問題! 正義ってなーんだ!
五秒でわかる前回のあらすじ
「シークレットゴリラ」
「うわ…………首が…………」
顔を正面から見ていたのでわかっていなかったが、胴体と頭が、切断されていた。
それらは、私達が話している間、声も音もずっと発していなかった。
切り口からは、血液のようなものは出ておらず、何か、銀色の、光ファイバーのようなものがぎっしり詰められているのが見えた。……これはもっと太いけど。
また、手足も同じように切断されて、芝生の上に転がっていた。
さっきネズミが崩れたのは、これのせいだったのか。
それにしても、なんて無残な姿なのだろう。放課後に見た、あの可愛らしい形を思い出してしまい、少し吐き気がした。
巨大な頭に焦点を当てる。謎の金属のウロコの隙間から、白いモフモフした毛が見えた。私はそれに近づき、毛のある部分に、恐る恐る手を置いた。
氷のように、冷たかった。
「私のせいで……こんなことに……」
「……アルカ」
そっと後ろから、エルの手が肩に乗せられた。
私はぐっと唇を噛んだ後、少しだけ彼を振り返った。
私は、なんだか、彼の顔を見る気になれなかった。
「あー……エルはさ……こういうことを、ずっとやってきてるの……?」
彼の手が肩から離れた。
この場にエルと私しかいないこと。その前に聞いた、壊すしかない、というセリフ。そして、私が見たあの黒い大剣からして、この死骸を作ったのは彼だとわかる。
しかし、あの彼が、本当にここまでするのだろうか…………? 正直、信じたくはなかった。
「そうだね……僕はもう、慣れちゃってるけど……アルカには衝撃が大きいよね……やっぱり、見せない方がよかったね……?」
彼の声は、草でも撫でるように優しいものだった。
自分でなく、私の事を心配するなんて、どんな神経してるんだろう…………私は冗談交じりにそう、心の中で呟いた。
「いや、謝らなくても……大丈夫、実際少し興味あったし…………」
苦笑いしながら答えた。
「……そっか、大丈夫ならいいんだけど……」
「…………そういえばエル、やることあるんじゃないの?」
私は、今度はちゃんと、彼の顔を見ることができた。
彼は、ああっ! と言ってポンッと手を叩いた。
……いや忘れてたんかい。
「そうだった、そうそうこれをね……こうしてこう……こう」
これ、とかこう、とか言われても、情報量が少なくてわかるわけがない。すみませんね、皆さん。
彼はセリフと共に、ハイジュウの、頭の半分——口の面積がこっちの方が多い——の鼻の先に立った。
そしてなんと、ソレを持ち上げ、肩に担いだ——かと思えば、ソレをコンクリートの地面に叩きつけたではないか。
ちゃんと、私とは反対側を向いてやってくれたのは感謝しよう。
しかしながら、なんてことをしてくれたのでしょう。
「わわわわ……」
叩きつけられた衝撃で、その頭の形がくしゃっと歪んだ。
ネズミの鼻骨は、さっきと四十五度くらい折れていた。
ものすごく痛々しい。
——グエッ
そして、おっさんの歯磨きフィニッシュのような鳴き声がそこから聞こえた。
うっ……少々気持ちが悪い。
——カランカランカラン
それに続いて、何か石のようなものが、その口の中から出てきて地面に転がった。
それを、エルが屈んで拾い上げる。
私は彼の元へ駆け寄った。
「…………? それ何?」
彼の背中に声をかけた。すると彼は顔だけ振り向いた。
彼の右手の中には、何か、緑色の透明な——エメラルドのような、それにしては大きい石があった。
もしこれが本当にエメラルドだったら、高く売れるだろう……あ、また金の話してる。
「ああ——これはね、ハイジュウの核」
エルは身体をこちらに向け、その手を出してくれた。
なんとそれは、綺麗に、正六角形の形をしていた。一、二、三……十四面ある。
「ほえー……カク……核とかあるのかー……」
私はそれをまじまじと眺めた。
その内部は、発光しており、呼吸するように眩しく点滅していた。
緑色の光が、エルの白い肌に写る。
——おや、さっき見たときは、そんなに光っている様子はなかったのだが。良く見えなかっただけなのかな。
「——ねえアルカ?」
頭上から、彼がトーンを落とした声が聞こえた。
私はチラッと彼を見た。その顔は、いつものような爽やかな笑顔でなく、険しさを感じさせる真剣な顔だった。目線は、自分の手に乗る翠玉にあった。
それを見て、少し背中がヒヤリとした。
「……本来ならね、僕は、この手でこれを握りつぶすはずだったんだけど」
そして物騒なことを言いだすものだから、私はまた恐怖を感じてしまった。
「…………え……え?」
「あ、ごめんね、わからなかったよね」
彼はいつもの優しい顔に戻った。しかし、声音は重みが残ったままだった。
「これを壊せば、このハイジュウの死体は跡形もなく消えるんだよ——だから、僕はこれを壊す予定だったんだけど」
私は、彼の顔と石を交互に見た。
唐突な話に置いてけぼりにされそう。
「アルカ、これ、ちょっと持ってみてくれる?」
彼は、その石を掴みながら、手のひらを下に向けた。
なにも現状を理解できていない私は、彼の言葉に従う他なかった。
恐る恐る、手のひらを上向きにし、小指球を合わせて、小さく前に出した。
そこに、石が置かれてエルの指が少し触れた瞬間。その石が、先程よりももっと強く発光し出した。
また、その温度は、生き物でも触っているかのように、生温かった。
……S●N値チェック?
——ドクッ! ドクッ! ドクッ! ドクッ!
点滅のリズムも一段と速くなった。
緑色の光は、指から溢れて足元に落ちる。
眩しいが、不思議なことに、目を瞑りたいとは思わなかった。
私はその光の中に、オレンジ色の、文字のようなものが浮き出てきたのを見た。
見たこともない文字だった。
私は、それを見つめ続けた。
*
しかし、それからというもの、しばらくしても石の状態は変わらなかった。
「…………アルカ、もしかして……それ、読めてない?」
エルの声が沈黙を破った。
「え……よ、読むんだったの」
私は顔を上げた。彼は苦笑いを浮かべて、頰を掻いていた。
「うん……『読み上げろ』って書いてある……」
彼は、石を指差した。私はもう一度目を落としたが、さっきと全く同じ、オレンジ色の文字が光っているままだった。
「そうだったんだ⁉︎ それさえわからなかった……」
私はガクッと肩を落とした。
「そ、そっか、アルカは天界の人じゃないもんね」
「う……嘘だぁ……」
だとしたら、さっきの私は、彼から見れば、石が強く光って指示までしてきているという重要そうな展開にも関わらずぼーっと眺めて突っ立っていた、という認識になっていたのだろうか。
ものすごく…………恥ずかしい。
私は顔が熱くなり、エルの顔が視界に入るのを意識的に拒んだ。
「じゃあ、僕が読むから…………アルカは復唱して?」
エルの優しさが心の傷口に沁みる。
「面目無い…………って、あれ……?」
私は縦に首を振ろうとして、とあることを思った。
「天界って、日本語じゃないの? エルも日本語喋ってるし…………ほら、ハイジュウも『廃れる獣』って漢字で書くんでしょ……?」
そうだ。よく考えたら、今の彼のセリフは矛盾している。
「えっ……? えっと……」
エルは手を顎に当てて目を泳がせた。
今まで聞いた『天使』も『悪魔』も、バリバリ日本語である。どういうことなんだろう。
「天界では天界の言語はあるよ、『ギャラクアス』って言って——でも、確かにハイジュウは日本語だなあ、どうしてだろう……ごめん、わかんない」
エルは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「そ、そっか、わからないなら仕方がないね——あっ! ごめん、話逸らしちゃって!」
手元のハイジュウの核は、未だにずっと緑色に点滅している。
なんとなく、ソレが飽きているような気がした。
「はは……大丈夫。じゃあ……いくよ?」
彼は人差し指を立てた。
私は、どんな意味不明な音が飛び出してもいいようにと思い、彼の口をじっと見つめた。
「————」
彼が口を開いた。私はその動きと音を真似する。
「イ……インパロー……『インパロールミシィ』……?」
私が唱えると、 手元のハイジュウの核が、溢れるように、より強く発光しだした。
そして点滅ではなく、点灯モードに入った。
お前はブルー●ゥースか。
さらに、その石の上に、黄色い、光る謎のサークルが空中に浮いて現れた。
「わっちゅ⁉︎」
それは、時計回りにスライドして回転していた。
大きな正五角形に、頂点それぞれに二重円がくっついていて、それらをつなぐ様々な直線によってできた空間に、これまた見たことがない記号が書き綴られている。
これはもしや……夢にまで見た、魔法陣というやつ——⁉︎
「わ……! すご……! や……! わあー……!」
語彙力のない、歓喜のセリフが湧いて出てくる。
私がやっと少し頭が整理できてきた、と思っていたその時だった。
——バサッ!
唐突に、私の背中から、聞き覚えのある音がした。
「…………え」
私は、目だけを右に向けた。それでもソレははっきりと確認できた。
黒い骨に、紫色に透ける飛膜。
意思と共に上下に動く、奇妙な物体。
まさに、今日の朝も見た、『悪魔の羽』だった。
「な、なんで今…………⁉︎ うっ…………⁉︎」
そうすると今度は、全身にビリッと電撃が走った。
私はまた混乱した。今日はわけのわからない事が起きすぎている。そろそろ頭を、氷水にでもつけて休ませたい…………なんて、心の中で呟いた。
体の奥底からも、何か熱いものが、ふつふつと湧き上がってくる感覚が起こった。
恐怖ではない。怒りではない。なにか胸をぎゅうっと締め付けられる。そんな感情が。
それはどんどん増して、体の中でぐるぐる渦を巻いている。
その感覚に耐えられなくなり、両手に置かれた悪魔の石を捨ててしまおうかと思った直後。
——パキィンッ!
目の前の石にヒビが入り、粉々に砕け散った。それはまるで、風船が空気の入りすぎで割れたように、弾け飛んだ。
私はその瞬間、手を広げてしまった。すると、そのカケラは、手と手の間から溢れ、地面にバラバラと落ちると、不思議なことに、それは蒸気となって消え去った。
私は、それがあった場所をじっと眺めた。ただただ理解ができなくて。ただただ驚いて。
いつのまにか、体の痛みもすっかり消えて無くなっていた。
「——『衝動』、か……」
ふと、上から低い声が降ってきた。
声の方向に、恐る恐る顔を上げる。
エルは、先程まで石の置いてあった私の手の辺りを見つめ、顎に手を当てて、真剣な顔をしていた。
しかし、彼は私の顔を見た途端、突然目を丸くした。
「アルカっ…………⁉︎ ごめんね、無理にやらせて……どこか痛かった……?」
そう言うと、彼は私の肩を持った。
私は、さっき目の前の人物に絞め殺されかけたのを思い出し、少し背筋がヒヤッとした。
でも、なんでそんなに心配してくるんだろう。私は小首を傾げた。
「いや——大丈夫だよ、なんともないよ」
きっと、電撃が走った時に私が痛そうにしていたのを思い出したのだろう。私は彼に笑って見せた。
すると、自分の頰に、何か冷たいものが伝うのを感じた。
「…………え、あれ」
恐る恐る手でそれを触ってみる。指が濡れた。
指についたそれは、透明な液体——
——いわゆる、涙だった。
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