4.

 大学の夏休みは長い。なんと二ヶ月もある。高校のころと比べたら単純に倍だ。大学に入ってまもなく、初々しい一年のころは「なにしようか」「どう使おうか」と浮き足立っていたものだが、1年、2年と続けばあら不思議年。長い休みをありがたいとも思わず、ましてや、なんとも思わなくなる。


 そして、今年。大学四年の、社会人になる前の最後の学生の長期休暇だというのに、今年の夏休みを長いとも、休みだとも僕は感じていなかった。

 

 就活生ということが、一番の理由だろう。


 去年までは、勉強もせず日々バイトや自堕落に過ごしている、学生としてはこれ以上ないほどの有意義な、無意味すぎてそれこそが価値のある休みだったというのに、今年は忙しい。


 内定のないやつに休みなんかないのだ。エントリーシートを書き、面接に行き、企業研究をし、の繰り返しだ。それですら精一杯なのに、今年は卒業研究もある。就活に全力を出すと卒論ができずに留年。卒論を書いても就職先が未定ならば無職。どっちかに精を出すわけにもいかず、両方頑張らなくてはいけないのだから、本当に忙しい。


 今日も、夏休みだというのに大学に来ては卒業研究に取り組んでいた。


 取り組む、と言っても、所詮大学生。四年に上がると同時に研究室に所属したので、入ってまだ数ヶ月だ。知識も経験もないので、ほとんどが先輩の雑用である。大学生の間は先輩の後ろについていろいろ学び、院生になってからもう少し踏み込んだものをするという。


 午前中に大学に来て、先輩とともに実験を行う。内容は教授と先輩が予め打ち合わせして置いてくれているので、僕はそれを教えてもらいながら実験を見るだけだ。データをとり、パソコンに結果を打ち込むだけだのに、あっという間にお昼になっていた。てっきり午後もこのまま実験を行うのかと思ったがデータを見た先輩が。


「今日はここまでにしようか」


「……いいんですか?」


 パソコンに並ぶ数字の羅列は、今日手伝っただけの僕が見てもあまりいい結果とは思えなかった。グラフにしてもおかしなものになるだけだろう。報告するにしても、いいものができるとは思えない。


「午後は予定があるからいいんだ。補講にでなきゃいかん」


 夏休みなのに? と首をかしげると、夏休みだからだ、と返答が来た。


「それを取りこぼすといよいよ卒業が怪しい」


「院生にも単位があるんですね」


「大学にいる以上、単位は切っても切り離せない関係だ」


 なぜか少し誇らしげである。


「卒業できないとわかったら、俺は逃げて、研究はお前に任せるから、よろしくな」


「やめてください。一緒に頑張りましょう」


「お前、単位は大丈夫なの?」


「3年のうちにほぼほぼ取りきってます。前期のテストも問題なかったので、大丈夫です」


 単位が足りなくて留年、なんて恥ずかしい結果にならないように、そのあたりはしっかり確認してる。


「真面目だねえ」


「もともと院に行く気はなかったんで、早めに準備してたんですよ」


「なんで院に行かねえんだ?」


「お金……ですかね」


 ああ、と先輩は納得してくれたようだった。院に進むとなるとやはりそれだけお金がかかる。この研究室にも僕と同じく院に進まない人がいるが、その人もお金の問題だった。


「大変だな、いろいろと」


 先輩が労ってくれる。それはありがたいことなのだが、そこでうまく笑えない自分がいた。


 院に行かないのは、お金の問題、ではないからだ。


 きっと、親に頼めば出してくれる。実際「出そうか?」と言われたことも何度もある。それを断ったのだ。


 行ってもきっと、無駄に終わる。そう思っていた。


 院に進んでまで、やりたいことがないからだ。


 小さいころからものを作るのが好きだった。ロボットに興味があった。だから電子工学科があるこの大学を選んだ。ロボットを作っているこの研究室を選んだ。


 なのに、大学に入ってからずっと「こんなもんか」という気持ちがあった。


 実験は楽しい。プログラム通りに動くのが面白い。そういう気持ちはある。だがそ

れは表面上のもので、それを極めようとか思わなかった。


 だから就職しか、なかった。


「どうなの? 就活は」


「厳しいですね」


 隠す理由もないので正直に言う。


「まだ内定がないです」


 これには先輩も少し驚いたようだった。


「一社も? もう夏休みだぞ」


「追い込みかけますよ。夏休み中には、どこかに内定もらいます」


「……だな。じゃないと、大変だ」


 先輩の目がカレンダーに行った。今は八月の文字があるそれも、もう少しで九月に変わる。その次は十月だ。先輩は十月までの日数を計算したのだろう。


 十月は、ほとんどの会社で内定式がある。そこまでに決まらないと『大変だ』なのだろう。僕も、そこまでには決めたい。内心、結構焦っていた。


「じゃあ、今日はここまでにしようか。どうする? 俺は外にメシ食べに行くけど」


 一緒に行くか、と訊かれ、丁寧に断った。


 午後は、友人と昼食の約束をしていた。


 

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