第10回
駅構内は人で――いや人形で、ごった返していた。やたら長い首の上に小さな頭部がぽつんと乗ったような、背が高くて手足の細い女性の人形が、腰のあたりまで伸びた豊かな髪をなびかせて歩いて行ったかと思えば、ほとんど二頭身に見える顔と、握り拳ほどに大きな目をした女の子の人形がよちよちとやってくる。頭と両手の位置から飛び出した五つの突起に、ぺたぺたと目鼻や髪の毛や靴がくっついた、小さい子の作るフェルト細工のような人形が、何人かして固まっているのが見える。ちょんちょんと最小限の点と線で目や口を表現しただけの、のっぺりした顔立ちの人形もいる。どこもかしこも人形だらけだ。
「人形の国ですから」とかしらを巡らせてラナークが言う。続いて彼は猫背になり、私たちに囁きかけるように、「ここであなた方の素性を洩らすと大変な騒ぎになりかねませんので、どうか素知らぬふりで私に着いてきてください」
「そんなに熱烈なの」と佳音が問い返す。
「もちろんです。特別な、人間のお客さまですから」
きょろきょろするのを我慢して、なるべく平然と見えるようラナークの後ろを歩いた。私のようにさして特徴のない顔であっても、さすがに人形と比べたら一目瞭然なのではないかと心配したが、すれ違う人形たちは気に留める様子もない。
蒼い月光が錯綜しつつ差し入って、ホームを明るく照らし出している。ちらりと上に視線をやると、半球状の天井それ自体が、ちょうどプラネタリウムのように天窓になっているのだった。ずいぶん高い位置にある梁の上を蠢いている影に眼を凝らせば、どうやって登ったのか、お揃いの服を着た小さな人形たちが歩いていく。
もう少し低いところには、ユーモラスな顔の描かれたバルーンのようなものが泛んでいて、しきりに瞬きしたり口をもぐもぐと動かしたりしている。その斜め下に立ち止まった少女の人形が手招くと、バルーンのひとつがするすると降下した。乗り換えの案内かなにかをしているようだ。人形が礼を言うように手を振って歩きだすと、バルーンはまた同じ高さまで戻った。
屑籠がばたん、ばたんと丸い蓋を開け閉めしながら、飛び跳ねるように私たちを追い越していく。蓋の内側にずらりと牙が並んでいるのが見えた。なんでもその場で噛み砕いて呑み込んでしまうらしく、ごみを投げ込まれるたびにばりばりと音を立てていた。
ラナークがエレベーターの箱の前で立ち止まり、ボタンを操作した。扉にはやはり、下弦の月の模様が描かれている。月が真っ二つに割れ、私たちはエレベーターに乗り込んだ。
ドアが開くと少し先に改札が見えたが、そこは通らずに係員のいる通路から出た。招待状が切符代わりになっているのかと思って取り出そうとすると、ラナークに手振りで制された。彼が一言二言、窓口から突き出した駅員の、からくり人形風の頭に声をかけるだけで事足りた。
売店や食堂の前を通り過ぎると、切符売り場の前に出た。機械で発券する形式ではなく、人形たちが売り子をしていた。張り渡されたロープのあいだでお客の人形が列を作っている。
角を曲がると空間が広がった。大きな階段。下の階の床から太い柱が突き出していて、それを囲むようにお店が並んでいた。人形たちが集まって、人だかりができている。
向かい側の壁にある、巨大な飾り硝子が眼に入った。ヴェールを頭からかぶった、どこか物憂げな女性の肖像が描きこまれている。俯きがちの視線、細い鼻梁、引き結ばれた唇。作風は宗教画のようだが、人形にも信仰はあるのだろうか。
ぼんやり眺めながら歩いていたものだから、注意が疎かになっていたのだろう。階段を上ってきた誰かにぶつかった。「あ、すみません」と反射的に発したが、相手はなにも答えなかった。ちらりと振り返っただけで、まっすぐに人混みのなかへと吸い込まれていく。
その黒尽くめの後姿が人形の濁流に呑み込まれ、完全に覆い隠されてしまっても、私はしばらく後ろに気を取られたままでいた。さっきの人――。
「失礼な奴」と佳音が吐き捨てるように言う。はたと我に返って視線を前に戻した。
気のせいだろうか。ほんの一瞬、すれ違いざまに眼にしたその顔が、人間のものだったように見えたのだ。
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