第9話 救出
龍造がこの街を訪れるのは久しぶりだ。
神父様の葬儀以来か。
ソフィアと出会ったのもこの街だった。
助けを求める”声”の発信者を探してきた街だった。
あの時の”声”はソフィアでは無かったのかもしれない。
ソフィアだったのかもしれない。
まだ若かった龍造が美しいソフィアと出会い、その人柄に惹かれたのは致し方無いだろう。
しかしそれで”声”を聞き逃したかもしれない事は否めない。
あの時アンナに気づいていたらアンナが長年心を閉ざす事は無かっただろう。
その事でアンナに対し龍造は負い目を自覚していた。
ソフィアとの出会いを後悔しているわけでは決して無い。
アンナを見捨てたつもりも無い。
強いて理由を挙げれば若かった。その一言で表すしか無いだろう。
ソフィアの死の間際、再び”声”が聞こえた時の龍造の心は推して知るべきだろう。
その事が龍造の心に未だしこりとなって残っていた。
「ああ、懐かしい空気だ。」
振り返るとそこにソフィアが笑顔で立っているような気持ちになる。
首を左右に振り、気持ちを切り替えて施設に向かう。
施設に近づくにつれ、モードが切り替わる。
もう頭の中にソフィアの幻影はいない。
お役目を果たす事しか無い。
お役目を果たす時、一族の者は能力のリミッターを外す。
言い換えれば普段は能力の一部しか解放していない。
それでもこれまで一族の者が出会った能力者と比較してもトップクラスだ。
今、リミッターを解除した龍造達は”無敵”と言って良いだろう。
それ故、初めてリミッターを解除した龍造にかかる負担は大きい。
龍元曰く、【慣れればなんてことは無い】らしいが。
まず施設を中にいる人物も含め、全てスキャンする。
アンナの位置は確認できた。
そこに行くルートも。
まず能力者を全てブロックする。
施設の保安要員の意識を止める。
監視カメラ等の機器の回路を焼く。
当然保安装置も同様に故障させる。
アンナ以外の施設内の全ての人物の意識を止める。
アンナが異変に気づいた様だ。
(アンナ、今から行くよ)
(え、何?)
(・‥君を助け出しに来た)
アンナがいるところまでの扉の鍵を全て解除する。
アンナのいる部屋の扉をノックする。
(入るよ)
そう言うと返事を待たずに扉を開ける。
夢でも見ているかのように龍造を見つめるアンナ。
すぐ我に返り、
「だめ。私、あなたについて行く事は出来ない」
「・‥君はここに居てはいけない。僕と一緒にここを出て行かなければだめだ」
「出来ない!」
「どうして」
「私がこれまで施設でされてきた事を見せてあげる」
そう言うとアンナは龍造にこれまでの事を全て見せる。
そのおぞましさに驚愕する龍造。
「判ったでしょ。こんな私があなたについて行くなんて、出来ない」
アンナが過去を隠したがった理由だろう。
言葉が出ない龍造。
すると龍造の周りに光の輪が出来る。
それがアンナの中に入ってゆく。
「あなた、ソフィアさん?・‥」
アンナの瞳から涙がとめどなく流れる。
「ありがとう、ソフィアさん。そしてごめんなさい。私、龍造について行きます」
龍造はソフィアが微笑みかけるビジョンをはっきりと見た気がした。
龍造に抱きつくアンナ。
龍造も強くアンナを抱きしめる。
「少しだけ待ってくれるかい」
「施設にいる人を逃がすのね」
「ああ、その後君や他の能力者についての記憶、そして能力者達の能力を制御する記憶と能力そのものの記憶を消す。施設に関する全ての記憶を消す」
数十分経っただろうか、
「皆、外に逃げたみたい」
「そうだね、ちょっとだけ君の意識を止めるよ」
そう言うと、アンナの先ほどの過去を再生する。
怒りを薄められた一族であったが、それでもアンナの過去を知った龍造の怒りが能力の発動を爆発させる。
施設のほとんどが粉々になり、砂で出来た城が波に消されるように崩れてゆく。
光に包まれた龍造とアンナが施設のあった場所から離れてゆく。
「アンナ、僕達の家族になってくれないか。・‥僕の妻になってくれ」
「私の過去を見たでしょ。こんな私で良いの?」
「当然だ、君は決して汚れてなんか、いない。お願いだ、僕の妻になってくれ」
大粒の涙を流しながら頷くアンナ。
アンナを強く抱きしめ、キスをする龍造。
「長い事、待たせてごめん。これからはずっと一緒に暮らそう」
今度はアンナが龍造に抱きつきキスをする。
疲れたように膝をつく龍造。
「大丈夫?」
「初めて力を解放したからね、少し疲れた」
アンナに支えられながら家路につく二人だった。
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