告発! そんな事より行かなくちゃ!
五秒でわかる前回のあらすじ
「君は太陽のコマチ」
——自分の腕より長い、黒い翼が、自分の背中から生えていた。
真っ黒い骨に、飛膜というのだろうか、コウモリの翼のような皮が貼り付けられている。
そして、その翼は紛れもなく、自分の背中から生えていた。
「なんじゃこりゃ……!なんじゃこりゃ……!」
『悪魔だったか……』
少年がポツリと呟いた。私にはそれがよく聞こえなかった。
正面に向き直ってみると、彼が真剣な顔つきになっていた。
「え、なんて……?」
『うーん、座標が狂ったのはこれのせいだったのも……』
顎に手を当て、なにやらボソボソと呟く彼。聞こえないし、そもそも日本語ではなさそうだ。聞き取れたとしても理解できないだろう。
まずこの状況が理解できないな。
「ええと、その、私はこれどうなってるのですか……?」
迷ったら聞け、これが私のモットーだ。嘘だ。
「そうだね……まず、僕が今やったのは封印の解除で——」
彼は人差し指を立てて喋り始めた。
「そして具現化したのが悪魔の力……なんだけど、わかる?」
「え? あ? え? あうぉ?」
私には彼の言葉が、どこか知らない国の言語のように聞こえた。
「……ごめんなさい、さっぱりわかりません」
「う、うんごめん、難しかったね。とりあえず、正座やめていいよ」
そう聞いて初めて、私はずっと正座をしっぱなしだったのを思い出した。
私が立ち上がると、彼も少し遅れて起立した。私の足にはもう既に痺れが起こっていた。
「あ、そうだ、そういえば名前言ってなかったね」
彼のアホ毛がピコンと動いた。
「僕はエルって言うんだ、君は?」
「あー、アルカです。
「『アルカ』……?」
彼——エルさんという少年は、なぜか目を丸くした。
「そ、そうです」
「……そっか、いい名前だね」
エルさんは何か少し考えてから、微笑して答えた。
「じゃあ最初から。うんと、『悪魔』っていうのは、わかる? 」
「あくま——サタンとかアスモウデスとかの、アレですか?」
私は脳の中の引き出しを隅々まで探して、返事を引っぱり出してきた。
「よく知ってるね、僕らの中でも知ってる人少ないよ」
少年は優しく微笑していたが、その顔の裏で「なんで知ってんだこいつ」と言っているような気がした。
「は、はは……そういうのちょっと好きなので……」
私は頭をかき、笑って誤魔化した。
「……そっか、じゃあ話は早いかもね」
エルさんは、少しの間腕を組んで、なにか躊躇うように口を開いた。
「アルカ、君はね——元々、悪魔だったんだよ」
「…………」
「…………」
脳内、既にパンク済み。
整理がつかない私は、単純に本音を漏らした。
「はぁ?」
——ピリリリリ〜♪ピッピッピ〜♪
なんとも言えない絶妙なタイミングで、愉快な電子音楽が、隣の台所から聞こえた。
ああこれは……電子レンジの音だ。
そういえば、ハンバーグを温めていたところだったっけ。ちなみにいうと、この音楽は地味に好きだ。
「——ああっ!」
突如、私の脳の中でスパンッと風船が割れたような感覚が起こった。
「学校行かなきゃあああああ!」
「え」
「早くご飯食べて、天気予報見て、なんか色々用意して学校に行かなきゃ! 遅刻する!」
掛け時計を見ると、針は七時を指していた。
やらなければならない事を次々と思い出していく。そうだ、今日からは、ちゃんとした授業が始まるんだった。
しかし私は、駆け出そうとした一歩を止めた。でもエルさんは?
自分もなんだか、羽が生えちゃったし、ここで話を途切らせるわけには行かない——そこで私は考えた。
「エルさん! 羽って! 羽ってしまえないの⁉︎」
「え、う、うんしまえるよ。えっと……ちょっと待ってね」
エルは完全に戸惑っていた。
それもそのはず、出会って数秒後、なんかすごい事になったのをほったらかして学校に行こうとする少女がいてたまるものか。私だけど。
そうこうしていると、彼は右手で、私の左手首を掴んだ。そのまま私は、彼の左腰に手を当てさせられる。おや、彼のベルトに何か硬いものが……
ピピッ
そこから電子音が聞こえた。すると、先程のように身体が熱くなったと思えば、私の羽が、スポッと背中の中に姿を消してしまった。
「……おお!」
これは、あれか。これが魔法というやつなのだろうか。
この時既に私の感覚は麻痺していた。この出来事について、全く驚きはしなかった。魔法って本当にあったんだなあ、と関心した程である。
「アルカはまだ魔力が上手く使えないみたいだから、こういう風にやらないとダメかも。出すときは、また言ってね」
にこりと笑顔を見せたが、眉毛は八の字にしていた。
すみませんエルさん。困らせてしまって。
「ありがとうございます!」
「あ、もう敬語じゃなくてもいいよ。僕、実は年齢不明で……もしかしたら、同い年かもしれないからさ」
エルさんは頰をかいた。
なんてこった。君はどう見ても年上じゃないか——しかし相手が敬語のせいで窮屈に感じているのなら、それはそれで良くないことだろう。
自分の中で勝手に納得し、私は笑い直した。
「……わかった! ありがとう、エル!」
私は敬語を無くす代わりに、挙手の敬礼をして笑って見せた。
「う、うん。あ、遅刻しちゃうよ」
「そうだった‼︎ えっと……エルはご飯食べる⁉︎」
「いや……大丈夫……」
「そっか! 炊飯器に米が余ってるからお腹空いたら食べていいよ!」
そう言い放って、私は大急ぎで朝食を食卓に運び、食べ始めた。
*
「——アルカ」
それまであぐらをかいてこちらを見ていたエルが、不意に声をかけてきた。
「? ふぁふぃ?」
しかし私は飲み込むのをしないうちに返事をしてしまう。そんな私に彼は苦笑いで返してくれる。どうやら許してくれたらしい。
「食事中ごめんね。出掛ける前に、言っておきたい事があるんだけど——」
私は、今度はちゃんと食べていた物をゴクンと飲み込んでから、口を開いた。
「……なに?」
「外ではさ、僕や今のアルカの状況に関しての事は、言わないでほしいんだ」
「絶対に、ね?」
エルは澄ました顔で、少し声のトーンを落として言った。
「しょ……承知しました」
口角は上がっているはずなのに、どこか威圧感がある。彼からの依頼は今後一切破らないようにしよう——そう考えながら、私は卵かけご飯を頬張った。
*
さて、家を出る前に、指差し確認は欠かせてはいけない。
「鞄よーし! 宿題よーし! 制服よーし! 食器よーし! 洗濯物よーし! 戸締りよーし! オッケー! 行ってきまーす! あっ!」
私はさっき担いだばかりだった学校指定の鞄を置き——母親の、仏壇の前の、座布団に正座した。
リンをチーンと鳴らし、パンと手を合わせ、「行ってきます」と、写真の中で笑顔を見せる女性に声をかけた。
「じゃあ、行ってきまーす!」
私はまた通学鞄を担ぎ、エルに敬礼した。
「い、行ってらっしゃい」
エルはにこりと笑って手を振ってくれた。
私はスニーカーを履いて、玄関の鍵をちゃんと掛けて、よしと——
——自分のアホさに赤面する前に、私は全力で家を出た。
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