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始まった最終五本目は、美馬が完璧に試合を支配。これまでの佳乃の成長など何も問題にしないとばかりに、まるで何もさせない。
美馬は、その気になれば簡単に試合を終わらせることができる。それ程までに二人の実力差は天と地ほどもかけ離れていた。
にも関わらず、美馬は佳乃の心を完全に折って屈服させようとしているのか、敢えてフォールを狙わず、痛みに堪えられるギリギリの強さで関節技を繰り出し佳乃を痛めつける。
佳乃はただひたすら痛みに耐えるばかり。まるで勝ち目の見えない中で、必死に縋りつこうとしていた。
関節技を決められた場合、逃れる方法の一つにロープエスケイプがある。技をかけられている選手がロープを掴めば、技をかけている方は放さなくてはならない。
脚への関節技を決められた佳乃は、匍匐前進の要領で身体を引きずり、何とかロープを掴んで負けを逃れる。
「終わらせる」
立ち上がった美馬は、これで終わりとばかりに佳乃をロープから引きはがそうとしたが、次の瞬間、誰もが予想だにしなかった光景が繰り広げられる。
倒れ込んだ状態で腕を引っ張られた佳乃はその場で飛び上がると、美馬の腕に両脚から飛びつく。両脚で美馬の右腕を挟んだ体勢で回転すると、そのまま美馬をマットに倒し、腕ひしぎ逆十字を決めてみせた。
「飛びつき式逆十字!?」
武美が驚嘆する。プロの、それも一流選手が見せるような見事なカウンター技に、その場にいた全員が驚く。そして、技が決まった瞬間に美馬は相手の身体を叩く「タップ」でギブアップの意志を伝える。
もし無理に堪えれば腕の靭帯を痛めてしまうか、下手をすれば骨折の可能性もある。それ程までに危険な技だ。
それをプロレスや格闘技の経験の全くない素人が繰り出したという事実を、誰もが受け入れらずにいた。
それはタップを奪われた美馬は勿論、技を決めた佳乃でさえ。
「しょ……勝者。神崎佳乃」
甲高いゴングの音が鳴り響いた後、レフェリーとしての仕事で勝者の名前を呼び上げた羽衣翔も、心の中では目の前で起こったことを信じられないままでいた。
「へ? アタシが……勝ったの? なんで……?」
自分の両手を見ながら、佳乃は自分が何をやったのかさえわからない状態。
美馬は腕を押さえたまま唇を噛み締めると、無言のままマットを転がってリングを降りる。レスラーたちやスタッフ、羽衣翔ですら、誰一人声をかけることができない。美馬はリング上の佳乃を睨みつけると一人道場から去っていく。
羽衣翔は呆然としながら、未だ美馬が負けたことを受け入れられないでいた。それと同時に佳乃の秘めたポテンシャル、可能性に驚愕する。
そんな光景をリングサイドで眺めながら、二反田は一人ニヤリと笑うのだった。
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