第7話 通信

 ここはアンナが収容されている施設である。

「おい、例のお人形さん。最近時々微笑むようになったらしいぜ」

「本当か?信じられん。俺が検査の時に胸を触っても無反応だった」

「俺はキスしようとしたらあの冷たい目を向けられた。ぞっとしたぜ」

「昔はどうだったか知らんが、今は感情の持たないただ生きているだけの人形」

「決まったルーティンをただこなすだけの人形。皆そう思っている。多分本人も」

自分の置かれたおぞましい状況に心を閉じたアンナは生きた人形になっていた。

喜怒哀楽は消え、表情も無くなっていた。

ただ心だけはあの頃からずっと涙を流し続けている。

数週間ほど前の事だ。

ある夜、アンナを呼ぶ声が聞こえた。

それも頭の中に。

無表情のまま、その声に反応した。

ただ反応しただけだ。

しかしその声は執拗に呼びかけてくる。

仕方ないなという感じで繋ぐ。

(君は誰、どこにいるんだい)

(私はアンナ。生きた人形)

(人形が助けを求めたりしない。君は人なんだよ)

(私はもはや人では無い。ただのマテリアルだ。実験モルモットなのだ)

(モルモットは絶望なんか感じない。君が人である証しだ)

(私が生かされている意味を知っているか?それこそ私が人で無い証しだ)

(生きていることは認識出来ているんだね。なら大丈夫)

(大丈夫?どこが大丈夫なの?何も知らないくせに、適当なことを言わないで)

(それなら教えてくれないか、君のことをもっと)

(何故知りたいの?)

(君を助けたいから)

(私を助ける?無理ね)

(無理じゃないさ)

(適当なことは言わないでって、さっきも言ったわよね)

(あれ、怒った)

(怒ってなんかいないわ)

(じゃあ顔を見せて)

(どうやって)

(鏡か何か、反射する物があれば君の目を通して見ることが出来る)

(見てどうするの)

(表情が判る。それで怒っているか、いないか判断出来るだろ)

(そういうこと、良いわ。どうぞ、見える?)

(ああ、見える)

(どう?)

(君は綺麗だ)

(はあ、何言っているの?)

(君の感情が見える。人である証拠がね)

(付き合いきれないわ)

(今日はここまで、後は明日のお楽しみ)

「変な人」

アンナははっとする。

声を出すのは何年ぶりだろう。

久しぶりに聞いた自分の声は、もう少女のそれでは無く、大人の女性の声だった。

「私、成長しているのだわ。そんな事も忘れていた」

照れ笑いとも苦笑いとも取れる笑みをする。

顔の筋肉は忘れているようだが心は覚えていたようだ。

(私は人であっても良いんだ)

そう思えるアンナだった。


アンナの心をなんとか開きたい龍造。

手応えはあった。

完全には心を閉じていないようだ。

感情が少し顔を出していた。

彼女の置かれた状況が心を閉ざすよう仕向けていることは判った。

アンナと繋げて判ったことは、アンナは物体干渉系というより、精神感応系だということ。

そしてその事を隠しているということ。

それは施設に収容された彼女の防衛本能がそうさせたようだった。

それが結果として彼女の心を閉ざす事につながってしまったようだ。

施設の者は皆、アンナが物体干渉系だと思い込んでいる様だ。

その事を気づかれないようにもしなければならない。

時間をかけ、ゆっくりと慎重に心を開くよう導かなければ。


翌日の夜、再びアンナに呼びかける。

(今日は何)

(うん、今日は僕の国のことを話そう)

(あなたの国?)

(そう。僕は日本という国で暮らしている)

(私には関係無いわ)

(良いから聞いてくれる?)

(・‥。)

(日本にはね、いろんな神様がいるんだよ。八百万の神って言葉もある位さ)

(ヤオヨロズ?何それ)

(たくさんていう意味さ、大体ね)

(どんな神様がいるの?)

(天照大神とか月読とかイザナミ、イザナミって言っても良く判らないよね。つまり、太陽も神様、月も神様、人を作った神様夫婦。火にも神様がいて、水にも、風にもいるんだ。この世のあらゆるものに神様がいるんだ)

(大変ね、誰を拝んだら良いか判らないじゃ無い)

(頂点の神様は太陽である天照大神とよく言われるけど、その地域に土地神様がいてね、普段はその土地神様を拝むことが多い)

(私には神様はいないわ)

(それなら、日本に来れば良い)

(どういう意味?)

(言ったろ、日本にはたくさん神様がいるんだ。きっと君を守ってくれる神様もいるよ)

(フフ、そうかもね)

顔は無表情のままだが、心はほぐれているようだ。

(約束する。僕が必ず君をそこから助け出し、日本に連れて来る)

(ありがとう、期待しないで待っているわ)

(日本に来ても大丈夫なように、今日から色々教えるよ)

(暇つぶしには良いかも)

(そのうち僕自身の事も話す)

(それが先でも良いわよ)

(判った。僕の家族は皆能力者なんだ)

(かわいそうに)

(どうして?)

(私の周りにいる能力者は皆不幸よ)

(僕の家族は皆、幸せだよ。君は勘違いをしている)

(?)

(いいかい。この力を正しく理解し、正しく使えば皆を幸せに出来る。自分自身も幸せになれるんだ)

(手を触れずに物を動かしたり破壊したり、人の心を読めたりするだけじゃ無いの。それが幸せな事?)

(それが勘違いなんだ。正しく理解していないし、正しく使っていない。これからそれを君に話していこう)

(?判らないわ?)

(今は判らなくいても、そのうち判るさ)

それから毎夜、アンナと龍造は通信をする。

龍造は能力の事だけでは無く、いろいろな事をアンナに学習させてゆく。

アンナの心が徐々に開いてゆく。

それに伴い感情も徐々に取り戻すアンナだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る