第47回

 変わった人だね、と槙奈は言った。そうだね、と私は答えた。

 私たち姉妹はふたりでの創作活動を始めていた。私が作った曲に槙奈が歌詞をつけ、歌う。いわゆる合作だったのだと思うが、当時の私にはそういう意識は皆無だった。アーティストに曲を提供するライターの心地でいた。

 雛菊の人形にインスピレーションを得たビジュアルの効果もあってか、槙奈の歌はそれなりに話題になった。ちょっとした音楽的評価、そしてファンを獲得するに至っていた彼女を、私は陰ながら誇らしく思ったものだ。そう思えた自分がまた誇らしかったのは言うまでもない。華々しい妹に嫉妬する私は、もういない。

 私たちは軌道に乗りはじめたプロジェクトに名前を付けた。

 エクリプス。

 月と太陽に関係する名前にしようと槙奈が言い、私がエクリプスという語を提案したのだった。

 紆余曲折あったが、エクリプスの活動は続いた。なかなかメンバーが定まらなかったけれど、ようやく長く付き合っていけそうな人を見つけた、とあるとき槙奈は私に報告してきた。ベーシストで、名は佐久間彰仁。彼の腕前をわがことのように語る槙奈は本当に嬉しそうで、このときがずっと続けばいいと、私は祈ったものだった。

 しかし現実には、そうはならなかった。

 誰が誰を狂わせたのか、犯人を捜すような真似はしたくない。結局のところ私たちは、揃いも揃って未熟で、愚かだった。そして身に余る「なにか」を背負いすぎていた。

 雛菊はしきりに、人形が作れないと繰り返すようになった。エクリプスが好調であることもまた、彼女にとってはプレッシャーだったのだと思う。人形が作れない、母さんのようには出来ないと、ただ譫言のように反復しては泣くのだった。泪を流すたびにやつれ、弱っていく彼女にかけるべき言葉を、私たち姉妹はふたりとも持っていなかった。

 槙奈は槙奈で、何度となく私に作曲を教わろうとしたが、まるで実にならなかった。いや、私のほうが、それでいい、自分だって槙奈のように歌えるわけではないのだし、と割り切っていたから、本気になって教えようとしていなかったのかもしれない。

 それでいい、と思っていたのは、私だけだった。ふたりで協力してふたりになろう、という誓いを、槙奈とて忘れたわけではなかっただろう。しかし技術や知識の豊富なメンバーたちと時間を過ごすたび、彼女は不安に襲われたに違いない。そして友であるはずの雛菊が、私たち姉妹を妬みはじめていることに、彼女もまた気づいていたのだ。

 一度目の悲劇は唐突に訪れた。

 出掛けると言った槙奈が、いつまでも戻らない。そして彼女にも、雛菊にも連絡が取れない。私は凄まじく悪い予感に襲われ、雛菊のアトリエへ直行したのだった。

 アトリエの内部は凄惨だった。乱雑に手足を、首を、引きちぎられたと思しい人形たちの残骸が、私を迎えたのだ。

 そして案の定、槙奈と雛菊はそこにいた。並んで机に突っ伏し、ぴくりとも動かない。倒れ伏したふたりの傍らには、黒い錠剤の入った瓶が置かれていた――。

 私は台所に走り、コップに水を汲んだ。とにかく大量の水を飲ませ、指を口のなかに突っ込んででも、薬を吐かせようと思ったのだ。

 ふたりのいる部屋に戻ってきて、私はコップを取り落とした。いつの間にか立ち上がっていた雛菊が、爛々たる眼でこちらを睨んでいたからだ。

「雛……菊?」

「邪魔立てをするな。私の主は今、新たな力を得られたのだ。人形の国の女王として君臨するに相応しい、魔法の力をな」

「なにを言ってるの? 雛菊、薬のせいで変になってるんだよ。正気に戻って!」

 雛菊は私の言葉をまるきり無視し、両手を広げて、

「わが主は人形を愛し、同時になによりも憎んでおられる。その心理が、私という存在を生み出したのだ。納得がいくまで毀すがいい。毀すことで愛を示すがいい。人形はみな、それに応えよう。主に毀されることを至上の喜びとしよう。そして毀された人形たちは、この私が直そう。それが新しい人形の国のあり方だ」

「あなたは誰なの? 雛菊をどうしようって言うの? お願いだから雛菊、水を飲んで。薬を吐かなきゃふたりとも死んじゃうんだよ!」

「私はヴィトリオール、人形修理者だ。代々の女王にお仕えする、忠実なるしもべだ」

 それだけ言うと、雛菊はばったりと倒れ、再び意識を失った。

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