第16話 未遂
「全く! シュウさんはほんっとにもう!」
肩を怒らせて歩くリットの後ろをついて歩く。
あの後、リゼットの厚意で朝食とお古の服をもらった。結局こっちに来てから服はもらったものばかりで、この世界の人たちのやさしさには頭の下がる思いだ。
ユーリの作った朝食は質素だったがおいしいものだった。最初は遠慮しようかと思っていた二人だったが、金が入ったら教会にも少しは寄付できるだろう、そう考えて厚意に甘えることにしたのだ。
始終ユーリがこちらをちらちらと見ていて、目が合うたびに顔を赤く染めるのには少し困ったが。戻ってからちゃんと誤解を解かなくてはならない。
そして二人は今、ギルドへと向かって南西区の街を歩いている。
「いい加減機嫌治せよ。そもそもベッドに入り込んできたのはそっちだろうが」
「うるさいですよっ!」
目を吊り上げて大声を上げるリット。
しばらくはこのままか、とため息をついたシュウだったが、ふとあることに気が付いてリットに並んで歩く。
「なんですか? 私はまだ許してませんよ」
「いや、リット。さっきから思ってたんだけどさ?――なんかあとつけられてるみたいだ」
「!?」
後半の言葉は声を潜めて伝える。それを聞いたリットは一瞬身をすくませたようだった。
「……どこですか?」
「後ろの方。多分3人、かな。人ごみに紛れてずっとついてきてる」
その言葉に振り向こうとするリットを制止する。
「振り向くな、振り向けば気づいたことがばれる。そのまま歩こう」
その言葉に頷いて自然な動作で歩き続ける。
「そうですね……シュウさんは何か心当たり、ありますか?」
「ないな、そっちは?」
「あり過ぎてどれか分かりません」
むん、と胸を張ってリット。
「まぁ、分かった。仕方ないな」
一つため息をつくと、歩きながら刀剣召喚を使うために集中する。
「しゅ、シュウさん!?」
急に黙り込んだシュウを見上げて、リットが声を上げる。
そのシュウの鼻からはツー、と鼻血が出ていた。
「大丈夫だ。ちょっと鼻の中の血管が切れただけ」
ぐいっと垂れてきた血をぬぐう。
「それよりリット、次の角を曲がったら仕掛けるぞ」
「どうするんです?」
「角を曲がったタイミングで俺は姿を隠す。連中がリットを追っている隙に後ろに回り込んで意識を奪ってから適当な路地にでも連れ込もう」
「なるほど、それでいきましょう」
二人は頷き合って歩を進めた。
後ろからついてくる気配はまだ変わりなくある。
二人は何食わぬ顔で、角を曲がった。
シュウは速足でリットから離れて、壁に背を押し付けた。そして手の中に一本の剣を召喚する。
「来い、《無明》」
手の中に現れたのは短い剣、と言うよりも刀だった。刀身は短く小太刀程度の長さだ。
そしてその瞬間、角から三人の男たちが現れた。
中年の男たちで、身なりは見るからに一般人という雰囲気ではない。おそらくギルド会員だろう。
角を曲がった彼らが少し先にリットの姿を認め、次いで隣にいたシュウの姿がないことにすぐ気が付いて驚く。
それら一連の流れをシュウは目の前で見ていた。
男たちは急なシュウの喪失を目の当たりにしながらも、出来るだけ平静を装ってシュウの目の前を通り過ぎていく。
男たちが完全に通り過ぎるのを待って、シュウは後ろに付いて歩き出した。
それでも男たちが気付く様子はなかった。
それが無明の効果。
この刀を持っている間、持ち主は限りなく存在感を消すことができる。似たような効果の剣が思ったよりも多く、鼻血が出てしまったが、これだけの効果なら上々だろう。
さて―――
目の前で並んで歩く男たちを改めて眺める。
ひそひそと喋り合う男たちの声にはどこか焦りがあった。やはり目標の一人を見失ったからだろう。
とはいえどうして自分たちを狙っているのかはわからない。やはり聞き出す必要がある。
シュウは無明を大きく頭上に振り上げて、ためらうことなく峰の方を振り下ろした。
都合三度振るわれたそれは見事に男たちの後頭部を強打した。
男たちは低いうなり声を上げて地面に倒れ込む。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
そんな三人にシュウはわざとらしく声を掛けた。手の中にあった無明は既にない。殴ると同時に還した。これで周りにいた人間もシュウが殴ったとはわからないだろう。無明の効果が切れた時には既にシュウは無手だったのだから。
「リット、こっち来てくれ、急に目の前で倒れたんだ!」
少し先を歩いていた金髪の少女にそう声をかける。リットは意外そうな顔を一瞬して、だがすぐに速足で戻ってきた。
「あっちに運ぼう」
そう言って指したのは人気のない路地だった。
二人で三人の男を引きずるようにして路地へと連れ込む。意識のない男たちはかなり重たかったが、強化された今の筋肉ならばたいしたことはなかった。
「うまくやりましたね」
悪い笑みを浮かべて言うリットに頷きを返す。
「とりあえず、こいつらを起こすか」
「そうですね」
シュウは一番手近にいた男をゆする。軽い脳震盪を起こしていただけだった男はそれだけで「むぅうんん」とうなり声を漏らしながら意識を取り戻した。
「こ、こは……」
「起きたか、まずは誰に依頼されたのか教えてもらおうか」
「お前はっ」
「おっと、変な動きはするなよ?」
懐に手を伸ばした男を見て、手の中にセイジョを喚びだして突きつける。
鋭い切先を見て男が動きを止めた。その顔は苦々し気に歪んでいる。
「チッ、なんなんだお前はよ!」
「別に、ただのギルド会員だよ。もう一度聞くぞ、誰に雇われた?」
「……」
「だんまりか」
口を閉じた男をシュウは冷たく見下ろした。
「じゃあ話したくなるようにしてやろう」
「……」
「これから俺がお前に質問をする。お前が答えなければ、この剣でその度に体に穴をあけていく。ああ、安心しろ。こっちのこいつがその度に傷を回復させてやるから死ぬことはない」
男に顔を近づけ、出来るだけ酷薄そうに見せながら言う。男の頬を冷たい汗が伝っていくのが見えた。
「死にたくなるほどの痛みは感じるだろうけどな」
にやり、と口の端を吊り上げて見せる。
「それじゃ、始めようか」
「ま、待ってくれ!」
シュウが右手に握ったセイジョを振り上げると、男は焦ったように叫んだ。
「はなすっ、話すからやめてくれ」
「ふん、そうか」
思ったよりあっさりと折れたことに鼻を鳴らしながら、こっそりと胸をなでおろす。正直拷問とか勘弁して欲しいと思った。
「雇い主は誰だ?」
「……俺たちを雇ったのはピエールさんだ」
「ピエール? 誰だそれ」
「ギルドの副支部長だよ」
そういわれて「ああなるほど」と納得する。同時に昨日会った時のシュウたちを見下したような冷たい視線を思い出す。
「なるほど、あいつに殺して来いって、金で命令されたわけか」
「こ、殺して来いとまでは言われてない! 適当に痛めつけて、街から追い出せって言われただけだ。報酬は、確かに高かったけど……」
「へぇ」
思ったよりは手ぬるい対応だった。あとで通報されるのとか考えなかったのだろうか。
「ピエールさんは貴族ともつながりがあるらしいから、衛士も丸め込めるはずだ」
シュウの疑問に男が答える。昨日ギルドで会った時には分からなかったが、思ったよりもギルドの副支部長は大きな権力を持っているらしい。
「奴はなんで俺たちを襲えと?」
大方、昨日持って行った地竜の牙の買取金額を払い渋っているのだろうが。
「し、知らねえよ! 俺たちは金で雇われただけだ!」
「そこまでは話していない、か。まあそうだよな」
こんな下っ端にあまり多くのことを期待してもしょうがないだろう。シュウは男に向けていた切先を下げる。
「だとさ、こいつらどうする?」
「そうですね……」
後ろにいたリットに男たちの処遇を尋ねると、少し思案する様子を見せて。
「衛士に突き出してもいいですが、未遂ですしね。そのまま放り出しておいて構わないでしょう」
それを聞くと、男は見るからにほっとした表情をした。
「まぁ、そういうことだから。もう二度と俺たちの前に顔を出すなよ」
最後にセイジョを突き付けてそういうと、男は顔を青くして何度もこくこくと頷いて見せた。
シュウたちは未だに目を覚まさない男2人もそのままにして立ち去った。一瞬回復魔法をかけようかとリットが迷うそぶりを見せたが、止めた。使えるとは言ったが、使って見せなければただの脅しとして伝わるだけだが、使って見せれば無用の騒動を招きかねないと思ったからだ。
「で、どう思う?」
表通りに戻ったところでシュウがリットに尋ねる。
「何がですか」
「あの男たちの言ってたこと。本当だったら副支部長はこれから俺たちがもう来ないと思って、ギルドで何かしてると思うんだが」
「確かにそうですね。昨夜のうちに調査隊が森に入ったとして、考えられるのは―――」
シュウがこれから起こりうるごたごたにため息をつきながら言うと、リットが思案するように言った時だった。
「おーい! 大変だ! 森で地竜が倒されたらしいぞ!」
耳に入ってきたのはそんな声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます