第14回

 佳音はまだ帰っていない。

 部屋には鍵がかかっている。ノックへの応答はなく、扉に耳を押し当ててみても、まるで人の気配を感じなかった。いれば、すぐに起きてくるはずだ。

 捜しに出ようにも、私ひとりでは遭難してしまうに違いなく、二の足を踏んだ。約束通り私を人形館の私の部屋の前まで送り届けたあと、双子の片割れはすぐさまどこかに消えてしまった。「あんた、なにしに行ってたんだっけ?」と小首を傾げながら。

 私たちはここから出られないの、とポーリーは言っていた。幽霊と墓守は、生者の領域に踏み込むことができないのだと。「じゃあね」と彼女は墓守小屋のドアを閉ざした――。

 仕方なしにひとり、自分の部屋に戻った。ベッドに寝転んでもただ胸苦しく、私は寝つけなかった。パープルヘイズの言葉と、亡き祖父のことを想う。私が人形の国を救う? そんなこと、ありえっこない――。

 祖父に関する記憶は僅かだ。思い出そうとしても、雲を掴もうとして地面を飛び跳ねるようなもどかしさが胸の内に生じるばかりで、その事実が余計に私を混乱させた。物心がついてすぐに死んでしまった彼のことを、私はほとんどなにも知らない。彼もまた招待状を受け取ったのか。この国にひとりで来たのだろうか。それはいつのことなのか。寝返りを打ちながら、答えの出ない問いを反復する。

 この世界での見聞を、幽霊たちの物語と整合させんとしてみる。毀さないの、という人形の言葉。傷によってしか保たれない記憶と、人形の修理者。半分だけの月。

 枕元の手紙に手を伸ばす。仰向けになって、顔の前にかざした。

招待状の裏側に書きつけたことからして、送り主は人間だ。私たちと同じ招待客。グリフィン、翼ある幻獣を名乗るこのメッセージの発信者もまた、人形の国の呪いについてなにかを知っている――おそらく。

 薄闇のなかで、その不穏な文面が黒々と泛びあがってくる。

 取引に応じるな。

 ――カーテンの向こうが白みはじめるころ、私は微睡へと沈みはじめていた。このままでは一睡もできまいという覚悟に反して、意識には濃厚な靄がかかった。

それでも、頭の一部は作動したままだったらしい。私は音だけの夢を見ていた。実際に聞えていた音が、夢のなかにまで届いたと言うべきかもしれない。

 足音だった。佳音が帰ってきた、早く話をしなければ、と思うのだが、軀は重しを付けたように、するすると眠りに引き込まれていくばかり。

 なにかが違う、と私は気づく。異音が混じっているのだ。靴音のほかに、硬く、金属的な音が。

 

 ……はみ出した手足のうちの一本、右足だけ様子が異なっているのに気づいた。色がはっきりと白く、また足首の関節が■■に変わっているのだ。……

 

 佳音、どうしたの、と呼びかけようとするが、金縛りにあったように、まるで声を出すことができない。ただ単調なリズムだけが、いつまでも耳に纏わりついている。

 とっ、かちん、とっ、かちん、とっ、かちん……。

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