愛、継ぐ (告げ守の一族)
キクジヤマト
第1話 覚醒
「起きて、アンナ。起きて」
まだ薄暗い早朝、アンナは母のイリーナに起こされた。
「何?どうしたの?」
「お婆さまが大変なの」
寝起きでまだ十分に頭は回っていないが、ただならぬ母の様子から何かあったのは理解できた。
「お婆さまがどうかしたの?」
「兎に角、早く着替えて」
言われるまま着替えて玄関を出ると父のミハイルがすでに車のエンジンをかけ、待っていた。
イリーナはアンナを後部座席に座らせると、助手席に乗り込む。
イリーナが乗車するのを確認すると、ミハイルは車を発車させる。
「ねえ、お婆さまに何かあったの?」
アンナが再び尋ねる。
「お婆さまがね、危篤だって連絡があったの。それですぐに着て欲しいってマクシムさんから連絡があったの」
マクシムはミハイルの兄だ。
イリーナの兄弟はおらず、両親はすでに他界している。
お婆さまとはミハイルとマクシムの母親だ。
マクシムの子供は男の子が二人で、唯一の女の子の孫であるアンナはお婆さまのダリアに可愛がられていた。
そのお婆さまが危篤だという。
まだ薄暗い道を制限速度を少し超え、急ぐミハイル。
彼の母、ダリアが心配なのだろう、一言の声も発していない。
緩やかなカーブにさしかかり、少し速度を落とすミハイル。
カーブに入り森の木々のブラインドが切れたその瞬間、目の前に突然強い明かりが3人の目の前を真っ白にする。
強い衝撃が3人を襲った。
対向車のトラックがオーバースピードでカーブに入り、曲がりきれず対向車線にはみ出してきたため、正面衝突をしたのだった。
アンナが目を覚ましたのは、病院のベットの上だった。
体中が痛む。
包帯もされているような感じがあった。
夢だろうと目をつむってみたが、痛みは消えない、消えてくれない。
もう一度目を開くと、看護師がのぞき込んでいる。
「意識が戻ったようね、大丈夫だから」
この痛みで、大丈夫なわけ無いでしょ、と思ったがその看護婦に尋ねる。
「パパとママは?」
「その事は良いから、あなたは早く元気になれるよう、頑張るのよ」
どう頑張れば早く良くなるのか判らなかったが、父と母に何かあったのは判った。
兎に角今は眠ろう。
次に目が覚めた時にはきっと元の生活に戻っているに違いない。
そう願うアンナだったが、残念ながら夢にはならなかった。
退院したアンナは叔父夫婦に連れられて施設に来ていた。
叔父のマクシムは経済的な事情でアンナを受け入れ事が出来なかった。
自分の父もそうであったが、マクシムの所も裕福とは言いがたい生活をしていたのは理解していた。
そのため、施設に入ることは仕方が無いと思っていた。
祖母が生きていれば、あるいは祖母が育ててくれたかもしれない。
しかし祖母はアンナの両親が亡くなった時刻にはすでに他界していた。
叔父のマクシムは、ミハイルとイリーナの資産を処分し、アンナを施設に入れたのだった。
その施設には、同じ様な境遇の子供達が何人もいた。
大体大部屋であったが、マクシムが両親の遺産を施設に入れてくれたおかげか、アンナは個室があてがわれた。
広さ的には二人部屋なのかもしれない。
マクシムの妻、ポリーナがまとめてくれた荷物を部屋に入れ、タンスなどに収納する。
することが無くなり、時間が出来ると両親が他界したことが実感として湧いてくる。
葬儀の時には全く実感が無かったのだが、突然それは実感となった。
ノックの音に涙を拭き
「はい」
と返事をする。
「私、ヴェロニカ。入ってもいい?」
少女の声だ。
「どうぞ」
ドアを開け部屋に入ってくるヴェロニカは、多分アンナと近い年だろう。
癖のある巻き毛を肩より少し長く伸ばしたチャーミングな子だった。
「初めまして、アンナさん?」
「はい、アンナと言います。初めまして」
「今、先生方は忙しいから私にこの施設の案内を頼まれたの」
「そう、・‥よろしくお願いします」
「そう堅くならなくても良いわ。私のことはヴェニーと呼んで」
「じゃあ、ヴェニー。よろしくね」
なぜだかアンナはヴェニーとは親友になれる気がした。
施設に入ってからもう一年が経つ。
アンナは16歳になっていた。
親友のヴェニーは一つ年上だったが、どちらかというとアンナの方がお姉さんと言う感じだった。
ヴェロニカもアンナに少し甘えたところがあり、実際の年齢に関係無くそういう状況がいつの間にか定着していた。
他にいる施設の子供達より、ヴェロニカと一緒にいることが自然と多くなっていた。
未だに個室にいるアンナをやっかむ気持ちが他の子達にあったのは否めない。
アンナ自身は皆と同じ大部屋を望んだが、施設長が大部屋にベットを置くスペースが無いと、そのまま個室にしていたのだが、スペースが無いとは誰も思っていなかった。
アンナも大部屋に遊びに行くこともあり、そう思っていた。
だから大部屋を希望したのだが。
気になるのは施設長が来るとヴェロニカがアンナの後ろに隠れ、アンナの服をつかみ小刻みに震えるようになったことだ。
理由を尋ねても、顔を強ばらせるだけで何も言わない。
ある夜だった。
寝入ってからどのくらい経ったのだろう。
自分の上に重いものが乗りかかって来る感じに目を覚ます。
目を開けると施設長が下着一枚でアンナに乗りかかっている。
声を出そうとした瞬間、施設長は左手でアンナの口を塞ぎ、右手でアンナの服を剥ぎ取っていく。
恰幅の良い施設長の体重の重みで身動きが出来ない。
両手で施設長の顔を押しやるのが精一杯だ。
そんなアンナに往復ビンタを食らわす施設長。
恐怖に目をつむり体が硬直するアンナ。
『いやあ!』
声にならない叫び声を出す。
途端に体にかかる重さが無くなる。
ぽたり、ぽたりと何か液体がアンナの体に落ちてくる感じがある。
恐る恐る目を開くと天井に何かの塊が張り付いていてそこからしずくが垂れ落ちている。
自分についたしずくを指で触り見てみると赤い。
誰かが激しくドアをノックする音が聞こえる気もするが意識が遠のいてゆく。
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