第10話 決着
振動が地面を伝ってここまで届いてくる。
リズミカルなものではなく、まるで駄々をこねる子供のような、あるいは苛立たし気な足音だ。
数秒の間もなく、地竜はシュウたちの下まで来るだろう。
だが、ここで待っている理由ももうない。
シュウは手のひらを前に掲げて叫ぶ。
「来いセンティピード=ロード」
手の中に光が収束し、次の瞬間には手の中にずっしりとした重みが加わる。
手の中に現れたのは、シュウの身長ほどもある巨大な剣―――
「いや、チェーンソーか?」
本来刀身があるべきところには、白い無数の小さな棘のようなものが飛び出すようについており、それらは剣に魔力を流すことで高速で回転した。柄から本体にかけては黒く、ところどころに赤黒い、血管のようなものが浮き出て脈打っている。10人中10人が見て、間違いなく呪われた剣だと思うだろう。
この剣の成り立ちを知ってしまったシュウとしては、それも当然かという思いだった。
「シュウさん、その剣……」
「わかってるよ。できるだけ早く終わらせてくる」
心配そうな声を上げる後ろのリットにそういうなり、シュウは駆け出した。
右手に持ったセンティピード=ロードを、背中に隠すようにしながら全速力で木々の間を駆け抜ける。密集する木々の間を駆け抜けている間、手に持ったセンティピード=ロードの脈動が激しくなってくるのを感じる。
開けた空間に飛び出したのはその脈動が一番大きくなった時だった。
「うおおおおおおおおおお!」
目の前に突然現れた壁のような存在―――地竜を前に咆哮するシュウ。
シュウが飛び出したのは、地竜が暴れまわって出来上がった空間だった。そうとう暴れまわったらしく、先ほどの河原同様まるで地面が掘り返されたような惨状だった。
そんな空間に飛び出したシュウの気配に気が付いたのだろう。地竜の黄金の瞳がぐりん、とシュウを捉える。
そしてそのまま、突撃。
真正面から地竜がこちらへ向かって突進してくる。
その出がかりを認めたシュウは一直線に進めていた脚を直前で地面に叩きつけ、足裏でしっかりと地面をつかむ。地竜へとまっすぐに向かっていたベクトルをわずかに修正し、直進してくる地竜の側面を通り抜けるように回避しようとする。
回避は、わずかな差で間に合った。
鼻先数ミリのところを地竜の分厚い皮膚が通り過ぎていく。さっきは全く歯が立たなかった分厚い装甲。だが、今度は通る。
「うおおおおおおおお!」
再びの咆哮。
手の中のセンティピード=ロードが一段と激しく脈打ち、サイズにからは考えられないほど静かに、かつとんでもないスピードで刃を回転させる。
その刀身を、目の前で通り過ぎていく地竜の無防備な脇腹へと叩き込む。
「GYAOOOOOOOOOO!?」
直後、地竜が絶叫を上げ激しく身を震わせながら身をよじる。
数メートルの間合いを取って、再び向かい合った。
正面にいる地竜の脇腹からは、未だどくどくと大量の鮮血が溢れ出している。致命傷には至らなかったようだが、かなりの深手を負わせることができたようだ。
「……よし」
この剣でならば、戦える。シュウはそう確信した。
―――殺せ
その次の瞬間に、胸のあたりにどす黒い殺意が一瞬満ちる。それは腕を伝ってセンティピード=ロードから流れ込んできたものだ。
「焦るなよ……」
言い聞かせるようにつぶやく。
センティピード=ロードは100年前、とある狂気の鍛冶職人が生み出した正真正銘の魔剣らしい。町が襲われ、目の前で家族を貪り食われ、そのあと町に転がっていた住人たちの死体を素材にして生み出されたのだ。センティピード=ロードの刀身にあたるチェーンソーの棘は、その住人たちの骨でできているのだそうだ。
剣は地竜に対して特効性を持つ。単なる切れ味の問題ではなく、剣に宿る怨念が地竜と相対した時に攻撃威力を劇的に上げる。反面、使い過ぎれば使用者は怨念にとりつかれ地竜を狩る殺戮マシーンと化してしまう。伝承の通りなら元の使用者も最後はそうなってしまったらしい。
「GULULULULU……」
地竜が痛みを紛らわすかのように前足で地面を掻く。
一瞬の思考から戻ってきたシュウは、目の前の地竜に改めてセンティピード=ロードを両手で構える。
さっきは躱しながらで、体勢も万全ではなかった。今度はしっかりと、当てる。
「GYYYYOOOAAAAA!」
一瞬にして空中に土でできた槍が形成され、ロックニードルが打ち出される。
わずかな時間差を持って次々に打ち出されるそれを躱してシュウは地竜へと迫る。一本一本が致死性の攻撃力を持っており、どれもがとんでもない速度で飛んでくる。
それをシュウは最小限の動きのみで躱し続け、地竜の眼前へと躍り出た。
「はぁっ!」
袈裟懸けに振り下ろされたは、顔をかばって突き出された地竜の右前脚に弾かれた。シュウは弾かれた勢いをそのままに、体を回転させると、そのまま右前脚を斬り飛ばした。
「GYUOOOOOOONN!」
痛みに咆哮を上げながらも、地竜は体を勢いよく回転させ、鞭のようにしなった尻尾で打ち据えようとする。
とっさに背後へ飛んで躱したシュウだったが、そこへ狙いすましたタイミングでロックニードルが飛来する。これは躱せない。
「くっ」
シュウはとっさに巨大な剣の腹を盾にする選択をする。
センティピード=ロードにぶつかったロックニードルが大きな音を立てて激突した。手にかかる衝撃は一発一発が大槌で殴られたかのようだったが、どうにか防ぎきる。
「GURULOOOOOOOO!」
「っ!」
ロックニードルを防いで一息つく間もなく、剣を下げるとそこには猛然と迫りくる地竜の姿があった。
乱杭歯の並ぶワニのような巨大な頭が迫る。
しかしシュウはそれを避けようとはせず、前進。
そして加速。
一気に目の前が地竜の咢でいっぱいになる。
その凶悪な咢が閉じようとする寸前、シュウは頭の上へと跳んだ。大きな音を立てて閉じる咢を下に見ながら、山なりの軌道を描きながらシュウは地竜の頭頂部へと向かい―――ちょうど目と目の間にセンティピード=ロードを突き立てた。
「GYUAAAAAAOOOUUUUUU!」
足もとで地竜が苦鳴を上げる。
「このっ、まだ死なねぇのかよ!?」
同時に頭を大きく振ってシュウを落とそうとする地竜。対してシュウは、突き立てたセンティピード=ロードに捕まってなんとか振り落とされないようにするのがやっとだった。それでもなお突き立てられた刃は回転することをやめず、地竜に苦痛を与え続けている。
「GURUOOOOOOO!」
いつまでたっても苦痛が止まないことに業を煮やしたのか、地竜は新たな行動に出た。
「うおい! それはやばいって!」
頭を大きく振るのをやめ、体ごと―――そう、小山のような体ごと横に回転を始めたのだ。
このままでは地竜の頭に押しつぶされる。とっさにセンティピード=ロードを引き抜こうとするシュウだったが。
「ぬ、抜けない!?」
刃が硬い地竜の頭にがっちりと食い込んだのか、抜けない―――あるいはセンティピード=ロードの方が抜けることを拒んでいるのか。
そしてその一瞬はシュウにとって大きな失点となった。
「うぐっ……!」
横に景色が流れた、そう感じた瞬間に目の前が真っ暗になった。体にかかるとてつもない重量感、体の骨がいたるところでみしみしと悲鳴を上げているのがわかった。
その一瞬が過ぎると、気が付けばシュウは空を見上げていた青い空には雲一つ浮かんでいない。なぜ自分の正面に空があるのか。それを理解するのに時間を要した。
「生きてる、な。俺……」
あの質量体に押しつぶされて生きているのは奇跡か、女神の加護によるものか。
「GYAOUGYUOOOAAAA!」
ふと、地面を伝ってくる振動の発生源に目を向ければ、そこではいまだにのたうち回る地竜の姿があった。その眉間には今もセンティピード・ロードが食らいついたまま離れないでいる。押しつぶされた時に手を放してしまったものの、剣自体は抜けることなくそのまま残ってしまったようだ。
「……今が、最後のチャンスかな」
シュウはボロボロの体に力を入れ、どうにかこうにか身を起こす。
起き上がるとき、右腕に激痛が走った。見れば腕が半ばからあらぬ方向に曲がっている。だが、他に痛みを感じる場所もない。あんなボディプレスを受けてこの程度の傷なら安いものだろう。
「リットが治せればいいけど」
痛みをこらえながら歩き出す。
はじめはゆっくりと。
体の中を巡る血流を感じながら速度を上げていく。
「うおおおおおおおお!」
速度が頂点に達し、気勢を上げたシュウに地竜が振りむいた瞬間。
シュウは地竜に向かって跳躍した。
どんな生物だろうが普通は脳を破壊されれば死ぬ。
あの地竜がまだ死んでいないのは、分厚い皮と固い頭蓋によって刃が脳まで達していないから。そして微かに見える傷口が竜の自己治癒力による修復とセンティピード=ロードの破壊でせめぎ合っているのだ。
この均衡を崩し、脳まで刃を届かせれば勝てる。
そうシュウは確信した。
だから―――
「いい加減、死ねぇぇぇぇぇぇ!」
地を蹴った左の軸足を微かに折り曲げ、右の足はまっすぐに延ばす。
眉間に突き刺さる、センティピード=ロードの柄へと。
足裏が柄を捉える。
手を離れてなお回転し続けていた刃が、押し込まれたことによってついに地竜の硬い頭蓋を破った。回転刃は頭蓋内を蹂躙する。
反動で地面に転がったシュウは、その様を尻餅をついてみていた。
「GUUUUUOOOOOOOOONNN!」
地竜がひときわ大きな声を上げ―――地に臥せる。
ずっと目の中にあった怒りの色が消えていく。
「お、終わった……」
物言わぬ屍となった地竜の姿を見て、肺にため込んでいた空気と一緒に絞り出す。
体が求めるままに地面にあおむけに横たわった。空の青さに目を細めた後、視界が暗くなっていく。
シュウは抵抗することなく、そのまま意識を手放した。
◆◆◆
シュウは自分が眠っていたことに気が付いた。
地竜との戦いの後、緊張感からの解放で一気に力が抜けてしまったようだ。起きなければ、と思う反面まだこのまま目を閉じてじっとしていたいという思いが後ろ髪を引く。
暖かい日差しも、森を吹き抜ける風も、頭の後ろに感じる枕の柔らかさもまだ眠っていろと言っているかのようだった。
柔らかい枕?
そこまで考えて、自分がなぜ柔らかい枕を頭の下に敷いているのかという疑問を覚える。今いるのはさっきまで地竜と戦っていた荒地のはず。ではこの頭の下にある暖かくて柔らかいものは、なんだ。
「あ、気が付きましたか。シュウさん」
目を開けると、気を失う寸前に見た青空をさえぎるようにしてリットの顔があった。金髪が陽光に透けてきらきらとして綺麗だった。真紅の瞳を見ながら、ぼんやりとそんなことを思う。
「リット―――リットッ!?」
「うわっ!?」
ごちん、と音がして目の前で星が散る。
ぼんやりとしていた頭が覚醒し、思わず反射的に体を起こしたシュウとリットの頭が激突したためだ。
「いたたた……」
あまりの痛みに右手で額を抑える。少し腫れてしまっているかもしれない。痛む額をさすっていると、あることに気が付いた。
「うぐぅ……シュウさん、痛いじゃないですかぁ」
「なぁ、リット」
「うぅ、なんですか?」
「右手、治してくれたのか?」
ぽっきり折れていたはずの右手が、しっかりとくっついていた。それだけではない、体中のいたるところにあった擦り傷切り傷もきれいに治っていた。
「治しましたよ? 治しちゃいけませんでしたか」
「いや、そんなことはない! ありがとう! ただ、やっぱり魔法はすごいなって思ってさ」
「そうですか?」
そんなことないと思いますけど、と首を傾げる姿を前にして改めて魔法のすごさを実感した。
「俺、どれぐらい寝てたんだ?」
「ほんの数分ですよ。急に静かになったので、様子を見に来たら……」
そういって視線で指し示した方向を見ると、そこには地竜の死骸がある。物言わぬ姿になって、余計に大きく見える気がした。
「これ、どうしようか」
「捨てていくなんでとんでもありません! 地竜はどの部位も結構いいお金になるはずですから」
「でもなぁ……」
立ち上がって、地竜の死骸を見上げる。
そう、熊などとは比較にならないほどに地竜の死骸は見上げるほどに大きい。解体ナイフを使えば一応解体は可能だろうが。
「どうやって持って帰る?」
「……残念ですね。しかし、こんな町の近くに魔物が現れているのがまずいので、すぐにでも街に戻って報告した方がいいでしょうね」
リットのいうことももっともだ。
絶滅したはずの魔物がこんな街の近くに出現するなど異常事態だ。
魔王復活の線も含めて早く報告して、国に動いてもらうのがいいだろう。
「魔物っていうのはこういうやつばっかりなのか?」
「いえ、地竜はかなり上位の魔物です。魔物にはいくつかの等級があります」
リットの説明によると魔王を頂点とした等級のピラミッドがあるらしい。
幼竜級・成竜級・古竜級・神竜級そして魔王こと魔竜王。
「この地竜は等級でいえば古竜級になります」
「もしかして、魔物って竜しかいないのか?」
「そうですね。先代の魔王は竜種でしたから。遥か昔にはもっといろいろな魔物がいたという書物も見たことがありますが。少なくとも現存している魔物は竜種だけと言われています」
魔物と言われると水滴型のゼリーを思い出すシュウとしては少し残念だった。
「各等級を軍に例えると、幼竜級が兵隊、成竜級が隊長、古竜級で将軍、神竜級が王クラスの力をもつと言われています」
「その古竜級がこんな街の近くに出たなんて、信じてもらえるのか?」
「……なにか証拠が必要でしょうね。これなんてどうです?」
そういってリットが示したのは、ワニ顔の下顎から生えている大きな牙だった。確かにこれなら持っていけば信じてもらえるかもしれない。
「よし」
シュウは再びセンティピード=ロードを呼び出した。気絶した時に一度消してしまっていたのだ。
刃を回転させると牙の根元にそっと当てる。
センティピード=ロードは火花を散らしながらゆっくりと牙を斬っていく。
「これじゃ本来の用途通りに使ってるみたいだな」
牙を切り取ろうとしている自分の姿が、まるでチェーンソーで木を切ろうとしているところに思えて少し笑えてしまう。
切り出した牙は、リットの腕ほどの大きさがあった。こんなもので噛まれれば大きな風穴があいてしまうだろう。
「とりあえずはこれで……ってどうしたリット?」
「シュウさん……」
街へ戻ろうとリットに声をかけたシュウだったが、その姿に違和感を覚える。リットは森の奥を指さして固まっていた。
森の奥、未だ木々が分厚いカーテンを作っている方を見てみると、薄暗い森の奥からいくつもの気配を感じる。見えるところには何もない。だが間違いなく何かが近づいている。そしてそれは一匹や二匹ではない。
シュウの脳内で特大の危険信号が鳴る。
「逃げるぞ!」
「は、はい!」
見える範囲には何もいなかった。おそらく地竜との戦闘音を聞いて集まってきたのだろう。もしまた熊みたいな生き物ならまだいいが、もし魔物だった場合、リットを見られるとまた追いかけっこになってしまう危険がある。それだけは勘弁だった。
二人は全力で街へ向かって走り出した。
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