第2話 施設

 翌日、アンナは施設から別の施設に移される。

そこは病院の様でもあったが、どこか普通の病院とは違っているようだった。

「この子ね、特Sの子は」

(特Sってなんだろう)

ぼうっとした意識の中でそう思っていた。

白衣を着、少し痩せた感じの中年女性がアンナに近づいてくる。

「あなた、起きてる」

そう言ってアンナの肩に手を置く。

はっとし、アンナの思考は急速に戻る。

「あ、起きています。あの、施設長は?」

そう尋ねると白衣を着た女性は右手の平を握ってからぱっと開き、声を出さずBOMと口を動かす。

意味が良く判らないアンナ。

「少しあなたのこと、診察させて貰うわね」

(診察?私病気なのかしら。気を失って、気がついたらここに居る)

「どこか悪いところがあるのですか?」

「悪いところは無いわ。人と違ったところがあるだけよ」

そう言って白衣の女性はアンナを見つめてくる。

その目は病院の看護師や医師のような優しさを全く感じない。

むしろ冷たい感じがした。


それからのアンナは、日々いろいろな診察を受けていた。

それらは病気の診察と言うより、特殊能力の調査と言った方が良いだろう。

伏せたカードにどのような絵が描かれているか、担当医の見ているカードにはどのような文字が書かれているか、ケースに入ったサイコロをどの程度動かせるか等、脳波計を付けられた状態での調査だ。

毎日繰り返される中で、次第に伏せられたカードの絵が見えたり、相手の見ているカードの文字が判ったり、ケースの中のサイコロを動かせるようになっていた。

初めの頃はかなり集中しないと出来なかったことが最近はなにげに出来るようになっていた。

「さすが特Sね。この短期間でここまで伸びるとは想定外だわ」

ここに来た時にいた白衣を着、少し痩せた感じの中年女性、ターニャが呟く。

(私のような人が他にもいるのだわ。S、特A、A、B、Cってランク付けのようね)

ターニャを見ると頭に情報が入ってきた。

(え、今の何?私、何した?)

初めての事に少し戸惑いながら

(この事を知られないよう気をつけなければ)

とアンナは思った。

頭に入って来る情報から出した判断だった。

それからは頭の中でいつも誰かの声がする。それも一人二人では無く大勢だ。

それらの声を雑音として消す統べも覚えた。

意識して特定の声だけを聞くことも出来るようになった。

その施設がどのようなものかも理解した。

その事はアンナにとって、絶望を意味していた。


「ほう、あの子が例の特Sか。なかなかの美少女じゃ無いか」

ターニャの上司、アレクセイと名乗る男だ。

「・‥。手は出さない方が良いわね。死にたいのなら別だけど」

「と言うことはもう使いこなせていると?」

「私の出した唯一の特Sの判断に間違いは無いわ」

「戦士になれそうか」

「だめね、能力の発動にタイムラグがある。数秒ね。それだけはこれまでどうしても変えられなかった。能力者としては素晴らしいけど、戦士には向いていない」

「そうか、では別の利用を考えよう」

アレクセイの考えは決まっていた。

ターニャも同様なことを考えていた。

それは17歳になったアンナには耐えがたいおぞましいものだった。


数週間後、アンナは診察着一枚で診察台の上に寝かされていた。

麻酔を嗅がされた。

目を覚ますと下腹部が鈍く痛む。

ガラス窓の向こう側に数人の白衣を着た男女が何やら作業をしていた。

何か話しているが、声は全く聞こえない。

アンナは能力を使った。

(これから毎月この作業が始まるらしいぜ)

(排卵誘発剤を使っても、毎回複数の卵子が採取出来るとは限らないのよ。毎月と言っても今回みたいに忙しい時ばかりじゃ無いわ)

(妊娠させた方が確実じゃ無いのか?)

(バカね、母胎に何かあったら大変よ。それに一年近くも卵子が採取出来なくなるのよ。もったいないじゃ無い)

(万が一そんな事になったら、俺たち殺されるぞ)

(そうだな、こっちの方がまだ良さそうだ)

(まあ、あれが美少女なのが救いと言えば救いか)

(スケベな男ども!)

アンナの瞳から涙が流れる。

されたことに対するものではなかった。

(私はもう、人では無いのね。ただのマテリアルなのだわ。実験モルモットと同じ)

施設から逃げることも考えたが、これまで引き出した情報からアンナの能力では無理と判断せざるを得なかった。

能力者が逃亡することも考慮した施設の作り、警備体制が整えられていたからだ。

皮肉なことに特Sのアンナが施設に来たことにより、さらに強化されてしまっていた。

アンナは心の中で

(助けて)

と叫び続けていた。

何も変わることは無かった。変えることも。

いつしか心を閉じていった。

自身が壊れてしまう前に。

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