ぼんぼり

逢内晶(あいうちあき)

1. おキツネ様

 ふと顔を上げると、一匹のセミが窓の外を横切った。太陽は傾き始めほんのりとオレンジ色の光が部屋に差し込んでいる。


「あ、もうこんな時間。集中してると時間が経つのって早いね。」


仁美(ひとみ)の声で三恵が時計を見ると、午後四時を少し回ったところだった。そんな三恵(みえ)の手元を仁美がのぞき込んだ。


「みっちゃん、やっぱり絵うまいね。私なんかキツネを描いてたはずなのに、犬みたいになっちゃった。」


 二人は三恵の家で夏休みの自由研究を進めていた。今年で四回目となる自由研究は「この町に関係すること」というテーマで何をやっても自由。友達と一緒にすることも認められていたので、三恵は親友の仁美と一緒に「町に伝わる昔話」について調べ、それを紙芝居にして発表しようとしていた。


「絵の上手いみっちゃんがうらやましいよ。」


今までにも何度か言われた言葉であるが、三恵はその度に胸のあたりがチクリと痛くなる。



 私はひーちゃんがうらやましい。



内気で人見知りしてしまう三恵には、いつも明るくて物怖じしない仁美がキラキラと輝いて見えた。絵を描くのは好きだし、周りの人からほめられることは嬉しいけれど、仁美のように振る舞えたら、とつい考えてしまう。


 仁美が持ち物をかばんの中に入れ終わるのを見て、三恵は玄関に向かおうとしたが、


「おばあちゃんにあいさつしてくる。」


と仁美が言うので、二人は三恵の祖母の部屋へと向かった。


 仁美がわざわざあいさつをしたいと言ったのには理由がある。今二人が自由研究として取り組んでいる「町に伝わる昔話」を教えてくれたのが三恵の祖母なのである。三恵の祖母は仁美によると「田舎のやさしいおばあちゃん」であり、二人ともいつも穏やかな物腰の祖母のことが好きであった。最近、少し足腰が弱くなったようであるが、二人に色んな話をしてくれる。


「おばあちゃん、入るよ。」


 三恵はそう言いながら祖母の部屋のふすまを開けたが、中には誰もいなかった。どこだろうと思いながらふすまを閉めると同時に祖母に名前を呼ばれた。声は台所からだ。二人が台所に向かうと、祖母が油あげを袋に入れていた。袋の中の油あげには稲わらが輪っかのように通してある。


「おばあちゃん、おじゃましています。」


「こんにちは、仁美ちゃん。三恵と二人でちょっとお使い頼んでもいいかい?」


 三恵の祖母はそう言うと油あげの入った袋を三恵に手渡した。


「これ、もしかして前に話してくれた昔話の?」


「そう。毎年夏祭り前になると、神社にお供えするの。去年まではおばあちゃんが持って行ってたんけど、神社の階段を登り下りするのはちょっとしんどいから、二人に持って行ってほしいの。」


 三恵は二つ返事で答えた。


「うん、分かった。でもなんで稲を通した油あげをお供えするの?」


「昔話を思い出してみて。」


 祖母が二人に話した昔話とはこうだ。




 昔、台風の日に一人の商人が村の近くに迷い込んだ。夜になるにつれて雨あしは次第に強くなっていく。商人が途方に暮れていると、雨音に混じってキツネの鳴き声が聞こえる。鳴き声はだんだんと大きくなったが、すぐそばまで来たかと思うと突然聞こえなくなった。すると同時に目の前に白い光の玉が現れた。最初一つだった光の玉はだんだんと増えていき一列に並んだ。商人がその光の玉の列に沿って進んでいくと、村にたどり着くことができた。


 商人はほっとしたが、光の玉の列はまだ続いている。不思議に思った商人が光の玉の列を追っていくと、風雨で今にも崩れ落ちそうな堤防に出た。周囲は田んぼであり、この堤防が崩れると一大事になると感じた商人は、村に戻ってこのことを伝えた。村人総出で土砂を積み上げたため、何とか堤防の決壊は免れて、その年は豊作となった。商人は村の一大事を救ったとしてもてなされ、村に居住し商売も繁盛した。


以来、この街では年中行事の際に「おキツネ様」にお供え物をして街の安全を祈願することが習わしになっている。




「あ、そうか。油あげはおキツネ様の大好物。稲は堤防の決壊を免れて無事に実った稲穂を表しているということですか?」


三恵も仁美の推測で合点がいった。


「ええ、あの神社にはおキツネ様が祭られていて、もともと明日の夏祭りも『豊作になりますように』という願いを込めて行われるようになったの。夏祭り前になると多くの家や店が軒先に提灯をつけるのも、商人を道案内してくれたおキツネ様の白い光の玉に見立てているからなんだよ。」


「へー、あの昔話が明後日のお祭りにもつながっているなんて思いもしませんでした。みっちゃん、昔話だけじゃなくて、このことも発表しようよ。」


 仁美は大きな目を見開いて三恵に尋ねた。本人に自覚はないようであるが、仁美は何かワクワクすることがあると、目を大きく見開く癖がある。三恵はこんなふうに自分の感情を素直に表現できる仁美を見るたびに、少し暗い気持ちになってしまう。


「それじゃおばあちゃん、神社にお供えに行ってくるね。」


「あんまり遅くならないようにね。それと、新聞の夕刊が来てたら家に持って入ってちょうだい。」

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