良かった。私はまだ航大とちゃんと話せたんだ。
とてもおかしな話だけど、仲のいい幼馴染とただ昔のように話せるというだけで安心した。
それからしばらくは他愛もない会話が続いた。けれど、それでも時間が過ぎるのは一瞬だった。
「もうすぐ、夏休みだねー」
最初に言ったのは私だった。
彼が小さくうんと頷く。
「今年の夏休みは四人でどっか遠くにでも行きたいね。」
航大とどこか行きたいという下心はあったけど四人で行きたいっていうのも本当だ。
「良いじゃん!俺、今年こそデカい花火見たいだよ!」
ウキウキと楽しそうに彼は語る。
その表情に数秒見とれて思い出した。
「でも航大バイト忙しいよね、みんな予定合うかなー。」
「バイトは、辞めたよ。」
突然声のトーンを落としてこう言った。
なんかまずい事でも聞いちゃったかなと思い、焦る。
「だから、俺は全然フリーだから他の二人が予定合いそうな日があったら教えてくれ。」
杞憂だったな。
彼のニコニコとした表情を見てそう思った。
「そうだったんだ、じゃあ今度灯と克海にも聞いとくね。」
「おう、ありがとな。」
「間もなく、三崎町。間もなく、三崎町。」
やがてバスは終点である私たちの町に到着した。
それぞれ荷物を担いで、バスから降りた。
私と航大の家は真逆の位置にあるからここでお別れ…のはずだったのに彼が、
「俺、買い物頼まれてるから今日こっちから帰るわ。」
そう言って着いてきた。
「あっ、そうなんだ、じゃあ途中まで一緒なんだ。」
自分では冷静に言えたと思う。けれど、脳内は全くもって穏やかなんてものではなかった。
久々に話せただけでも限界なのに帰り道も一緒なんて…
「海って前までは見飽きたなーとか思ってたけど、何だかんだ言って綺麗なんだよな。」
二人で歩く見慣れた海岸線。そこで彼はこう言った。
私は内心海なんてもう既に見飽きたし、綺麗だなんて。と、内心見下していた。けれど、それが間違いだってこの事が教えてくれた。
段々と日も沈みだしてきた十七時。
海は夕日を写してキラキラと光っていた。
はっきり言って声すら出せなかった。
声が出ないほど目に映るものが綺麗だった。
海なんて、見飽きたはずだった。けれど、見飽きた気になっていただけだった、そもそも見た気になってちゃんと見てすらいなかったのかもしれない。
私が声も出せずにいると彼はニコッと笑って、
「なっ、綺麗だろ?」
「うん…とても綺麗…」
声はまだ上手く出なかった。
やがて、分かれ道に差し掛かって私たちはお別れをした。
一人で歩くいつもの帰り道、毎日この辺りに差し掛かると灯も居なくて一人だけど今日は寂しさが三倍増しくらいだった。
私と違って忙しい日常の中でも流されること無く、自分の感性を失わないようなまっすぐな彼。そんな彼の事を更に、好きになった。
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