Take 2
二度目の召喚の準備も終わり、所定の位置につく。
「さて、いろいろあったが気を取り直して二度目の召喚を始める。では、ウルトよ頼むぞ」
「畏まりました」
いよいよウルトが詠唱を始め召喚が始まる。
「『我、神に祈らん。我らが祖国を魔の手から守るための力を、我の手に。異界の勇者を時空を越えて、我らの救世主をここに喚ばん。我らが信ずる神の名の下に』――勇者召喚」
その場が光で満たされる。
魔法陣のほうを見ると、一人の人影があった。
「おお! 今度こそ成功か! 」
勇者召喚が成功したと喜ぶ国王。
召喚された男が一言声を発する。
「はて、ここはどこなんじゃ? 」
「…………」
両者に沈黙が続く。
「「「「……爺さーーん!」」」」
そう、召喚されたのは勇者ではなく爺さん。どこにでもいるような優しそうな爺さんだった。
二度目の召喚にも失敗したウルトは冷や汗が止まらない。そして内心焦っていた。二度も人類の存命をかけた勇者召喚に失敗したのだ。国王からどんな罰を与えられるか。想像もできない。
しかし、そんなウルトを国王が慰めの言葉をかける。
「ウルトよ、怯えることはない。堂々としておれば失敗は怖くない。儂も数年前に国の大事な書類の金額を一桁間違えて、一週間で数百億の損害が出たが、堂々としておったら大して怒られんかった。それにこんな言葉がある。『人は失敗をして初めて成長する』という言葉がな。失敗したとしても時間が許す限り何度でもしようではないか」
国王が自分の失敗を犠牲にウルトに教える。所謂、自虐ネタというやつだろうか。
この時の国王はいつにも増して、凛々しかった。
「陛下……分かりました! その言葉を脳髄にしっかりと刻んでおきます! 」
「陛下、あの時は私も新人で厳しく言えませんでしたが、今ならハッキリと言えます。陛下! 何であんなミスをしたんですか! 後処理、大変だったんですよ! 私メイドでしたのに手伝わされて! 」
国王の自虐ネタを含んだ慰めは失敗だったかもしれない。
「すみません、それでお爺さん、住所と名前を伺っても? 」
「儂はアートルド王国ヴィルターエン領のガルゴス村に住んでおります、ユーシャ・ハゲトルンと申します。いやはやまさか、国王陛下とお会いできるとは」
「ユーシャ・ハゲトルンさんでしたか、今回はご迷惑をお掛けしました。こちらに座り少々お待ちください」
ミリナが椅子を用意して、座らせる。
「ハゲトルン? 髪の毛、ハゲとるん? 」
イリスがとんでもなく失礼なことを言う。まあ、実際に半分ほどハゲているのだが……
「おい! お前、人に向かってハゲっていうなよ! 失礼だぞっ! 」
「構いませんよ。村の人たちもそうやってからかってきますからなぁ」
ハゲトルンさんがいじられるのは日常茶飯事のようだ。村の人たちも親しみを込めて言っているのだろう。
国王とアレク、イリス、ウルト、ミリナが隅に集まる。
「今回も勇者ではないようじゃな」
「陛下は難聴ですか! 」
「んなっ、またそんなことをっ! 誰が難聴じゃ! 」
「あの爺さんも勇者ですよ! 」
「またか……で、どこが勇者なんじゃ」
「名前です。ユーシャですよ、勇者」
「む、本当じゃ。あのお爺さんこそが本物のゆう――」
「そんなわけないでしょ! 陛下、こんな奴に耳を貸すのは愚かな者がすることです。仮に力を持っていたとしても爺さんに戦わせるわけにはいかないでしょう」
「あ? 誰が愚か者だって? 喧嘩を売るのなら爆買いしてやろうじゃないですか! 」
陛下に正論を言いつつ、さりげなくイリスを馬鹿にするアレク。それに怒るイリスはアレクを吹き飛ばそうとするも、笑顔のウルトに止められる。というか止まってしまった。
「ウルトよ、お爺さんを、送還することは可能か? 」
「はい、召喚してから1日以内であれば可能です」
「うむ、そうか。なら送還するかの」
元の位置に戻り、爺さんに送還することを伝える。
「わかりました。お、そういえば儂の孫娘が魔法騎士団で働いてると聞いておるんですが、元気にしてますでしょうか? 」
「孫娘? おい、イリス知ってるか? 」
「ハ、ハゲトルンという名は、き、聞いたことない、です」
笑いながら答えるイリス。ハゲトルンという名がツボにはいったのかもしれない。
「お名前をお聞きしても? 」
「アルマ・ハゲトルンですな」
「アルマ? 副団長じゃねーか」
後ろで控えている魔法騎士団副団長アルマ・ハルトン――魔法と眼鏡をこよなく愛する、理論派の眼鏡っ娘清楚系魔法使い――を見る。
「ち、違いますよー。人違いじゃないですかー? 私はアルマ・ハルトンですよー?」
副団長はなにかを隠しているようだ。目がキョロキョロしている。しかし――
「おお! アルマ、久しぶりじゃのう。去年帰って来んかったから心配したぞ」
――すぐにバラされる。
副団長に詳しく話を聞くと、どうやらハゲトルンという苗字が恥ずかしいらしく、少し変えて魔法騎士団に入団したらしい。
「まあ、バレたら仕方ないですね」
副団長は諦めた。そして、祖父のところに行き――
「お爺ちゃんー、久しぶりー。ごめんね、去年は帰らなくて。魔法の研究だとか事務作業だとかで帰る暇なくってー。主に団長のせいで」
――寄り添い少し甘えた声で話す。
副団長はお爺ちゃんっ子なようだ。
「そうかそうか、元気ならそれで良い。毎月手紙のやり取りでもするか? 」
「手紙!? するする! あっ、私の妹も元気にしてる? 」
「ああ、つい先月、隣町の魔法学校に入学したぞ。姉であるお前を憧れてたんじゃろうな」
「そっか、魔法学校に……入学お祝いでもあげなきゃ。お爺ちゃん、今持ってくるから渡してくれる? 」
「ああ、もちろんじゃとも」
副団長は急いで自室にプレゼントを取りに行く。
「しかし、あの副団長があんなに変わるとは……驚きですね」
ウルトらはそれほど驚いてはいなかったが、魔法騎士団のみんなはざわついていた。
一応言っておくが、副団長は24歳だ。そんな大人がいつもの理知的な顔は何処へやら。
副団長が戻ってきた。
「お爺ちゃん、はいこれ。私作の魔法書と杖、
副団長がポンっと渡した書物やアイテムはどれも国宝級だ。盗難対策も含めると国宝級以上だ。さすが、魔法騎士団の中で密かに『国宝製造機』と呼ばれているだけある。
ちなみにイリスはというと『自称世界一(笑)』である。もし、二人にバレたらこっ酷く叱られるので陰口にとどめているが。
閑話休題。
荷物がかさばるかと思っていたが、全て
妹はさぞかし驚くだろう。
魔法書は一般的に羊皮紙を使っているが、これは紙だ。
しかも杖は、世界樹の枝から作られている。
それだけで庶民は喉から手が出るほど欲しいものだが、金貨まで入っている。金貨3枚といえば、一般人の収入よりはるかに多い金額――副団長からすればただのお小遣い程度――だ。田舎の人なら尚更だ。
そんなものが入っていて驚かない筈がない。
これらの価値はおよそ白金貨12枚――約1億2000万円――はくだらないだろう。
田舎出身だった副団長は金銭感覚がずれしまったのだ。
そんなことはさておいて、それらを渡された祖父は大事そうに抱える。
「それでは送還させますね」
「ええ、お願いします」
お爺さんを魔法陣の上に乗せ、ウルトは送還させるべく魔力を流し詠唱を唱え――
「それじゃ、またのアルマ。次はちゃんと帰ってくるんじゃよ? 」
「うん、分かった。お爺ちゃんも元気でね」
――お爺さんはアルマと言葉を交わした後、帰還された。
イリスがアルマの側に忍び寄る。
「アルマぁ、あなた、お爺ちゃんっ娘だったんですねぇ。いつもお淑やかなあなたが、ねぇ? 」
イリスのお家芸となりかけている『煽り』で副団長を煽っていじる。
イリスの煽りは、あのミリナでさえこめかみをピクピクさせる。まあ、煽りは相手の弱点や弱音があってこそなので、ミリナへの煽りは過去に一度しかないが。当時はいろいろと面倒なことになったのはいうまでもない。
「はぁ、また失敗じゃったな。ウルト、次もいけるか? 」
「はい、今回も一人でしたので大丈夫です。すみません」
「そうかなら次に移ろ――」
「うるせぇ! いつもいつも私を苦労させて、たまには自分から働いたらどうですか! あぁ!? 」
イリスの煽りが耐えられなくなった副団長がキレた。
副団長がキレたところなど今まで見たことも聞いたこともない。そのため副団長が怒ったところを想像するなどしたことがなかったために、イリスは体をビクビクビクッと震わせた。干上がった魚のようだ。
そして、イリスが自主的に正座をし、体を縮こまらせた。それはまるでライオンの前の兎のように。
国王たちはいきなりの怒声に驚きすぐさま振り返ると目に映ったのは、怒る副団長と正座をするイリス。ありえない光景だった。いつもの性格が反転してしまっている。実にありえない光景だった。天地がひっくり返るぐらいありえない光景だった。
「……はい、すみません。……もうしません。……ちゃんと働きます」
「本当ですか? 今までの分は働いてもらいますよ。もし、サボったら……どうなるか分かりますよね? 」
「ッッ! はい、心から理解しております。だからもう、やめてください」
イリスが折れて、泣く泣く働くことになった。
なにもイリスは仕事ができないわけではない。やらないだけだ。その気になれば魔法で効率化もできるだろう。しかし、今までの分となると徹夜しても何日かかるか分からない。ざっと、二年分。そんだけサボってきたのだ。その分の仕事を難なくこなしてきた副団長も副団長だが。
「そういえば……」
「「「「?? 」」」」
そう言い副団長は後ろにいる部下達を見る。まだ怒りは収まっていないようだ。
「あなたたち、私のこと裏で『国宝製造機』だとか言ってますよね」
「「「「ッッ!? 」」」」
部下達がビクビクビクッとした。陸に上がった魚よりもビクビクした。そして、一斉に正座をする。
「せめて言うなら私の聞こえないところで言って下さい。不快です」
壊れた機械のように首を上下に動かして頷いた。
「もし、これ以上言うようでしたら給金と休暇を減らしますよ? 場合によってはそれ以上も……」
また、壊れた機械のように首を上下に動かして頷いた。そして一斉に答えた。
「「「「了解しました、ボス!!!! 」」」」
「え、あのボスは私……」
イリスが弱々しく主張する。
「分かればよろしい」
魔法騎士団の真のボスは副団長になったようだ。
「陛下、すみません。ついカッとなってしまい」
「え、いや、か、構わんよ? それとちゃんと休めよ? 」
副団長は落ち着いたようだ。いきなりしおらしくなる。ギャップというやつだろうか。国王はつい動揺してしまう。
「あの! ボスは私なんですけど! 」
「表向きはそうだな! 」
イリスが再度、大声で主張するも、アレクにツッコまれてしまう。
「静かにせい! もう、次! 次いくぞ! 」
国王が強引に事を進める。が――
「陛下、もうじき夕方ですので次は明日がいいかと」
国王は気づいていなかったがミリナの指摘により気づく。もう少しで日が沈み始めるのを。
一度目の召喚を始めたのが昼過ぎ。いろいろとあってすでに五時間経っていたらしい。
「む、そ、そうか。なら明日にするか。うむ、そうしよう。ごほん……皆の者! 三度目の召喚は明日の十時ごろに行う。今日はゆっくりと休め! 解散! 」
国王の号令で徐々に騎士達が兵舎に戻っていく。
「私も先に失礼しますね。仕事がありますので」
イリスが死んだ魚のような目をして、トボトボと自室に向かう。
哀れだ。しかし自業自得なので同情はできない。
「ミリナ、後でイリスに夜食を持ってってやれ」
「了解しました」
夜食を持っていったときに寝ていなければ良いのだが……
それはともかく、勇者召喚を二度行い、二度失敗して、その日は終わった。
◇◇◇
イリスは働いていた。あらゆる書類に目を通して判子やらサインやら処分やらしていた。
「あー、面倒くさいっ! 仕方ありませんね、私の本気を出すとしましょう」
イリスは魔力を解放する。
次々に書類が舞い上がり、空中で停止する。
「真眼開眼!」
一度に何枚もの書類に目を通して、魔法でサインやら判子やらをしていく。
こうして、イリスの戦争は始まったばかりである。
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