7月の高鳴り

はじめの一歩

バスに揺られて30分。更に歩いて15分。やっと学校に着いた。

けれども私はこの貴重な45分間。すぐ隣に居るはずの航大こうだいと全く話せなかった。話せなかったというより会話出来なかった。

というのも四人横並びでバスに乗っているわけだから勿論の事ながらワイワイ話しているわけだけどどうも航大とは上手く話せない。

話そうとはするんだけど空回りという恐怖が頭の裏をよぎって話しかける事が出来ない。


前まではもっと簡単に、単純に、純粋に話す事が出来た。

学校であった面白かった話、昨日見たテレビの話、近頃話題のバンドが新曲をアップした話、けど今じゃどうやってその話を振ったかなんて事も思い出せない。

ずっとできていた事ができなくなるくらい恋が辛い事とは思わなかった。

漫画や小説の中じゃ恋っていうのはキラキラしていてとにかく明るいものだったのに、私の恋ときたら。私も漫画のあの子みたいに可愛ければなぁ。


とにかく昔の自分に負けている現状にため息が出る。

最近は毎日こんな感じだ。ほんとはもっとちゃんと話したいのに。


しかし私が毎朝そんな事で憂いている事なんて航大が知るはずもなくやがてバスは学校に着いた。

航大は先にさっさと歩いて行ってしまった。

私は少し早足になりつつ、彼が教室に入った直後に私も入った。


「海結ちゃん、おはよう〜」


教室に入って席に着いた私にこう声を掛けてきたのは隣の席の萩原穂花はぎわらほのかだ。

いつもはなんだかふわふわしていてしっかりしていなさそうな印象を受ける。というか受けた。けど妙な所で鋭かったりするし、実際その妙な鋭さで私が航大の事が好きだって事を自覚させた実績もあり折り紙付きだ。付けるようなものじゃないけれども。


「おはよー穂花。」

挨拶を返す。

「今日は彼と話せたの?」

それ!私がさっきから気にしている事!

「ううん、今日も話せなかった。」

愛想と諦めが半分ずつの微妙な笑顔でそう返す。

「だと思ったー。幼馴染なんだからもうちょい強引に行っても全然大丈夫だと思うけどなー。」

そんな事は分かってる。確かに私たちは幼い頃から一緒だから距離が近くてもなんの違和感も無いとは思う。しかし、

「私も話したいんだけどね、やっぱり難しいや。」

そう、それが出来たら今こんなに悩むことだって無い。いざ話そうとすると緊張でキョドってしまう。

「だから海結ちゃんはダメなんだよー、抱きついてそのまま押し倒すくらいの気持ちで行かなきゃー。」

若干からかう様に笑って彼女は言った。

そんな事が出来る性格してたらなぁ。

心の中で自分にため息をつく。

「押し倒すって、そんな事できるわけないじゃん、それに二人きりじゃないから色々間とかだってあるし…」

そう、バスの中は二人きりじゃない。灯や、克海だっているんだから。

「もう、つまらない事で悩んでるなぁ、それなら他の二人にも手伝ってもらおうよ、話せばノリノリで協力してくれるよ。多分。」

多分って何よ、怖いこと言うなぁ。

けど私は、他の二人に伝えるというのは賛成だった。



実は、私が航大のことが好きだって事をまだ灯と克海の二人には伝えていない。

ずっと伝えて、相談しようとは思っていた。

けれど、そんな事でこの四人の関係が崩れてしまいそうで嫌だった。

杞憂だとは思う。そんな事で壊れる程柔い関係じゃない事だってよく分かっている。それでもやっぱり何かが変わりそうで怖かった。

けれど、それもそろそろ変えなくちゃ。怯えてばかりじゃ何も始まらないんだし!

私は誓いの意味も込めて、


「うん、そうしてみるよ。ありがと。」


その時聞きなれたチャイムがなった。

とりあえず灯に伝えよう。

一限目の準備をしながら小さな一歩を決意した。

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