第11話 報酬


 街へ着くころには陽が傾き始めていた。

 思ったよりもずっと森の奥深くへと入っていたのだ。地竜との戦闘で気が付かないうちに入り込んでしまったらしい。

 右手に地竜の牙を抱えたまま、朝に出発した南の門を見上げる。隣ではリットが肩で大きく息をしている。多少は鍛えていると言っても後衛職に森からの走行はかなりきつかっただろう。何より―――


「うぅ、お腹がすきました……」


 街門の外には無数の露店が並び、そこかしこからいい匂いが漂っている。

 一瞬、手の中にある牙を売って食料にしてしまおうかと考える。地球でも象牙なんかはいろいろな使い道のせいで昔から高価だった。この世界でもきっと高く売れるだろう。

 とはいえ、これは地竜を倒したという証拠物件だ。こんなところで売るわけにはいかない。

ちなみにあたりを見渡してみたが、今朝この辺にいた屋台の親父の姿はなかった。もう店じまいしたらしい。


「もうちょっとの辛抱だ、早くギルドに行こう」


 二人は足早に街門を抜けた。

 夕暮れも間近な街中は、早朝とは違った賑わいを見せていた。


「えーと、ギルドはどっちだったっけ?」

「こっちですよ」


 そういって、リットが持ち前の記憶力でシュウの前を歩き出す。

 シュウの目の前で、白い帽子がぴこぴこと揺れる。二人の身長差のせいで前を歩かれると、ちょうど帽子しか見えなくなるのだ。

 だが今日、この帽子に隠れた頭脳によってシュウは命を助けられた。

 リットが地竜に対抗できる武器を知っていなければ、あの場所で物言わぬ屍となっていたのは二人の方だろう。

 できるだけ早く、もっとたくさんの武器を知らなくてはならない。

 そう、シュウは心の中で焦るのだった。


「どうしたんです、難しい顔をして」

「いや、何でもない。中に入ろう」


 すでにギルドは目の前だった。

 中へ入ると相も変わらず酒場の方は盛況だった。むしろ朝よりもずっと混んでいると言っていい。


「朝混んでる方がおかしいのか」


 本来であれば朝から一杯やっている方がおかしいのだ。それに比べて稼ぎ終わった後に夕食で一杯やるのは実に健全―――いや、明らかに朝見た顔が幾つかある。

 だが彼らは自分で稼いだ金で酒を飲んでいるのであって、シュウたちは自分の金すらない状況だ。

 やれやれ、とため息をついて二人はカウンターへと向かった。

 そこには朝と同じ受付嬢がまだいた。早朝からこんな時間までずっと働きっぱなしなのか、と思いながらも声を掛ける。


「あの、すみません」

「はい、あら? 今朝登録された方ですよね……って、どうしたんですか!? すごいボロボロじゃないですか」


 最初は業務的に対応しようとしていたようだったが、シュウの服がズタボロになっているのを目にとめて、声を上げた。

 そう、リットの魔法はけがは治せても当然服は治せない。衛士の人たちから厚意でもらった大切な服だったが、今では浮浪者の方がましな服を着ているレベルの惨状だった。門番の衛士からも止められこそしなかったものの、かなり不審な視線をぶつけられていた。


「ケガとかは大丈夫ですか?」

「ええ、連れが魔法を使えるんで何とか」

「あぁ、確か神官の……。森で何かあったんですか?」

「あぁ、それがですね」


 受付嬢に尋ねられ、シュウは森に入ってからのあらましを説明する。

 話が進むにつれ、徐々に受付嬢の顔がこわばっていく。


「それで、これが地竜から切り取ってきた牙なんだけど」

「こ、これが地竜の牙……!」


 シュウが無造作にカウンターに置いたそれを、受付嬢は宝物でも取るかのようにして持ち上げる。


「なぁ、なんか様子がおかしいんだけど?」

「それは、10年前に子供だった人から見れば、伝説のアイテムみたいなものですからね」


 カウンターの背が高く、背伸びをしてようやく受付嬢の顔を見ているリットに尋ねれば、さもありなんという表情をされる。


「私からしても、いきなりそんなもの出されたら同じように扱うと思いますよ? まぁ今回は殺されかけてるのでそんな気は起きないですが」


 そういって肩をすくめる。

 確かに目の前の受付嬢さんは見た感じ20代前半と言った感じだった。

 おそらく10年前魔王が倒された時はまだ子供だったはずだそう考えればこの態度もわかるというものだ。


「ちょっと、お待ちくださいね」


 しばらくの間、いろいろな角度から眺めていた受付嬢だったが、やがてカウンターの裏からルーペのようなものを取り出す。


「あれは、鑑定系の魔法がかかったルーペですよ。めちゃくちゃ高いんです」


 鼻息荒くリットが目を輝かせる。

 何、あんなのが欲しいのか?


「おおおぉ!」


 リットの興味の対象がいまいちよくわからないシュウだったが、目の前で受付嬢が興奮気味に声を上げたことで視線を戻した。


「た、確かにこれは地竜の牙で間違いないようです。ですが、本当に地竜がこのエルミナの街の近くに出たんですか?」


 牙を本物だと認めたものの、エルミナの近くにそんな魔物が出たことに受付嬢は疑問を隠し切れないようだった。


「嘘だと思うなら今から森に行ってみればいいです。まだ死骸が残っているはずですから」

「うーん、それもそうなんですよね」

「どうしたのです。騒がしいですよ」

「あ、副支部長」


 厳しめの声を掛けてきたのは、見たところ30代くらいの痩せぎすの男だった。

 受付嬢の言葉から察するにこのギルドの副支部長なのだろう。だが男は特にシュウたちに対して自己紹介をするつもりはないようだった。

 その男が見下すような視線でシュウとリットを眺めた後、受付嬢の手に握られている物を見て目の色を変えた。


「お、おい君、それは何だね!」

「あ、これですか? 今こちらの方たちが持ってきてくれまして……地竜の牙らしいんですが」

「ちりゅ……!」


 叫びそうな口を副支部長が自分で抑える。


「……それは本当なのか?」

「本当です、嘘だと思うなら西南の森の川沿いに探してみてください。荒らされた場所が見つけられるはずです。その近くにまだ地竜の死骸があるはずですから」


 カウンターに身を乗り出しながら、リットが強く主張する。

 それに対して副支部長しばらく何事か考えていたようだったが、


「もしこれが本当に地竜の牙なら……地竜が街の近くに出現したというなら確認の調査の必要がありますね」


 副支部長が冷たい視線を二人に向けてくる。


「この牙は我々エルミナ支部にて証拠品として預かります。また、混乱を避けるために地竜の事は口外しないように」


 それだけ言い残すと、副支部長はさっさと奥の部屋へと戻ろうとする。


「お、おいちょっと待てよ!」

「……まだ何か?」


 焦ってシュウが呼び止めると、副支部長は迷惑そうな顔を隠すこともなく振り返る。


「それは俺たちが苦労して討伐した地竜の素材だぞ。タダでもっていかれたら困る」

「これは緊急事態の調査のために必須の物なのです。ご理解いただきたい」

「なら今すぐそれを売却しましよう。地竜の一部ならそれだけでも結構な額になりますよね」


 タダでもっていかれそうになっていることに憤りを感じながら、二人が口々に喋ると、副支部長は「チッ」とあからさまな舌打ちをして、


「おっしゃる通り本当に地竜の一部ならかなりの額になるのですよ。ですからすぐにこれの代金を払うことはできません。これが本物かどうか、どこかからあなたたちが盗んできた物とも限りませんからね」

「疑ってるのか!」

「当然の疑問だと思うのですよ」


 副支部長の言葉に歯噛みする。

 確かに副支部長の言葉にも一理ある。登録したてのギルド員が伝説の魔物を狩ってきました、なんて言われてホイホイ信じる方がどうかしている。


「さっき、そちらの受付嬢さんがルーペを使って鑑定していましたよ。結果が正しかったから受付嬢さんも驚いていたのでは?」

「貴族の間で取引されている魔物の素材はあんな簡易版の鑑定ごとき簡単に騙せます。あなたたちがどこかの貴族の館から盗んできた可能性がある以上、その程度の結果は証拠にできませんよ」

「むっ……」

「とはいえ、このままではあなたたちも引っ込みがつかないでしょう。シルヴィアさん、こちらの方から詳しい調書を取ってください。地竜の死骸の場所も含めてね。調査費として2000ユエル出しておきなさい。あとで承認しておきます」

「あ、ちょっと待てよ!」

「コレの代金は調査が終わり次第お支払いしますよ。適正金額をね」


 それだけ言い残すと副支部長はもうシュウたちにとりあうことはなく、奥の部屋へと入っていった。


「えーと、色々すみません」


 そう言って頭を下げたのは受付嬢―――シルヴィアだった。その顔にはすまなそうな表情が浮かんでいる。


「副支部長は何というか、あまりギルド員の人にいい感情を持っていないみたいで。いつもあんな態度なんです」


「ギルドの副支部長なのに、ですか」

「だからこそ、かもしれませんね。彼の世代ではまだギルド員がとても活躍していた時代ですから」


 そういってカウンター越しに酒場の方を見る。

 そこにはいまだ酒瓶を片手に盛り上がる大勢のギルド員たちがいる。


「当時は魔物から人々を守り、危険な場所に分け入って貴重な素材を回収してくる。物語に出てくる冒険者そのものだったギルド員たちでしたが、今ではそれもただの日雇い労働者です。その現状にあの人は納得がいっていないようなんです……」


 どうやらギルド員の世間的な評価は引きニートとそう変わらないらしい。


「それを差し引いてもさっきのあいつの眼、かなり不穏な雰囲気だったが……」

「それも……ちょっと色々ありまして」


 シルヴィアが今度は困ったような笑顔を見せる。こちらは話したくなさそうな雰囲気だ。ギルド内部で何か起こっているのかもしれない。

 シュウはそこに踏み込むのはやめることにした。


「ただ、あれを持っていかれるとなぁ……」

「あ、それに関してはこちらで何とかします。すぐにお渡しできるのは今話があったように、調査費として2000ユエルですが、あの牙はこちらで何とか代金を支払えるようにしますので」

「……わかった。あんたを信じるよ」

「そういっていただけると助かります。申し遅れましたが私、当ギルドの受付を担当させていただいております、シルヴィアと申します。これからよろしくお願いします」


 ほっとした表情でそういって、シルヴィアは頭を下げた。

 ひとまずシュウは調査費を受け取るため、シルヴィアの調書作成に答えていく。時折隣にいるリットも補足してくれるが、基本は暇を持て余していた。


「なぁ、あんたは魔王が復活した可能性はあると思うか?」

「魔王ですか? それはないと思いますよ」


 一通りを話し終えた後で、シュウは魔王復活の可能性について聞いてみたが、返ってきたのは笑い交じりの言葉だった。


「10年前、魔王が倒された時も散々生き残っている可能性や復活の可能性について議論や調査をされましたが、各国が出した結論は魔王の完全討伐でしたから」

「……なるほどな」


 今話したとしても信じてもらえるとは思えなかった。

 きっとリットも同じような反応を返されてきたのだろう。

 そのリットはと言えば近くの椅子でぼんやりとしていた。



「……もっと騒ぐかと思っていたよ」

「何を言っているんですかあなたは?」


 リットにそういうと、じとっとした視線を返された。


「喧嘩っ早い自覚ある?」

「調査が終われば払う物は払うと言っているんです。暴れてすぐ出てくるならそうしますが、待っていた方が得策でしょう」


 確かにそれもそうだ。

 シュウも納得して頷いた。

 ちなみに受付時にギルドからレンタルした薬草採取用の籠は、森の中にそのまま置いてきてしまったのだが、弁償は森の調査が終わってからでよいこととなった。


「おおよそ分かりました。ではこちらが報酬となります」


 そういって差し出された金を受け取る。


「魔王に関しては抜きにしましても、この状況が事実ならばかなりの緊急事態となります。今夜中には調査が終わるでしょうから、明日の昼過ぎにでも一度ギルドへ来てみてください。その際に牙の報酬なども渡せるかと思います」

「分かった。明日の昼以降にまた顔を出してみるよ」


 必要なことを終え、二人はカウンターを離れた。


「さて、それじゃあ行くか」

「はい、行きましょう」


 頷き合って二人は歩き出す。


「「夕飯だ!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る