Take 1
勇者召喚の準備が整った。
(よし、三日三晩考えに考えてつくったセリフもポーズも完璧じゃし、大丈夫なはずじゃ。ふぅ、緊張するな )
「皆の者! 準備は良いな! いよいよ、勇者召喚を行う。くれぐれも失礼のないようにな! 」
「「「「はい! 」」」」
「では、ウルトよ。早速始めてくれ」
「畏まりました」
召喚術師ウルトが魔法陣に大量の魔力を注ぎ、神代から伝わる魔法言語で詠唱を始める。
ちなみに魔力は全国民から少しずつ徴収し、かんりの量が溜まっている。
「『我、神に祈らん。我らが祖国を魔の手から守るための力を、我の手に。異界の勇者を時空を越えて、我らの救世主をここに喚ばん。我らが信ずる神の名の下に』――勇者召喚」
詠唱が終わった。
直後、召喚の間の床に描かれた魔法陣が、神々しく光り輝く。
激しく輝いていた光が収まる。
「勇者殿、ようこそおいでくださった。どうか我らに勇者殿の力を貸していただ……け……ない……だろう……か? 」
三日三晩考えてつくったセリフを跪き頭を下げて言う。そして顔を上げて勇者の姿を見てみると、国王達は首を傾げた。そこには喚ばれたはずの勇者の姿が見えないのだ。
目を見張って魔法陣付近をよく見てみると、真ん中に人はいた。しかし――
「「「「……赤ちゃん? 」」」」
――そう、赤ちゃんがいたのだ。
幻覚でもなんでもなく、赤ちゃんが一人籠の中に入っていたのだ。
勇者ではなかった。大人どころか子供ですらなかった。どうしたものかと、皆は国王を見た。国王はウルトを見た。それにつられ皆もウルトを見た。
大勢の人に注目されることに慣れていないウルトは、困惑した。
「イ、イリス殿、赤子のステータスを表示してくれないだろうか? 」
とりあえず、ステータスを確認することにした。もしかしたら、勇者の卵かもしれない。
「さあ、我に汝の力の真髄を見せるが良い。『鑑定』――ステータスオープン」
イリスの厨二病が影響して、つける必要のない詠唱があったがステータスを見てみる。
まず、目に入ったのは、黒と赤を基調とした無駄に凝ってあり、カッコいい装飾がされたステータスプレートで――
「どうです? カッコいいでしょう? 大きくアレンジしてみました! 」
「アレンジしてみました、じゃねぇよ! すぐに消せ! 」
「あいたっ!? 」
普通は人のステータスプレートは何一ついじることができないはずなのだが、さすがは自称世界一の魔法使いといったところか。
厨二病さえ発症していなければ、誰からも認められていたと思うが……
イリスは仕方なく、本当に仕方なくカッコいいステータスプレートを通常の質素なデザインに戻す。
ちらっと国王を見て許可をもらおうとしているが、国王はあえてスルーする。
そして、ステータスに注目すると――
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
ユウ・シャンテリゼ・マーテンダー
男 0歳 人族
生命力 540
体力 4
魔力 3
筋力 2
スキル なし
称号 なし
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「うむ、普通。勇者ではないようじゃの」
「陛下の目は節穴ですかっ! 彼は勇者ですよ! 」
「お前、節穴って……で、どこが勇者だと言うのだ」
「名前がユウ・シャンテリゼなので繋げるとユウシャになります! あいたっ! 」
「確かにそうだが、ふざけてんじゃねぇよ! 」
「ユウシャ……確かにその赤子は勇者……」
「陛下、おふざけは程々に! 」
「いたっ! ミリナ、お主また儂を叩いたな!? 儂、国王なんじゃが!? 儂、この国で一番偉いんじゃぞ!?いったい、お主はどういう神経をして――いたっ!? 」
「陛下、先程からうるさいです! 赤子が泣いてしまいます! 」
相変わらず、四人は通常運行だった。
少しして、四人ははっとしてすぐさま後ろに振り向いた。
ウルトが笑っていた。いや、笑っているのに目は笑ってはいなかった。
「おっほん! さて、この赤子どうする? 」
「おそらく捨て子だと思いますが……私達で保護いたしますか? 」
「うむ、捨て子なら儂らで保護する。しかし、本当に捨て子か? 家にいたのではないか? 」
「その可能性もありますね。イリス様は何か分かりますか? 」
「ふっふっふっ、皆さんは私を誰だと思っているのです? 世界一の魔法使いですよ? その赤子に起こったことを過去映像で見るなど、朝飯前です」
その場にいる者はイリスを頼れる存在だと認識した――いや、してしまった。
「ふっ、決まった」
イリスの最後のセリフで皆は、先ほどの気持ちは幻覚だと改める。
「では、過去映像つけますよ」
「ああ頼む。召喚される15分くらい前から始めてくれ」
「分かりました。では始めます。『さあ、汝の出来事を我に見せたまえ』――過去映像。ポチポチポチっと」
イリスは詠唱を言い、魔法ではなく魔道具を起動して少し操作する。
「魔道具かい! 魔法かと思ったわ! 」
「こっちのほうが魔力が少なくて済むんですよ。節約って言葉、知ってますかー? それに時代は省エネです」
「う、うぜぇ」
イリスの挑発にアレクはこめかみをピクピクさせる。
「それだったら誰でも出来るじゃねーか」
「ふっ、馬鹿ですねぇ。これ、一度起動させるのに魔力、少なくても数万は消費しますよ。凡人の魔力しかないなら、つけた途端に死にますよ? というか、つきません。つまりっ、これは私にしか使えません、残念でしたー」
その間に過去映像投射装置が作動し、空中に映像が映し出される。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「すまない、ユウ。こうするしか……お前は……助からないんだ。すまない。本当に……許してくれ。」
「ごめんなさい、ユウ。もう少し、あなたの母親に……なりたかったわ」
瀕死の重傷を負った赤子の両親だろう人が、地面を這いつくばって、赤子に話しかける。二人はもうすぐ死んでしまうだろう。
「おい! いたぞ! ここだ! 殺せー! 」
「もう……来たのね。このままじゃ、ユウが……」
「エレサ、お前はユウを連れて……出来るだけ遠くに……逃げて……くれ。」
「あなたっ、それなら私も残って……」
「だめだ。そしたらユウは……誰が守る? 俺は数年前に冒険者を引退したばっかだ。まだ、腕は……鈍っちゃいないさ。」
「あなたっ、ごめんなさい」
「ああ、エレサ、俺は先に……逝ってくる。出来るだけ遠くに……」
父親はそういい体に鞭を打ち、追っ手に立ち向かう。
「くそっ、ちょこまかと小賢しいっ。さっさと死ね! この異教徒がっ! 」
「ふっ、俺はまだ死ねないな」
赤子の父親と立ち向かっているのはなんと、国境警備隊の王国騎士だった。
そうして、父親は素手で騎士数人相手と戦いを始める。
父親は冒険者時代は相当の実力だったのだろう。騎士相手に数分も、しかも複数人相手にして、持ち堪えていたのだ。
しかし、数の差と武器の差はどうしようも出来ず、背後から剣で切られ殺されてしまう。
「くっ、先に逝ってるよ、エレサ。すまない」
しかし、大分時間を稼げたためか、死に際の顔は、笑顔だった。
一方母親は、森の中から街道があるひらけた場所に移動することができていた。
しかし、彼女はすでに限界だったのだろう。赤子の入った籠を地面に下ろして、横たわる。
「あなた、私ももう少しでそちらに……」
と、その時、籠に魔法陣が現れる。
よく見ると勇者召喚の魔法陣だった。
「誰か知らないけれど……どうかユウを……頼みます。ハリス様、どうか私たちのユウに幸せあれ」
母親はそう言って息を引き取った。
同時に赤子は召喚された。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
過去映像が静かに空中に霧散されて消える。
一部を除いて全員が号泣して鼻をすすっていた。
「おい、アレク。母親が最後に言った人の名は、ハリス教の神の名じゃな。」
「はい、そうでございます陛下」
「騎士が異教徒と言っておったが……」
「おそらくどこかに隠れて住んでいたのでしょうが、それが騎士達にバレてしまったかと。騎士の中にはいい奴も居るのですが、一部異教徒に対する差別が酷いようで……数ヶ月ほど前にそういう奴らは解雇させたのですが……あいつらはすぐに捕まえますので」
「ああ、分かった。では、この赤子は王国が責任を持って育てよう」
「おい! 誰か直ぐに、さっきのやつらを王城に召集して捕まえろ。いいな? 」
アレクの指示により騎士二人が退出する。
「ふむ、赤子か。儂の養子にでも……」
「陛下、それは無理です。妻すらいないのに養子を。ふっ、ご冗談を」
「むっ、今馬鹿にしたじゃろ!? 第一お主もまだ結婚しておらんじゃろう」
「陛下、結婚適齢期って、知ってますか? 私はまだ20ですよ? 」
「くっ……」
「そんなことより、赤子はしばらくはメイド達で世話をいたしますので」
「お前、そんなことって……儂にとっては大事な――」
「誰か! 赤子を連れて行って、世話をしてください。勇者召喚が終わりましたら、私も様子を見に行きますので」
ミリナがそう言うと、数人のメイドが赤子を連れて退出する。
「ん? イリス、静かだがどうした? 」
いつもならもう少し騒がしいはずのイリスが、静かなのだ。気にもするだろう。
「アレク、さっきの人見覚えありますか? 」
「多分だが、元Aランク冒険者で隣の国では有名で、知らない冒険者はいないって言われてる奴じゃないか? エデル・マーテンダーだったか? ん? マーテンダー? まさか……」
「兄さん!? 陛下! !少し外出許可を! 蘇生して連れてきます! 」
そう言うと否や、窓から飛び出し、全魔力を使う勢いで飛行して、その速度は音速に到達する。最高速度はマッハ10に到達し、王都より860キロメートルほど離れた国境に向かう。
「えっ、あっ、ちょっ。まあ、いいか。それにしても、まさか身内だったとは」
イリスが飛び出してから、約8分後にイリスは二人を抱えて戻ってきた。片道4分だ。
「『
世界でも片手で数えるほどしか使える者が限られている、蘇生魔法をいともたやすく使用するイリス。
蘇生が終了し、二人は目覚めるも、この状況を把握できていない。そして、うまく今の状況を把握できたところで――
「くそっ、なんでここにあいつらが!? 」
「兄さん! 」
イリスは兄であるエデルに抱きつく。
「イリス!? なんでここに? 」
とりあえず二人に今の状況を説明し、深く謝罪する。そして、保護していた赤子も返す。
「そうか、まあ妻もユウも無事ならいいか。そうだろ? エレサ」
「ええ、あなたとユウが無事ならそれでいいわ」
「感謝する。礼といってはなんだが慰謝料と新居と当分の生活費は国から出そう。それでどこに住みたいか要望はあるか? 出来る限り聞こう」
「ない、な。今まで住んでた村も戻れそうにないしな……ハリス教徒でも受け入れてくれる場所がいいんだが」
「それなら、王都に近いハイムはどうだろうか。あそこは宗教差別もない。それどころか別々の宗教の教会も隣同士なほどだ」
「ええ、ならそこでお願いします」
着々と話が進み、新居の話が決まる。
話が終わったところでアレクが気になっていたことを聞く。
「そういえば、イリス、お前自分の兄だと気づくのが遅かったが、なんでだ? 自分の兄だろ? それとシャンテリゼって」
「ここ数年会ってなくて……魔法の研究ばかりしてて、兄のことなど忘れかけてました。それとシャンテリゼは長くて面倒なので……消しました」
「俺のこと忘れてたのか!? イリス。お前が小さい頃はよく俺に「お兄ちゃんと結婚する! 」って言ってくれてたのにな……兄より魔法が好きになって……」
「!? いつの話ですか! そんなこと言った覚えはありませんよ! 」
「いつって、お前が15の時だろ。王国で働いた頃から兄離れして……」
「くっ。恥ずかしいので、この話は終わりです! ほら、さっさと出て行ってください。そして幸せになってください」
「なあイリス、それなんていうか知ってるか? 照れ隠しって言うんだぜ」
「うるせえっですっ! 私の魔法の餌食にでもしてやろうか! 」
また二人のコント――もとい言い争いが勃発する。が――
「おっほん。さてエデル殿、エレサ殿色々と迷惑をかけて申し訳ない。また何かあったら、気にせず相談してくれ」
「ええ、分かりました。それとイリスのこと、迷惑掛けてますがよろしく頼みます」
――国王がそれを阻止する。
そうして、エデル一家は使用人と共に物件を探しにいく。
「そういえばあの夫婦、ハリス教じゃよな。ということはお前もか? 」
国王がイリスに問う。
「違いますよ。たしかに私は隣国で生まれましたが、神より魔法ですので」
「お、おぉ、そうか。神より魔法って、どんだけ好きなんだよ」
この世界の住人はどこかしらの宗教に入って、神に祈りを捧げるのが一般的だ。しかし、ごく一部だが神を信じない、あるいは別のものを信じているものもいるのだ。
イリスのような魔法を神のように崇めるのは、とても珍しい。
「そういえばウルトよ。先程の召喚で相当の魔力を消費しただろう? 次の召喚はいつできるんじゃ? というか可能か?」
「はい、そのことなんですが想定していたよりも人数が少なく赤子だったため、魔力はそれほど消費しておりません。ですので、今すぐにでもできます」
「そうか、今すぐか。では早速始め――えっ? 今すぐ? 」
「はい、今すぐでございます」
「マジかよ……まあ良いか。では早速始め――」
「陛下ぁ、今日はもう終わりましょう? 疲れました。そして眠いです」
こめかみをピクピクさせて、込み上がる怒りを必死に抑える国王。
「せめて休憩しましょうよぉ。ねえ、へい――っ! ああっ! いったい! マジで痛い! 」
「疲れてるのお前だけだろ! もっと姿勢良くしろよ! 」
「まあ、魔法で癒せるんですけどねぇ。『
「癒せるならわざわざ言うなよ。喧嘩売ってんのか? あ? どんだけでも買ってやる」
「アレク、一人で何言ってるんですか? 耳に響くんでもう少し静かにしてください」
「お前のために言ってんだよ。お前、人を煽るのだけは世界一だよ」
「むっ、褒められた気がしない! 」
「そりゃ、褒めてねぇからな」
「あ? 」
「あ? 」
「「あ? 」」
「ふっ、やってやろうじゃ――」
「はい! もう次! 次いこう! 次ー!」
国王の号令でアレクとイリス以外の者達は、二回目の召喚の準備をする。
(今度は上手くいくといいんじゃが)
国王は次の召喚について心配しつつ、準備を見守っていた。
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