6.

 なんとなく帰る気にならなくて、大学に行った。帰る途中に最寄駅があるので、それほど時間はかからない。


「午後4時か」この時間だと、研究室に誰かいるだろうか。先輩はいないとしても、誰かしらいるだろう。


 そう思って研究室を訪ねるも、タイミングが悪かったのか鍵がかかっていた。どうやら教授はいるようなので借りることもできたが、そうまでして入る理由もない。いればなんとなく話しができたのにな、と思う程度だった。


 図書館に移動するも、夏休み中の閉館は16:30だ。休憩すらできず、すぐに追い出された。


「居場所がない」


 全く。学費を払っているというのに。


 結局、あと時間を潰せそうなところは食堂くらいだった。しかしそれでもスーツ姿は目立つ。コーヒーだって安くないのだ。ただでさえ、面接に行く交通費がかさんでいる。おかわり自由であったら時間もつぶせるが、そうなったらここの学食に人があふれてたまらないだろう。


 せめて、一杯の量がもう少しあったら、と思う。


 ミルクと、普段は入れないガムシロップを入れてわずかばかりかさを増す。飲みやすくなったため一気に飲んでしまいそうになりながらもちびちびすすっていると、スマホが震えた。面接のときにマナーモードにしたままだった。電話かと思いきや、メールだった。


 就活用に登録したサイトだった。そこから企業にエントリーシートを送付したり、面接の打ち合わせを行ったりする。


 今回のメールは、この前行った、企業からだった。


 不採用です。ごめんなさい。その旨が丁寧に書かれている。最後まで読む前に閉じた。


 これでいくつ目だろうか。数えると心が折れそうなので数えていないが、途方もない数受けている気がする。もう落ちることに慣れてしまった。またか。それで済んでしまう。


 まだ不採用回数が一桁だったころはどこが悪かったのか本気で悩んだものだが、どこを直しても一向に兆しが見えないのでもうそれすらしていない。


 傷付きなれてしまった。落ちることが怖くなくなってしまった。


 でも、それでもまだ百は受けていない。百も落とされていない。


 中途半端なんだろう。これくらい、ほかの奴らも経験しているし、ニュースでももっと受けてそれでもダメだったやつを特集していた。


 自慢すらできない。自慢にもならない。


「……ダメだ。久々に落ち込んできた」


 花絵を呼ぼう。会って、適当なことを言い合って有耶無耶にしてしまおう。大学には来ていないだろうから、どこかファミレスにでも呼ぼう。奢ることになろうとも、構わない。


 くだらない話がしたい。そのことをどう婉曲に伝えようか悩んでいると、またスマホが震えた。今度は電話だった。悪友。そう登録しているやつだった。


「もしもし?」


「下見ろ、下!」


 なにか叫んでいる。海底と山頂ほどあるテンションの差がなんとなくうざったい。下、と言われても食堂の下はリノリウムの床だ。透けてもいないし階下が見渡せる場所もない。


「左下だよ、ほら!」


 ほら、と言われてようやく気がついた。いきなり「下」と言われて戸惑ったが、僕がどこにいるのか訊かず、なおかつ下を見ろなんて指示を出す場合はひとつしかない。


 言われた通り、左下を見る。そちらはガラス張りになっており、外が見えるようになっている。


「どこにいるんだ?」


 スマホに話しかけると、手を振った男性がいた。食堂のほぼ真下だ。片手に携帯を持ち、遠くの犬を呼ぶように大きく手を左右に振っている。周りに人も何事かと奇妙な視線を向けていた。


「なにしてんだ?」 僕のセリフだ。村石は「暇か?」とだけ訊いた。


「なにをして欲しいかによる。それによって予定を入れるかどうか決まるから」


 へー、と村石は電話の向こうで納得する。「よくわかったな。なにか手伝って欲しいって」


「じゃないと、わざわざ外から電話をかけてこないだろうしな」


 食堂に入るためにお金がかかるわけじゃないのだ。一杯頼まなければならないルールもない。ここに入ってこないのは、僕を呼び出したいからだろう。


 村石は「さすが」と一応褒め、それから「ちょっと手伝ってほしい」と言った。


「なにを?」


 犯罪は嫌だと告げると「もっと心が痛まないものだ」


 村石は足元を指差す。大きな手のふりに隠れて見逃していたが、村石の足元になにかあった。ロボットのような、機械だ。


「こいつをちょっと飛ばしたいんだ。観客になる気はないか?」


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