NEW・アルカディア!

祝 冴八

[DAY1]理想郷の革命者

墜落! 平凡破壊の号令!

 感情を持つとは、不幸なのだろうか。


 私の理想は、「いな」と答えることだ。しかし人間、そう綺麗に生きていけないことなんざ知っている。その中でも信じたい、綺麗に生きたいと足を進めてしまうのも人間のサガだろう。

 ぼやけた思考の中、私はこの空間を見渡した。


『……! ……!』


 目の前には白いもや。こちらに手を伸ばし、どうやら私の名前を呼んでいるようだ。

 私は、それが誰なのか確かめようと顔に意識を向けてみた。しかし、見るたびに白く、白く、ぼやけてしまう。


『あ……! ……て……!』


 泣いているのか。怒っているのか。ただ叫んでいるだけなのか。その表情を見る前に、私の意識は遠ざかる。


 必死に手を伸ばすその人に、私は、何もしなかった。


 ただ、ずっと眺めていた。

 音は何も聞こえない。

 私は、少しだけ手を出した。


 次の瞬間、真っ暗な壁が、私の視界を遮った。



「——はっ!」


 視野に入る蛍光灯。私はとっさに上半身を起こした。


「……なんだ、夢か……」


 額に手を当てると、少しだけ汗でぬれていた。

 どんな夢を見ていたのか思い出そうとしたが、三秒ほどするとすっかり忘れてしまう。不思議な夢だった事しか覚えていない。まあ、夢とはほとんどがそんなものだろう。


 ——ただなんだか、心のどこかにモヤモヤしたものが、引っかかって出てこない。


「……朝ご飯、作らなくっちゃなぁ」


 枕元の目覚まし時計は午前四時半を指していた。アラームの三十分前に起きてしまったようだ。心のモヤモヤが晴れないのに、私は布団から出ることにした。異様なことに、眠気はすっかり覚めていたのだ。


 私は布団から出て、先ほどつぶやいたセリフは関係無しに、洗面台へと向かった。

 引き戸を開け、顔を洗う。両手で両頬をパチンと叩いて、私は鏡を見た。


「——よし! 目ェ覚めた!」


 目の前に映っているのは、黒色の髪に赤い目。同い年の平均より少々低い背丈。片方だけ飛び出た八重歯やえば。これが私。今月から地元の中学校に通い始めた、ごく普通の十二歳……だと思う。


 私は、その顔を見ながら輪ゴムで髪を一束にまとめた。そして横目で結び目を確認してから、駆け足で玄関を出た。



 日課である家の周りでのランニングを終え、朝食を作るところだった。


 私は、昨日の夕飯のハンバーグが余っているのを思い出し、冷蔵庫からラップがかけられた底の深い皿を取り出す。

 ハンバーグは料理の中で三番目くらいに好きだ。ただ、毎日肉を買えるようなお金がないので、あまり頻繁には食べない。


 私はルンルンと鼻歌を歌いながらラップを外し、電子レンジに入れてスイッチをオンにした。


 その間に別のことをしようと包丁を持ち、キャベツの千切りを始めた、その時だった。


 ——ドゴオオオオオオン! バキバキバキッ!


「え⁉︎」


  危うく、自分の指を刻むところだった。突然、地震とともに大きな破壊音がしたのだ。

 私は反射的に、包丁をまな板の上に置く。


 まるで隕石でも落ちたような、重い音。それもすぐ近く——リビングから聞こえたような気がする、と私は直感した。


 とっさに台所を飛び出し、リビングの扉を開ける。


 目の前にあったのは————瓦礫がれきの山。

 その真上を見ると、屋根に穴が空いていたのが確認できる。ってことは、上から何か落ちてきた、ということになるワケで……


「なっ……」


 私は即時に理解した。



「なにやっとんじゃわれええええ‼︎ え⁉︎ 嘘でしょ⁉︎ 修理代どうすんの⁉︎ 隕石保険なんて入っていませんけどひええええええ‼︎」



 ……パニックになり、金の事しか頭に入ってこなかった。


 足元の、砕けて手のひらサイズになってしまった木材を拾い上げる。

 私はだんだん、その木を見ていられなくなり、雑に瓦礫の山にそれをたたきつけた。すると、カコンカコン、と気の抜けた音が鳴り、私の苛立ちをさらに挑発させる。


「よりによってウチに落ちてくるなんて……! 公園とか田んぼに落ちてよ! もうっ!」


 慣れない地団駄を踏んでみると、ちょっとだけすっきりする。そうしてしばらく一人で騒ぎ立ていたが、沸騰はやがて冷める。

 そろそろ疲れてきたので、私は諦めて踵を返そうとした。


『————!』


  その時、突然瓦礫の中から、声のようなものが聞こえた。


「えっ⁉︎ だ、だれか、いるの……?」


  もう一度、よく耳をすませてみる。すると、ガタガタッとその瓦礫の山が動くのがわかった。

 恐怖心と好奇心がせめぎ合うのを感じながら、私は姿勢を構えながらそれをじっと見つめた。

 すると、折れて粉々になっていた木材たちが盛り上がり、その下から黒い影が出てきたではないか。


「————! ぷはぁっ!」


  それは紛れもなく、人の頭だった。


「ひっ……!」


  驚きのあまり反射的にに一歩下がってしまった。危うく腰まで抜けるかと思った。

 そんな私をよそに、ソレはよっこらせ、と立ち上がることまでしてしまう。


『はあ……着地に失敗するなんて……迂闊うかつだったなあ』


「——キイイヤアアアアアア! シャベッタアアアア!」



  もう既に混乱していた頭をさらにシェイクされた感覚だった——つまり、まあ、パニック中のパニック状態ってことだ!

 私はまた、石だか木だか、ましてや瓦だかよくわかんないけど、足元にある物を適当に一つ、それに投げつけた。


「わっと……えっ、人間……⁉︎」


 石はヒラリとかわされてしまう。

 しかしその行為により、ソレは今更私の事を認識したようだ。ソレというのは——黒髪の、少年だった。


 体型からして高校生くらいだろうか。そして背丈や年の割には顔つきは少し幼い気もする。童顔というやつだろう。それにしても、アホ毛が異様に目に入るような——まあ、そんなこともあるだろう。


「「…………」」


  私たちはしばらくお互いを見つめ合った。

 おそらく、両者ともに現状の理解ができなかったのだろう。


 それにしてもなんだ、この人、背中から白い何かが出てるし、なんでこんなラフなTシャツ姿なんだ。そんでもってベルトのようなものを着けているが……これはなんだ?


 しんとしてしまった部屋の中で、最初に口を開いたのは彼の方だった。


「ええと……は、はじめまして?」

「あ、え、あ、はじめまして……」


 彼は優しい声をしていた。高くもなく、低すぎでもなく。どこか心地良いような声音だ。

 戸惑いながらも自分もあいさつを返した。


 ……いやなんだこの状況。


「そ、その白いの何ですか?」


 とっさに思いついたセリフがそれだった。

 もうちょっとマシな言い分をしたかったところだ。


「え? これ? ああ、羽だよ」


 彼のセリフもまあおかしい。羽だよ、じゃない。羽を見たことがないし、普通背中に背負うといえばランドセルだ。

 私が悩んだ顔をしていると、その羽とやらが、なんとバサバサと音を立てて上下に動き出したではないか。そして、それとともに彼の体が空中へ浮かび上がったのだ。


「うわ、え? えぇ? ……うおおおおおおおお‼︎」


  ——まじモンでしたか、それ!

 私は両腕を上げて歓喜の意を表した。


「かかか、カッコいい!」


 ついつい声をあげてしまった。すると、少年は瓦礫の山の上から、私の立っている左側に降り立った。


 ……あ、降り立ったっていう言葉、今生まれて初めて使ったかも。


  そんなことはどうでもいい。彼は私と目が合うとにっこりほほ笑んだ。

 何故だろう、ものすごく神々しい光を放っているような気がする。直視できない。


「喜んでもらえて嬉しいんだけどね、僕らは人間との接触は禁止されてるんだ」


 優しい笑顔から困り眉になる少年。私はへえ、と無意識に相槌を打った。


 ——ん? 待てよ?


「に、『人間』って……? あなたは人間じゃないの?」

「うん、まあ……ね」


 彼はどこか答えづらそうに笑った。

 よく考えてみよう。そういえば、さっきの隕石の正体はこの人のようだし、さらに彼の背中には本物の、動く羽が生えている。

 確かに、人間でないと言える要素がいくつかあるような——


「————はっ‼︎」


 私は、今自分はとんでもない状況の下にいると理解した。


「ごごごごめんなさい! 許してください! 掃除洗濯なんでもやります! 命だけは! 命だけはお許しをぉ!」


 とっさに土下座した。

 いや、だってこういうのは「秘密を知ってしまったからには生かしておけねえ」っていう場面でしょう。知ってる。


「えっと……大丈夫だよ、記憶を消すだけだから」

「ほ、本当ですか!」


 顔を上げ、前を見たときには、彼が私となるべく目線の高さが同じになるようしゃがんでくれていた。

 何? すごい紳士じゃんこの人。


「うん、だからそんなに————ん?」


 突然彼の動きが止まった。

 や、やっぱり殺されるんじゃ……?


「ごめん、ちょっとじっとしてて」


 そう言うと、彼は私の両肩に手を置いた。

 次の瞬間、私の身体の奥から、何やら熱いものが湧き上がってくる感覚が。


「え? え、え、え?」


 その熱は徐々に身体全体へと広がる。それとは別に、背中にも強い熱を感じた。少し息が苦しくなるような、そんな熱さだ。

 生まれて初めての感覚により、目の前の、優しいと思っていた人にすら、恐怖を覚える。

 いやだ、まだ死にたくないぞ——!



 ——バサッ!



 突如、そんな音が自分の背後から聞こえた。

 風を動かす音、まるで大きな羽が動くような……


 ん? はて、羽の音?


 反射的に首を右に回して後ろを見た。そこにあったものを見た瞬間、私は体を跳ね上げることとなった。


「んな……」


 ——黒く大きな翼が、私の背中に生えていたのだ。


「なんじゃこりゃあああああああああああ⁉︎」

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