3.

 魔法。その単語が出た途端に、眉に力が入ったのがわかった。いたずらと思った。いつもならすぐに電話を切るところなのだが、気がくさくさしていたこともあって、乗ってみることにした。いかつい男性ではないので、怒鳴られても怖くないはずだ。


「へー、魔法ですか」


「いきなりで信じてもらえないことはわかってる。でも、これは本当」


「あなたは魔法使いなんですか?」


「魔法使い……そうね、そう呼ばれてもおかしくないと思う」


 変な言い方だった。魔法を使うのなら、それは魔法使いじゃないかと。


 ミナは言った。「全員が全員魔法を使えるんだから、わざわざ魔法使いなんて表現はしないでしょう」


 なるほど、と思った。


 僕も自分のことを『携帯使い』とか『言葉使い』とは言わない。


 黙った僕を怒ったと思ったのだろうか、ミナは謝った。


「魔法で話してるから、通話料とかは心配しなくて大丈夫。ただ、申し訳ないけど、電池は減っていくと思う。それっばかりはどうしようもないの。でも、普段よりずっと消費量は少ないはず」


「はあ、それは……ありがとうございます」


 そう言われても確かめようがないのでなんとも言えない。通話料くらいは確認できるだろうか。


「……ごめん、いきなりこんなこと言って。信じてもらえないのは、わかってる」


 声に真剣さが混じったような気がした。


「でも、どうしても、信じて欲しい。今だけでいい。あとで証明はいくらでもするから、話だけでも聞いてほしいの。私が電話をしたのは、助けが欲しいからなの」


「助け? 僕が? あなたを?」


 ミナは三回、「はい」と言った。


「だから私を信じて。魔法使いだと信じて。どうすれば、信じてもらえる?」


 どうすれば、と言われても困る。


 実はこの時、壮大はドッキリなんじゃないかと思い始めてさえいた。一般人をターゲットにしたテレビ番組。そうなると、大抵のことはできてしまう気がする。


 試しに「宙に浮きたい」と言ってみると「ごめん」と謝られた。


「キミに空を飛ぶ機能がないので、無理」


 無理ときたか。魔法でも? と揶揄するように言うと。


「その物体が本来持っていない機能を、新たに付加することはできないの。……キミが本当に強く望むならできるかもしれないけど」


 うまい言い訳だと思った。そうなると飛べなくても僕の責任になるわけだ。「キミの想いが足りなくて」と言われてしまったらどうしようもない。本気で飛べるなんて思えるわけない。


「ああ、でも、付加という形じゃなくて、私の魔法で数センチくらいなら」


「ああ、じゃあ、いいや」


「……え?」


「電話かけてよ」


 意地悪だと自分でも思った。できるわけないとタカをくくっていた。同時に、こんなことを思いつく自分をすごいと思っていた。


「……電話。これじゃあ、だめなの?」


「家に、もう一台電話があるんだ」


 そっちにかけて、と言った。


 番号は言わなかった。


 なにせ、番号なんてないのだから。今のスマホにしたときに解約してしまったのだから。


 本来、電話として使えていたもの。だが今は高性能な『なにか』でしかないもの。


「解約したほう携帯ね……わかった。今かけたらいいのね?」


「……できるの?」


「できる」


 ミナの声は少し力がこもっていた。


 逆に、こっちが慌ててしまったぐらいだ。


「ちょっと待って、今、外だからかけられても確認ができない。そうだな、あと二時間後、かけて」


「わかった」


 じゃあまた、二時間後に。


 そう言って、電話は切れてしまった。



 そして、二時間後、本当に電話がなった。


 もう電話として使えないはずの携帯に、電話がかかってきたのだ。


 どう、と言ったミナを、もう信じるしかできなかった。


 魔法を信じたことをミナは喜んでいた。といっても、姿は見えないので声でしか想像できないのだが、不安が解消され、電話の向こうで跳ねているようだった。


 少しだけ敗北感を感じながら、ミナと呼ぶ。『さん』はなんか腹が立ったので取ってしまった。


 「で、僕に助け、だっけ? なに?」


 ミナは忘れてたと恥ずかしそうに言って、ひと呼吸、置いた。深呼吸が電話を通して伝わってきた。


「数十年後、相当未来の話なんだけど」


「うん」


「魔法使いが、魔法を使う人がみんな、死んじゃうの」


 ミナはわざとゆっくり言っているようだった。


 ありがたかった。


 僕の中で、うまくミナの言葉が消化できないでいた。


「それを、救う方法を、一緒に考えてはくれない?」


 耳を疑った。


「……僕が?」


「はい」


「魔法使いじゃない僕が?」


「ええ」


「人間なのに?」


「私も一応、人、だけどね」


「なんで僕が」


 それは、と間を置いた。言葉を選んでいるようだった。


「あなたが一番適任だったから、かな」


 適任。変な話だが、その言葉が出たとき、嬉しくなった。頼られてると思ったからだ。ずっと就職活動をしてきて落とされた僕からしてみると、必要とされていると感じることが嬉しかった。


「お願いします」


 頭を下げているのがわかった。そのあとに言葉は続かない。僕の返答を待っているということだ。


 僕は少しだけ、ほんの少しだけ、間をあけた。悩んだのは一瞬だった。


「まあ……考えるくらいなら。それくらいなら、僕も手伝ってもいいかなって思ってる」


「本当?」


 声が明るくなった。部屋も、電球を変えたみたいに明るくなったみたいだった。


「ありがとう。頼りにしてる!」


「うん……まあ、頑張るよ」


 女性に頼られる心地よさに浸っていると、ミナは「そうだ、あの」とおどおどした声で言った。


「今更だけど、ひとつ、いい?」


「なに?」


「ごめん」


 謝られた。


「名前を、教えてくれない?」


 ああ、と僕は自分の名前を言ったのだが、頼る相手の名前もわからないのか、と少しは疑問を持つべきだったかもしれない。


 それと、なにが『適任』だったのか、よく確認しとくべきだった。


 そうすれば、僕はこの電話を切っていたはずだったのだ。


 そうすれば、僕はなにも巻き込まれずに済んだはずだったのだ。



「三鍵 敏樹」



 もう、遅いけれど。



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