「本日はお疲れ様でした。審査結果は後日郵送でお知らせします」


 進行役スタッフが締めの言葉を告げると、受験者たちは一斉に「ありがとうございました」と頭を下げる。


「(何やってんだ! アタシ、何やってんの!)」


 佳乃は頭を上げるや否や、心の中で盛大に後悔の言葉を撒き散らしながら、一目散に更衣室に向かって駆け出すが、


「おい、テメェ! ちょっと待ちやがれ!」

 ドスの効いた怒声と共に激しく肩を掴まれる。

「痛った! 何!?」


 振り返るとそこに立っているのは、入門テスト中やたらと佳乃のことを意識してきた女性。赤い髪をポニーテイルに纏め、端正な顔立ちで鋭く尖った瞳は佳乃への敵意を隠そうともしない。佳乃より少し背が高く、健康的に日焼けした肌、白いタンクトップから覗く豊満な胸の谷間を、まるで見せつけるかのように胸を張っている。


 周りのスタッフを始め、受験者たちも「何事か」とどよめく。 

 一秒でも早くここを立ち去りたいというのに、またもや衆目に晒される状況。それを作り出した目の前の相手に、ありったけの不機嫌をぶつけるように佳乃は言う。


「えっと……何? アタシもう帰りたいんだけど」

 しかし赤髪の女性は怯むどころか、更に怒りを募らせて口を開く。


「おい……テメェ。何ださっきのは? ナメてんのか!? ここはプロレスの道場だ!俺たちは戦う覚悟でここにきたんだ。あんなバカげた歌でチャラチャラしてぇんなら余所でやれ!」

「なっ!」

 赤髪女の暴言に佳乃の感情が振り切れる。


「詩織さんをバカにすんな! アタシのことは悪く言ってもWink Link Dollsと佐倉詩織さんをバカにするのは許さない! アンタ、何様のつもり!? アンタに詩織さんの何がわかるっていうの? ウィンドルの良さもわからないなんて、可哀想な女! バーカ、バーカ!」

「はぁ!?」


 佳乃にとっては自分を批判されたことより、自分の敬愛するアイドルをバカにされたことの方が許せなかった。

 まるで小学生のような佳乃にキレ方に、赤髪女は呆気に取られつつも、「バーカ」という単純な文句に大人げなく憤慨する。


「誰がバカだこのクソビッチ! ウィン……ドル? なんか知らねぇし、そんなことどうでもいいんだよ! 俺が言いたいのは……」

「どうでもよくない! ってか誰がビッチだ! この赤髪女! アンタの方がビッチでしょ!? 何、そのいやらしい恰好? 露出狂か!?」

「ろっ……!? テメェ、黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって。それに誰が赤髪女だ。俺には大垣内(おおがいと)武美っていう立派な名前があるんだ」

「アンタの名前なんてどうでもいい! ってか何? 『俺』って。ぷっぷー。今時『俺っ娘』なんてダッサ! 流行んないわよ!」

「んだと!? やんのか!? ぶちのめしてやる!」


「――いい加減にしろ!!」


 互いに掴みかからんばかりになっていた二人に、雷鳴のような大声が轟く。

 二人が振り返ると、そこには竹刀を持った大柄の女性。百戦錬磨の名女子プロレスラー羽衣翔未雷が、燃え上がる炎を纏っているかのような怒りの形相で二人を睨みつけていた。

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