2.

「そういえば、時差はあるの?」


「ない。季節も同じ」


 時計を見る。朝の8時。今日も昼から面接があるので7時には起きていたのだが、他の人から見ると少し早かったようだ。仕事をしていればそうでもないが、確かに今は夏休みでもある。


「じゃあ、次からは気をつけるよ」


「ごめんね。メールも繋がるから、そっちも活用してくれてかまわない。ただ、履歴には残らないから、なんて送ったかの確認はできないけど」


 だとすれば、やはり電話のほうがいい。


 しかし、ミナと話していればいるほど、僕の中の魔法のイメージが崩れていく。魔法とは名ばかりで、実は技術の一つなんじゃないかとも思い始めている。もうすっかり有名になってしまったクラークの三法則のひとつ『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。』。それなんじゃないか。


 解約した携帯に電話することも、ひょっとしたら可能かもしれない。原理はわからないが、そもそも電話というものも、僕は理解していない。なぜ声が届くのか? その問いに答えることはできない。


「魔法って、案外面白くないんだな」


 電話の向こうで鼻から息を吐く音がした。


「三鍵くんはさ、なにか魔法を誤解しているようだけど、単なる力のひとつだよ?」


「わかってはいるんだけどさ」


 電力磁力摩擦力魔力。そのひとつでしかないのだろうけどさ。


 でも、どうしてもそこに夢を上乗せしてしまう。凄いものであって欲しいという願望もあるのだろう。魔法なのだから、現実からかけ離れた力であって欲しい。なのに、いざ聞いてみると現実的でがっかりしてしまった。


 できないことは、いくら魔法でもできない。


 そんな当たり前のことで落ち込んでしまう。


「魔法を理解するのは、とても難しいと思う」


「だろうね」おそらくだが、ミナも理解できてない部分が多いのだろう。もともと魔法使いであるなら、深く考えることもしないかもしれない。


 さて、どうしようか。そう悩んでいると、腹の虫がなった。そういえば、まだ朝ごはんを食べていない。着替えてもない。朝起きたばかりだと思い出すと、途端にトイレにも行きたくなってきた。


「また夜、かけ直す」


 いきなり切ると言われて戸惑ったのだろう。ミナが硬直する。


「夜の予定は平気?」


「問題……ない、かな。うん、大丈夫。何かあっても、空けるようにするよ」


 カレンダーでも見たのだろうか、声が少し遠くなった。


「ごめんね、忙しいのに、こんなこと頼んじゃって」


「ん?」


 そういえば、となにか思い出した。なにか、とてつもないことを頼まれたような気がする。


「ああ、そうだったね」


 魔法で浮かれていたが、なにか頼まれた。そして舞い上がってしまった。


 なんだっけか……。


「三鍵くんが頼りなの。じゃないと、私たちは全員死ぬわ」


「…………そっか」


「三鍵くん?」


「いや、なんでもない。そうだったそうだった」


 僕が頑張らないと、死んじゃうんだった。


 急に音が遠くなった気がした。ミナの声以外すべて彼方に吹っ飛んでいくような感覚。温度も光も景色もなにもかも、引き伸ばされて見えなくなって、そしてようやく戻ってきた。

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