登校! 迫り来る二つの影!

五秒でわかる前回のあらすじ

「悪魔退散」



「——はあっ! はあっ!」


 数分走り続け、家が見えなくなったと思ったところで、私は足を止めた。

 ジョギングとは違い、背中に重い荷物を持って、そして逃げるような全力ダッシュは、一減速すると疲労が一気に身体に流れてくる。

 心臓の、バクバクという激しい音が止まらない。小さく歩きながら呼吸が落ち着くのを待った。


「お、置いてきてしまった……」


 私は先程の出来事を思い出し、また恥じらった。

 突然落ちてきた少年。突然の告発。



『君は元々、アクマだったんだよ』



 あの優しさの塊のような声が思い出される。

 私は、学校を口実に、逃げてしまったのだ。状況の整理のつかなさと、彼の台詞が意味する恐ろしさから。


「アクマ——『悪魔』って……」


 言葉に漢字を当てはめてみても、さっぱり理解ができなかった。

 いや、どちらかといえば、理解したくなかったのが事実だった。


「……そういや、あの人置いてきちゃったな……」


 そうだ……私は、自分が置かれた状況を放ってしまったのだ。自分の無力さに腹が立ち、右手の拳を、住宅のブロック塀にコツンとぶつけた。


「——アルカ?」


 不意に、背後から声が聞こえた。

 私は顔を上げ、後ろを振り返った。


「おっす……何してんだ?」

「……だいじ?」


 そこには、栗色の髪をした少年と少女がいた。

 少女のほうが背が低く、猫耳のカチューシャを付けているのですぐ見分けがつく。


「ああ……! すぐる! 百合ちゃん! あはは、はぁっ……はぁっ……全然……! 大丈夫……!」


 私は、無理矢理口角を上げて目を細めた。


「な、なんでそんな息切らしてんだ?」

「アルカ、ほんとに大丈夫……?」


 彼らは、私の幼馴染み。男の方が夜咲やざきすぐる

 女の子の方が夜咲百合ゆり

 ——苗字からわかると思うが、彼らは兄妹、いや正しくは双子だ。分類で言うと、二卵性双生児だ。


「あーはは、いやー、もう朝さー…………あっ」


 そういえば、朝の出来事は口止めされているんだった、と、私はあの威圧感のあるエルの声を思い出し、言葉を途切らせた。ええと、とりあえず、違う口実を……


「あっ……ああ! そうそう! なーんか、さっき走りたくなっちゃってさ! 全力出したら疲れちゃって! はっははは……」


 私は頭を掻きながら、演技をした。

 信じてくれ! 友よ! 嘘なんだけどね!

  ……なんかすごい罪悪感。


「ったく、朝っぱらから本当に元気だなお前」


 双子の兄の方——すぐるは、左手を腰に当てため息交じりに言った。


「……よかった」


 表情一つ変えずに、妹の方——百合ちゃんも肩を落とした。よかった、どうやら納得してもらえたようだ。


「まあ、ちょうど会ったんだし、一緒に行こうぜ」

「う、うん! そうする! 恩に切るよ!」


 私は右手の親指を立てて前方に突き出した。


「お、おう……で、でも別に、心配して誘ったとかじゃねえからな」


 すぐるは、プイッとそっぽを向いた。何か、少し顔が赤くなっていた気がするが、気のせいだろうか。

 それよりも、小さい頃から一緒だったのでやっぱりこの二人といると安心する。

 ——その分、いつも助けてもらってばかりだな。

 そんな事を思っていたら、いつの間にかすぐるの姿が見えなくなっていた。


「おーいお二人さん、おいてくぞー!」


 と思ったら、私の後方にいて、道を進んでいた。挑発するような手招きをするすぐるに、私は指を差して応える。


「んなっ⁉︎ 百合ちゃん! すぐる抜かそ!」

「……了解」


 私の、ついさっきまで混乱していた頭はスッキリと晴れ、この何気ない日常を快く受け入れた。


「よっしゃー! 学校まで競争じゃー!」

「はあ⁉︎ お前は小学生か⁉︎」

「……中学生だけど、何か」

「いや百合には言ってない——っておい待て! アルカははしゃぐな! 転ぶから!」

「ふははは! おらおら一位は私のものだぁ!」


 桜の舞う青空に、私達は笑い声を響かせた。翼の生えた少年のことなんて、この時にはすっかり忘れているほどに。

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