灰色の町

音河 ふゆ

エピローグ

夏のはじまり

 私は港町の産まれで、夏が来る度太陽の光を反射してキラキラと輝く海を見ては心も輝かせてた。

 しかし、それも幼い頃の話で今では夏の海を見て心が踊るような純情さを持ち合わせているほど子供でもなく、かと言ってセミの儚い一生に感動をみいだせるほど大人でもない。

 高二。子供と大人が交差する地点。

 山と海に囲まれた小さな町。オシャレなカフェもなくあるのはコンビニが一つと個人経営の小さな喫茶店くらい。

 そんな絵に書いたような田舎である生まれ故郷に私、渚海結なぎさみゆうは退屈していた。


 朝七時。いつもと家を出る時間は変わらないけどなんだかいつもより暖かい。そう言えば天気予報士が今日はいつもより暑く初夏の訪れを感じさせるとかなんとか言ってたっけ。


 登校にはまず家から最寄りのバス停まで15分、バスに乗ってから更に30分。また更にバス停から学校まで15分と馬鹿みたいに時間がかかる。

 15分歩いて着いたバス停にはもう既にバスが停車していた。

 もしも都会なら急ぐべき場面なんだろうけど残念ながらここは都会ではない。

 イラつくくらいにはバスの停車時間が長いのはもはや長所って言ってもいいと思う。

 そんな皮肉なバスの中はいつも通りシンとしていたけど、私が乗車すると直ぐに

「海結!おはよう!」

 快活な声がバスの奥の席からドアまで響いてきた。

「灯、おはよう。」

 元気な声をした女の子の名前は島崎灯しまさきあかり。私と一緒にこの町で育ったレアキャラ。

 灯は小学校からの付き合いで私の一番の親友だ。

 小さな頃からいつも明るく、周りを元気にするような、例えるなら向日葵みたいな可愛い女の子。

 彼女は私とはかけ離れた女子力を持っていて、私は世の中のガールズが当たり前のように持っている情報を全部彼女から吸い取っている。

 吸い取るって言っても昨日見たドラマがどうだったとか、インスタで見たあのお店がオシャレだったとか内容は他愛も無いものだけど。


 そうして今日も女子トークに花を咲かしていたら、背の高い男子高校生二人がバスに乗ってきた。

 当然ながら身内である。


「よっ!」


 そうやって挨拶してきたのは網本克海あみもとかつみ、灯と同じくレアキャラの内の一人だ。

 克海はお人好しで面倒見が良くてとにかく人が良い。ちなみに実家はそこそこ有名な酒造業を営んでいていつも父がお世話になっている。


「いやー二人ともいつもはえーな。俺たちも走ってきてんだけどなー」


 そう言いながら克海は私たちとは逆の窓際の席へと座った。


「お前が朝時間通りに来ねぇから走ったんだろうが」


 そうやってツッコミを入れながら最後のレアキャラ、岸辺航大きしべこうだいが私と克海の間に座った。

 航大は四人兄弟の長男でとてもしっかりしている。そして、私が絶賛初恋中の相手。


 私と彼はほんとに小さな頃から一緒にいた。

 けれども、私が彼を意識し始めたのはほんとに最近だ。

 始まりは些細なことだった。

 私と航大は今同じクラスなんだけど、私の友達が

「海結って岸部くんの事好きだよねー」

 って言い始めたのがきっかけだった。

 その時は否定したけれどもよくよく考えてみると航大はなんだか他の二人とは違うなぁって思い出してから落ちるまではすぐだった。

 最近じゃ顔に出ないよう気を抜けない様な毎日だ。

 今だって隣に居るだけなのに心臓はどくどくと早くなっていく。昔からしている事は変わらないはずなのに。


 そんな私の気持ちなんか露知らず、バスが定刻通りに出発した。

 バスが揺れる度に彼に近づく。

 近づく度に頬が熱くなる。

 熱い夏はまだ始まったばかりだ。

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