拝啓! 忘れられた少年へ!

五秒でわかる前回のあらすじ

「学校の対談」



「わあああああ! エルいるのかああ⁉︎ いやいないっしょ! 流石にいないっしょ! あっははははっ! でも悪魔について詳しくうううう!」


 私は叫ぶように独り言を言いながら、全力でダッシュていた。

 そう言えば、朝もダッシュしてたなぁ、私。実にタフだなぁ、私。いやいや、今はそんな所を自画自賛している場合じゃない。私は足を回すスピードを上げた。これでも五十メートル走七秒代である。ふっ! 足だけは自信があるのさ!


「待ってろおお!」


 私は突進するように門扉を開け入り、大急ぎで鍵を開け、玄関の引き戸をスパンッと開けた。


「エルううう! ただいまあああああ!」


すると、リビングに繋がる扉の後ろから、ヒョコっとエルが顔を出した。


「あ、お帰り、アルカ」



「…………いや居るんかあああああい‼︎」



 勢いに任せて大声を出してしまった。

 いや、すいません、言い訳をさせて下さい。正直、朝にああやって置いて行かれてその場に居続けないと思います。少なくとも、私なら逃げます。


「え、だってまだ話ししてなかったし……」


 彼は驚いた顔をした。いいえ、エルくん。知らない人には付いて行ってはいけないのよ。ましてや家に留まってるなんて論外よ。

 ——とは言えず。


「……そ、そっか……」


 私は彼をまた驚かせないように、笑顔を作った。


「——あ、そうだごめん、炊飯器のお米ちょっと食べちゃったけど、本当によかった?」

「……え」


 本当に食べたのこの人。いや、毒あるとか、怪しいとか、疑ってもいいのよ、普通は。


「あ、ダメだった……?」

「ううん! 全然食べてよかったんだよ! いや、でも本当に食べるとは思わんだ……」


 私が肩を落としながらそう言うと、彼は小首を傾げ、頭にハテナマークを浮かべた。……ような気がした。

 男にしてはあざとくない? この人。


「まいっか……と、とりあえずうがいしてくるね!」

「うんー」


 私はパタパタと洗面所へ向かった。



「——さて、話の続きなんだけど」

「あ、立ったままだとなんなので、お座り下さい……」


 私は押入れから座布団を二枚引っ張り出し、一枚をエルの足元に置いた。


「あ、どうも……」


 彼はペコペコとお辞儀をし、そこにあぐらをかいた。……普通正座じゃね? まいっか。私は、両足を少し開いた状態で、膝を前に伸ばして座った。


「……どこまで話したっけ?」

「ええっと——あ、私が悪魔だって言われた所です」


 つい敬語になってしまった。自分には、やはり彼は年上に見えてしまうのだ。


「そっか……そうだね、じゃあ、僕らの世界について話をしようか——まず、僕はね、アルカとは逆で、天使なんだ」

「……逆?」

「うん、僕らの世界——『天界』って言うんだけどね、そこには、『天使』と『悪魔』で分類された人たちが住んでいるんだ」


 彼は指を折りながら、ゆっくり話しながら説明してくれる。わかりやすい。

 天使。悪魔。正直、簡単に信じる事は出来なかったが、単語自体はわかった。

 エルの口はまた開く。


「そこでね、僕がこっちの……人間の世界に来たのには、理由があって」

「ふむふむ」


 私は手をついて前のめりになって聞いた。


「ちょっと言いづらいんだけど……今、色々あってね、天使と悪魔は対立しているんだ」

「……へえ…………ん?」


 ——あれ? 私はそこまで聞いて、思考が停止した。


「ごめんね、アルカは悪くないんだけど——はっきり言うと、僕とアルカは、天界に行ったら対立してしまうんだ」

「——え」


 彼は目を細めて笑うが、眉毛はハの字になっていた。


「な、なんで⁉︎ 私、悪い事したの⁉︎」


 私は不安でしょうがなくなってしまった。……私は、今朝悪魔になったばっかりだけど、その前から、何かしてしまったんじゃないか、と。小説とかでは、よくあるじゃないか。なんて心の中でほざいてみる。

 すると、彼は小さく首を横に振った。


「ううん。アルカは違うよ、アルカの力は、ずっと昔から、封印されていたみたいだから」

「……本当?」


 私が尋ねると、彼は私を安心させる様に、柔らかい笑顔を見せて、コクンと頷いた。


「うん。ことの原因はね、悪魔のとある組織が、天界にいる動物を、改造し出したんだ……戦闘用として」


 彼の声が、段々と重くなっていった。それに加え、目線も明後日の方向を向いていた。


「改造……?」

「うん、わかりやすく言うのは難しいかも……まあ、その改造された動物の事を、僕らは『ハイジュウ』と呼んでいるんだ」

「あー……んー……ハイ……ジュウ?」


 聞き覚えのない単語に、私は首をかしげる。


「うん。元々は天界で出現していたんだけど、敵陣が人間界こっちに来てるっていう情報が入って——」



——ズドオオオオオ!



 突然、エルの言葉を遮る、重く空気が動く音が外から聞こえた。同時に、地響きが起こった。その音と感覚は、身に覚えがあった。

 ああそうだ、思い出した。エルが落下した時だ。その時の音に似ていた。


「——ちょうどいいタイミングだね……百聞は一見に如かずだよ、アルカ。外に出ていい?」


 エルはスッと立ち上がった。

 彼の声音は、先程よりもっと、重みを増していた。

 現状を理解しないまま、私は頷く。それ見るとすぐに、彼は玄関へ向かってしまった。



「アルカ、アレだよ——『ハイジュウ』」


 エルが険しい顔で見ていた先には、一軒家の屋根より、いや、アパートなんかよりもずっと大きい、白い何かが蠢いていた。


「…………⁉︎ うわぁ……」


 その白いモノは、顔を上げた。……頭らしき部位には、金属のような銀色の、ウロコが生えていた。


「ああやって、部分的に人工物が組み込まれているんだ……ほら、尻尾のところも」

 エルは、ハイジュウの後方の辺りを指を差した。確かに、尻尾の先に、槍の穂の様なものが、不自然にくっついていた。


「ねえ……エル……」


 私は、背丈の関係で、彼をずっと見上げていた。少し首が痛い気がする。


「あのハイジュウ……は、どうなっちゃうの? 元に、戻せるの?」


 あの動物、暴れているが苦しそうに見える。先ほどエルは、ハイジュウは悪魔の組織が人工的に改造したと説明していた。改造されたのならきっと元に戻せるだろう、と勝手に解釈したので、私は興味本位で尋ねてしまった。

 彼はなんと、首を横に振った。


「いいや……僕らもこれまで色々試したけど駄目だった。ああなると、もうしかないんだ」


 私は、その言葉は予想していなかった。てっきり元に戻せると勘違いしていた。

 エルの瞳は、少し曇っていた。


「だから、彼らは『ハイジュウ』と呼ばれているんだ……『すたれた獣』と書いて、『廃獣』……ってね——」


 彼はハイジュウの方を見上げた。風が彼の髪を揺らす。その横顔は、何かを諦めたような感情を写し取っていた。


「『廃れた』……『獣』……『廃獣』……」


 私は、頭に叩き込むように、彼の言葉を反復した。


「……被害が広がる前に、除去しないと。アルカは、ここで待っててね」


 彼は私に向かって、またあの優しい笑顔を見せた。

そして、彼の背中から、大きな、真っ白な翼が飛び出した。——そうか、今までソレしまわれていたのか。

 また、彼は右手を、一瞬ぎゅっと握って開いた。すると手の中から光の玉が出て、それはマジックのように一瞬にして、大きな剣に変化した。彼の身長くらいはあった。


「おおっ」


 なんかこう、だいぶ黒かった。黒曜石みたいな色だった。

 ゲームでしか見た事がなかったので、少し感激してしまった。しかし、天使といえば弓矢のイメージがあるが、そこのところはどうなんだろうか。後で聞いてみよう。

 私はそう思ってから、ハイジュウをもう一度よく見てみた。


 金属のウロコが付いていない部分は、白くてふわふわした毛が生えていた。

 そして、ソレの耳は、頭の大きさと比べると、兎のように、長かった。


 その直後。私はその白い背中に、『アレ』を見つけ、目を見開いた。


「なんてこった……」


 思わず体が竦む。私の胸に、黒い煙が湧き出てくる。



 ——彼の背中には、ハートの形の、黒い模様があった。

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