7.
大学というものはそれなりに広く、教室、講義室もかなりある。僕も4年通ってはいるが全ての教室に入ったことはないし、学科が違うので一度も足を踏み入れたこともない研究棟もある。
夏休みともなれば使っている講義室のほうが少なく、村石はそこそこ広い場所を一つ見つけると「ここで実験をしようか」と両手を広げて言った。
「実験?」
「こいつを飛ばすんだ」
こいつ、というのは村石が小脇に抱えているものだ。飛ばす、というわりに、なんというか、その兆候が見られないというか、ただの機械の塊に見える。
プロペラさえない。これがどうやって浮くのだろうか。
「これじゃまだ飛ばん。ちょっと準備がいるな」
村石が機械の塊をはたく。カシャンと塊が鳴いた。
「準備って?」
「ヘリウムいれたり、とか」
「ガスで浮かすのか?」
どこに? と僕の表情を察したのだろう。村石が「この塊に先端にバルーンを取り付けるんだ。研究室にあるから取ってくる」
「なんだって?」
「研究室」
「お前、まだ3年だろ?」
確か研究は4年から。それか、3年の後期のはずである。
「俺のじゃねえよ」
村石は机に一つに塊を置いた。
「友達の研究。なかなか面白そうだから、手伝ってんだ」
村石が名前を言ったが、聞き覚えのない人ばかりだった。数人は『先輩』の敬称もついていたので、学科も違えば学年も違うのだろう。いったい、どこで知り合うというのだ、そういう人たちと。
「ちょっと見といて。触ってもいいが、壊すなよ。怒られるのは俺なんだから」
「触らないよ。なにが起こるかわからんし」
爆発なんてしても困る。
村石は僕が触らないと思っているのか、そもそも触ったくらいで簡単に壊れる代物でもないのか、あっさりと講義室から出て行ってしまった。それは手伝わなくていいのかと思ったが、そもそも観客になれとしか言われてない。
スマホをいじりながら待っていると、村石が帰ってきた。台車を引いていた。その上には、空気を抜かした浮き輪のようなものと、大人でも一抱えしそうなボンベ。それからまたなにやら機械の塊だった。
「手伝ってくれ」
村石に言われたので台車に近寄る。
指示を受けるに、どうやらぺしゃんこになった浮き輪を機械の塊に取り付け、ボンベからガスを入れるらしい。最初にガスを入れてしまうと取り付けられなくなってしまうんだそうだ。
手伝うと行っても勝手がわからないのでほとんどなにもできない。「あれとって」「こっち押さえて」を聞くだけだ。研究室のメンバーでもないのに手際よく村石は作業を進めていく。
「何度もやったことがあるのか?」
「じゃないと、貸出してくれないよ」
浮き輪に空気を入れていくと、なんとなく形がわかってきた。円形ではなく、三角錐に近い。それが膨らんだところで、台車にある機械の塊を風船の上に被せ、固定する。機械の塊で風船を挟む格好だ。
そこからさらにガスを入れ、準備はできたらしい。ボンベの栓を閉じた。
「あとちょっとあとちょっと」と歌っている村石だが、ガスを入れたにも関わらず機械の塊は空に浮かび上がらない。台車の上に鎮座したままだ。さっき取り付けた治具もプロペラの類はなく、ここからどうやって空にあがるのか想像できない。
「だいぶ形になって来ただろ?」
「え?」
村石が訊いて、形? と首をひねる。改めてまじまじと観察すると、なにかに見えんでもない。
「キノコ?」
「んー……」
外れたらしい。
台車に乗っかっているそれは、円形……というか多角形の筒に、三角の風船。それを押さえるパーツの3つ。見れば見るほどキノコだ。
「これなら解るか?」
村石が機械の塊を持ち上げ、多角形の筒を外す。壊したのではなく、もともと分離できるようにしてあったらしい。多角形の筒の中にあったのはさらに小さな機械で、スケルトンの箱に入っているその中に基板らしきものが見えた。あれが本体らしい。
だが、外したところでキノコはキノコだ。少し笠の大きいキノコにしか見えない。ほかになにが見えるだろうかと考えていると、諦めたのか村石は息を吐いた。
「多分、これに色とか足が付けばわかると思うんだけどな」
「で、それはなんだ」
「クラゲだ」
クラゲ。
と言われても、ピンと来ない。見えない。
「クラゲ型の飛行ロボット」
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