第6話 日本にて

 ソフィアが守家に嫁いできて3年が経つ。

ソフィアは思いのほか知能も高く、すぐに日本語と日本の文化を覚えた。

守家の道場で能力の訓練も毎日続け、かなりのレベルに達していた。

龍造の父、龍元もソフィアを気に入っていた。

早く孫の顔を見せろと催促するほどだ。

ソフィアを育ててくれた神父様は1年前に他界していた。

ソフィアの次に年長だったアレクセイが後を継ぎ、新しく若き神父となった。

龍造とソフィアはもちろん葬儀に参列した。

教会で暮らす皆の元気な顔を見ることで安心できた。

教会のその後はと言うと、教会に寄付し礼拝堂で祈りを捧げた者の中から事業で大成功を収める者が数人出た。

その噂が広がり教会に寄付をする者は増える一方だった。

身寄りの無い子供達の生活する施設も大きく建て直され、今ではその規模も大きくなり、畑や家畜も増え、自給自足出来るまでとなっていた。

ソフィアは安心し日本に戻ることが出来た。

そんなある朝。

「龍造、話があるの」

「何かあったのかい?」

「大変な事が」

「え、一体何があった。僕に出来ることは何かあるかい」

「喜んでくれたら嬉しい」

「え」

「赤ちゃんがね、出来たみたいなの」

「・‥本当?」

「うん」

「やった!ありがとう、ソフィア。ありがとう」

思わず強く抱きしめる龍造。

「あ、ごめん。おなかの子、大丈夫だったかな」

「大丈夫よ」

そう言って今度はソフィアが龍造に抱きつく。

「そうだ、準備をしなきゃ」

「まだ早いわよ」

「そうじゃなく、もしおなかの子が男の子なら、君も準備が必要だって事さ」

「どういう事?」

「女の子なら問題ないんだが、男の子の場合能力を持っている可能性が高い」

「それは聞いていたから知っているわ」

「胎児は力をコントロールしない。妊娠時能力を発動することがある。その時は君がそれを抑えなければ君の命に関わる」

「知っていたわ。でも、私はあなたの子が欲しい」

「ありがとう。でも僕は君を死なせたくない。万が一の時は君を選ぶ」

「だめ、その時はこの子を」

「ソフィア」

「大丈夫、覚悟は出来ているわ。早速そのための訓練をお願い」

「判った」


それから半年が過ぎただろうか、龍造にまたあの声が聞こえるようになった。

あの、助けを呼ぶ声が。

(あの声はソフィアじゃ無かったのか)

そう思うより仕方ない。

事実また聞こえるのだから。

それも以前より強く、はっきりと。

しかし龍造は探そうとしない。

今はソフィアを愛し、幸せに暮らしている。

それにおなかの子がどうも男の子らしい。

そちらの方が心配であった。

妊娠9ヶ月を過ぎた頃だった。

胎児が能力を発動した。

「うう、すごい力。この子、すごいわ。ちょっと抑えきれないかも」

慌てて駆け寄る龍造。

「大丈夫か、ソフィア。僕も力を貸そう。同期するよ」

「大丈夫、私一人でなんとかするわ」

「だけど」

「大丈夫だから、・‥。ああ」

ソフィアが押され始めた。

強制的に同期を試みる龍造。

その途端発動は治まった。

しかしソフィアはかなり消耗している様だ。

「大丈夫かい」

「ええ、もう治まったわ」

そんな事を数回繰り返し、ソフィアは男の子を出産した。

ソフィアの体力はかなり落ちていた。

普通の出産でも相当な疲労をもたらすだろう。

それが妊娠中の発動により出産前から体力、精神力を消耗させられてきたのだ。

生まれてきた男の子は龍人と名付けられた。

生まれてしばらくは能力の発動は無く、順調に育っていた。

3ヶ月を過ぎた頃だろうか、突然能力を発動する。

ずっとソフィアに付いていた龍造も手伝い抑え込む。

それでもソフィアの体力は落ちてゆくばかりだ。

龍造は守家の宿命が悔しかった。

守家の者たちは皆、10年に満たない結婚生活だが、能力者故に結びつきが普通の夫婦よりも深くなる。

男児出産のたび皆、妻を若くして亡くしてしまう。

その喪失感とその悲しみ、そして絶望感は深く、半身をもぎ取られる様なものだ。

それ故再婚した者はいない。

同じ思いを再び経験する事を心が拒絶するからだろう。


龍人が3歳になった頃、ソフィアは他界した。

その前日のことだった。

「龍造、私のお願い、聞いてくれる」

「もちろん」

「それならあなたを呼ぶ声に応えてあげて」

「知っていたのか」

「夫婦だもの、当然よ」

「だが最近は弱くなっている」

「それなら尚のこと、早く応えてあげて。もしかしたらその方があなたの本当の伴侶になるべき人だったのかもしれない」

「何を言っているんだ。僕の伴侶はソフィア、君だけだ」

「ありがとう。パパが言っていた。私を幸せに出来るのはあなただけだって。本当だったわ。私、とても幸せよ」

「ソフィア」

「約束して。声に応えてあげて。そしてその方を救ってあげて。私の分も幸せにしてあげて。あなたになら出来るわ。いいえ、あなたにしか出来ないわ」

「ソフィア」

ソフィアには、その声の主が自分と年の近い女性と判っているようだった。

「龍人には母親が必要よ。必ずその時が来る。わたしの為にもお願い」

「判った」

「龍造、ありがとう。愛しているわ」

そう言って龍造の手を握りそのまま眠ってしまう。

そして二度と目覚めることは無かった。

龍造もその喪失感とその悲しみ、そして絶望感は例えようも無く深かった。

龍造が、ギリギリの所でなんとかこらえる事が出来たのはソフィアの言葉があったからだろう。

「約束は守るよ、ソフィア。アンナを救うよ。君のアンナを思いやる気持ちに応えるため。君の心を僕の中に留めておくため」

両の拳から血が流れるほど強く握りしめ、涙ながらにソフィアの亡骸を見つめる龍造だった。

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