第15話 代役
案内された部屋はとても簡素なものだった。
クローゼットと机、それからベッドがあるだけで、他に生活感のあるものはない。普段は本当に空き部屋なのだろう。ちなみにリットは隣の部屋に入っている。今頃は既に夢の中だろう。
「はぁ……」
ベッドに横になって、ため息をつく。
ギシリ、とベッドがきしむが、柔らかな感触が心地よい。よく干されたいい布団だった。いつ誰かが帰ってきてもいいように頻繁に干しているのだろう。
ちなみにシュウは今、ずいぶん前に引退したかつての神父が使っていたというパジャマを借りている。ようやく穴だらけだった服を着替えることができて落ち着くことができた。
「……」
こちらの世界に来てまだ一日だが、本当に色々あったとつくづく思う。
そう考えながらも、瞼が次第に重くなっていく。
意識を半分眠りに落としながらも考えるのはリットの事だった。
彼女は何かを隠している。
託宣を受けて旅に出た、と言っていたが本当にそれだけなのか。
回復魔法が使える神官は本当に希少な様だった。そんな人材を、いくら頭がおかしくなったように見えるからと言って護衛もなく一人で放逐するだろうか。ましてやリットは聞いたところによればまだ12歳の女の子だ。幾ら護身術を持っているとしても、この国でもまだ子供として扱われるような年齢のはず。
一体何が彼女をそうさせたのか。
「やっぱ、勇者……か」
―――勇者様を見つけるまではあなたが代役です。
そう言い放った時の姿を思い出す。
シュウを代役と言っていたが、どこまで本気なのやら。今日地竜と戦ってはっきりとわかった。自分はあんな荒事には向いていない。
明日ギルドで報酬をもらったら、改めてもっと安全な仕事を探そう。
もしかしたら魔王を倒す目的のあるリットとはそこで別れることになってしまうかもしれない。
「……」
そう考えると少し残念な気持ちもあるが、致し方ないだろう。
そうしよう。そう決めたシュウの意識が眠りに落ちようとしたその時だった。
微かな音を立てて、扉が開いた。
「シュウさん、もう寝ちゃいました?」
「……リット、か?」
ぼんやりとした頭で体を起こすと、そこにはわずかに開けた扉から顔をのぞかせているリットがいた。彼女はシュウが起きていることを認めたのか、部屋の中に入ってくる。
暗闇に慣れた目が、リットの姿をぼんやりと映す。
おそらく借りたのだろう薄ピンク色のパジャマに身を包み、両手で枕を抱えている。暗闇に透かして見る顔は、わずかに赤らんでいるようだった。
「どうした? 寝れないのか」
「う、その……」
「そう言えば、暗いところだと寝れないんだったか?」
牢屋での一夜を思い出したシュウ。
確か真っ暗で怖くて泣いていたのだったか。
ぼんやりとしていた頭が覚醒し始め嫌な予感が脳裏をかすめる。
「暗いのが嫌なら明かりをつければいいんじゃないかな!」
努めて明るく言ってみた。
「この教会の経済状況はさっき聞いたでしょう。灯りだってただじゃないんですよ」
「ぐぬっ」
確かにその通りだ。
そう思って黙っていると、リットが手を組み合わせ握ったり開いたりを繰り返している。
「その、そっちに行ってもいい、ですか?」
「そっちにって……」
「い、一緒に、寝てください……!」
手に抱えた枕で顔を隠しながら言ったリットに自分の予感が的中したことを理解した。頬をたらり、と一滴汗が滑り落ちる。
しかし、シュウがそうやって固まっている間に、リットは後ろ手に扉を閉めると大股で部屋の中をベッドへ向かって歩いてくる。そしてシュウが声を上げる間もなく毛布の中へと入り込んできた。
「ちょ、お、おい……」
シュウはリットの暴挙を止めようとするが、さりとて大声を上げるわけにもいかず、意味のない言葉を繰り返してしまう。
しばらくもぞもぞと毛布の中にいたリットだったが、やがてシュウの隣から顔を出す。
「ほら、もう寝ましょう。明日は朝からギルドに行かなければならないんですから」
そう言って枕を敷くとこちらに背を向けて横になる。
だが毛布の端から覗く首元から耳は、闇の中でも発光しているかのように真っ赤だ。
しばらくの間金魚の様に口をパクパクと開いたり閉じたりしていたシュウだったが、何も言うことができずおとなしく横になることにした。
背後に感じる体温と息遣いが気になってしょうがない。
「あの、シュウさん……まだ、起きてますか?」
と、悶々としていたシュウにリットがか細い声で話しかけてくる。
「あ、ああ。まだ起きてるよ」
というか寝られる気がしない。
「今日は、ありがとうございました」
「え?」
「地竜から助けてもらった時、お礼、言いそびれてましたから」
その直後も色々あったから。
「い、いや。大したことじゃないよ」
「いいえ、とても、とてもうれしかったんです。感謝、しています」
反射的に言ったシュウにかぶせるようにしてリットが言葉を紡ぐ。
「昨日会ったばかりの私のために命を懸けて、あんな無茶をしてくれるなんて、思ってもみなかったんです」
「あんな状況だったから……気が付いたら体が勝手に動いてたんだよ。ただ、それだけだ」
実際、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
助けたい。そう思ったことだけは間違いなかったが。
「やっぱり、私の目に間違いはありませんでした……」
ぼそり、とつぶやかれた言葉は暗闇に消えた。
「ん? なんか言ったか?」
背中越しに掛けた声だったが、リットが反応することはなかった。
どうやらもう寝てしまったらしい。
「……お休み」
シュウはリットに一声かけると目を閉じた。
すぐに睡魔がやってきて、あっという間に眠りに落ちていった。
その背後で、リットが身じろぎをする。
「あなたなら、きっと……」
◆◆◆
目が覚めた時、最初に感じたのは柔らかさだった。
「んぅ……」
思わずぎゅっと抱きしめると、それは小さく声を上げる。
いい匂いがした。
このままずっと抱きしめて眠っていたい。そんな衝動に駆られる。だが、今日は朝からギルドに行かなければならない。出なければ文無しのまま過ごすことになってしまう。
瞼の裏に感じる朝日に仕方なくシュウは瞼を開け、
腕の中で顔を真っ赤にさせているリットの瞳が目に入ってきた。
「……」
真紅の瞳は憤怒に燃え盛り、金糸のような髪は電気を帯びたかのように逆立っている。あと、顔は耳まで真っ赤だった。
マジで噴火する五秒前の様だったが、いつまでも見ていたいと思えるくらいに綺麗だった。
「いつまで抱きしめているんですかっ!」
「うおっ」
腕の中のリットが顔に向かって殴りかかってくる。
シュウはそれを背後側に向かって横ロールし、ベッドの端で勢いをつけて飛ぶ。空中で半回転し、足から床に着地する。
「危ないじゃねぇか!」
安堵のため息とともに見上げれば、ベッドの上に仁王立ちするパジャマのリットがこちらを見下ろしている。
未だ顔は真っ赤で、目じりには小さな涙を溜めている。
そんなに恥ずかしかったのか?
「ちょっと! 避けないでください。拳が当たらないじゃないですか!」
「痛いとわかってて避けない奴があるかよ!」
お互い臨戦態勢のまま、視線で火花を散らし合う。
と、その時廊下へと続く扉が開かれた。
「シュウさん? 朝ごはんの用意できてる……よ?」
扉を開けて顔を出したユーリが部屋の中を見て硬直する。
パジャマ姿の二人。
片やベッドの上で顔を真っ赤にさせ、目尻には涙を浮かべた少女。
片や床の上で少女を見上げる青年。
そして寝た時は別々の部屋にいたはずの二人。
「えーっと、そのおじゃま、だった、かな?」
「ちっ、違います! ユーリ、あなたはなにかとてつもない誤解をしていませんか!?」
「そ、そうだ! 昨日の晩俺たちは一緒に寝ただけでっ……!」
「一緒に、寝た!?」
シュウの言葉に一瞬で顔を真っ赤にさせるユーリ。
孤児院育ちの割に耳年増というか妄想たくましい少女であった。
「あなたはもうそれ以上何も言わないでくださいっ!」
幼いユーリの予想外な反応に気を取られていたシュウだったが、その耳に何かが風を切る音が聞こえてくる。反射的に振り向くと、そこには綺麗にそろえられたつま先があった。
意識が暗転する。
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