第7話 薬草
一時間後、二人は門の外にいた。
とはいえ、ギルドからここまで来るのに一時間かかったというわけではない。依頼を受けると決めた二人は、それから図鑑を借りて受付前で読み込んだのだ。今回の依頼対象の薬草以外にも、単体で買取を行っている薬草はいくつもあったのだ。
そこで意外な特技を見せたのがリットだった。
「このくらい、すぐに覚えられますよ?」
そう言って、当然でしょう? みたいな顔をしている。
本当にあっという間に覚え始めたので、図鑑の暗記はリットに任せてシュウは森についての情報を集めることにした。
そして最後にギルドから無料で借りた籠を背負って、二人はギルドを出た。そのいで立ちははたから見れば、確実に近所の山に山菜取りをしに行く風体だ。だが街の中には剣を背負った剣士風の人もいれば、近隣の村からの出稼ぎだろうか。野菜を背負った農民のような人の姿も見える。二人の姿はそこまで浮いていなかった。
ギルドを出て、大通りをずっと南下していくと、巨大が門が二人を出迎えた。街を囲む巨大な外壁の南側の門だ。開かれた門は人がひっきりなしに出入りしていた。門の脇には衛士が立っていたが、特別なチェックはなく、怪しい人がいないかどうかチェックだけをしているようだった。
門を出てすぐの所には無数の露店が並んでおり、賑わいを見せていた。そのにぎやかさは街の中で通り過ぎてきた市場などと比べると、雑多で粗野な感じがしたがこれはこれで面白い。
「……」
「おい、行くぞ」
露店の前で立ち止まっているリットに声を掛ける。
「わ、分かっています。わかっていますが……!」
「わかってんなら早く来いよ!」
露店の前でよだれを垂らさんばかりにしているリット。その視線の先では、焼き鳥のようなものが串に刺さった状態でじゅうじゅうと音を立てて焼けている。その向こうでは露店の親父が困ったような顔をこちらに向けてくるのが恥ずかしかった。
「あー、嬢ちゃんたちはギルド員かい?」
「はい、これから薬草採取の依頼で森へ行くんです」
仕方ないといった様子で声を掛けてきた親父に、リットの目線は露店の焼き鳥から一切目が離れていない。
「そうかい。俺も昔はそうだったんだが膝にケガをしちまってな」
「矢でも受けたのか?」
「何を言ってるんだ? 崖から落ちて大けがしちまったんだよ」
地球流の冗談はさすがに通じなかったようだ。
「それ以来時々膝が痛むんでな。仕方なくこうして露天商に鞍替えしたってわけさ。まぁこれも何かの縁だ。一本ずつ持っていきな」
「いいんですかっ!?」
「お前は少しは遠慮しろ、恥ずかしい!」
目を輝かせるリットの頭を頬を染めたシュウがはたく。
「ははは。仲がいいんだな。ほらよ、焼き立てだ」
「……すまない、報酬が入ったらまた買いに来る」
親父が差し出した串を受け取るか悩んでいたシュウだったが、腹の方は素直で大きな音を立ててアピールしていた。仕方なく礼を言いながら受け取った。
一方でリットは満面の笑みで親父から串を受け取り焼き鳥の様な肉を頬張っている。
「これ、おいしいですね! 親切なおじさんにどうか女神セレナの幸福がありますように」
串を露店脇のごみ箱に捨てて、口をもごもごさせながらリットが胸の前で組んで言う。どうやら祈りを捧げているようだ。
「ああ、嬢ちゃん巡礼神官なのかい? ありがとうよまた来ておくれ」
「はいっ、必ず寄らせていただきます」
リットが大きく頭を下げて礼を言う。シュウもそれに習うと、二人は歩き出した。
「ん? 膝の痛みが治まった?」
背後から何か聞こえてきたがそれには振り返らなかった。
「さて、こっちだな」
二人は壁に沿って西へと向かう。最初のうちはいくつもの露店が並んでいたり、野宿をしているのかテントが幾つか張られていたが、それもなくなっていく。
しばらくすると、街から南西側―――草原の向こうに黒々とした森が見える。
「あの森ですね」
森を見てリットは籠を背負いなおす。身長が低いため、まるで籠に背負われているようにも見えた。
壁から離れて草原を進む。
辺りは見晴らしがよかった。正面の草原向こうには黒々とした森がある。左手南側はずっと遠くまで草原が続いている。対して右手北側は大きな険しい山がそびえ立っていた。聞いたところによると、あの山脈の向こう側にこの国の王都があるらしい。
草原は歩きやすく、思ったよりも時間をかけずに森の入り口までたどり着くことができた。
木立の隙間から覗き見てみるが、木の葉が日光をさえぎってあまり奥までは見えない。森の奥からは冷たい空気が流れ出しているような気がして、何となく足を踏み出すのをためらわれる。
「なぁ、リットはこういう森には入ったことあるか?」
「……正直ないですね。ですが本で読んだことはあります。知識は十分ですから、任せてください」
シュウの発言を聞いたリットが前を歩き出す。その背中には頼ってくださいと書いてあるように読めた。
だが、
「まぁ待て待て。こんな時にちょうどいいものがあるんだ」
「ちょうどいいもの? なんですか?」
「これだ」
そういって何も持っていなかった手の中に鎌―――草刈り鎌を召喚する。
「え? え?」
「これを使って背の高い草と木の枝を払って行こう」
「い、いや。ちょっと待って下さい。今、どこから出したんですか!? 手品ですか!?」
リットが草刈り鎌を指さして目を白黒させている。
「これは俺のギフトだ。『刀剣召喚』っていう色々な剣を召喚できるらしい」
「ぎ、ギフトですか? そ、それなら納得ですが……」
「やっぱりギフト持ちってのは少ないのか?」
「当然です。ギフトは女神様が授けて下さるものです。その人の前世か今世で何らかの形で女神様とつながりがない限りは授けられることはないと言われています。……いったいいつそのギフトを授かったんですか?」
「使えるようになったのはついこの間かな」
「ついこの間!?」
シュウに説明しながらも、リットは驚きを隠せない様子だった。
「今は戦争もほとんどないですし、教会関係者くらいにしかギフト持ちはいないでしょうね」
「そんなに珍しいのか」
「そう、ですね。あまり人には言わない方が……いいかもしれません」
「……わかった、そうする」
刀剣召喚についてそれ以上は何も言わず頷いて、シュウは歩き出した。
「……」
「どうした?」
背後で硬直したまま動かないリットに声を掛ける。
うつむいていた顔を上げると、その目が感情に揺れ動いているのがわかった。期待、懼れ、縋るような目。シュウの声に何か返そうと口を震わせていた。
「シュウさんは、『勇者』じゃないんですか?」
その口がようやく意味のある言葉を紡いで、出てきた言葉はシュウの予想通りの物だった。
だから、シュウも考えていた通りの言葉で返す。
「俺は『勇者』なんかじゃない」
「嘘です! 今の時代そんな強力なギフトを女神様から授かる人物なんて『勇者』しかありえません!」
「違うさ」
「何が違うっていうんです!?」
冷静に否定するシュウに対して、リットは目の色を煌めかせて言い募る。目の前の少女にとって『勇者』はずっと探し求めてきた相手だ、こうなるのも無理はないだろう。だが、シュウは『勇者』になるつもりも『勇者』になれるつもりもなかった。
「『勇者』っていうのが、誰かを助けられるヤツだからだよ。よく目の前の男を見て見ろよ。魔王を倒すつもりなんてない、ただの一般人だ。しかも無一文で前科持ちのな」
自嘲するかのように言い放つ。
そう言いながらもこうなる原因となった『まおうくえすと』のことを思い出す。
どうして勇者は魔王を倒しに行くんだろうか。
あのゲームの主人公は何度殺されても魔王を倒しに行った。それはきっと助けを求めるお姫様がいたからじゃない。そうできるだけの力があったからだ。
でも、シュウにそんな力はない。せいぜいこの世界に存在する剣を呼び出せるという地味な能力を持っているだけだ。
「俺の能力は地味だ。この世界に存在する剣を喚べるだけ。複数は喚べない。名前や姿かたちがわからないと喚べない。そもそも5人の勇者パーティで相打ちになるような魔王に一人でどうやって勝つんだよ」
「それはっ……そうですが……」
言葉に詰まるリットに罪悪感を覚えるが、これははっきりさせておかなければならない事だった。
「だからまだ勇者を探すんなら早く他を探しに行くんだな。俺じゃせいぜい野生動物から守ってやるのが関の山だからな」
「いえ……」
再び言葉に詰まったリットだったが、その目が先ほどまでと違っていた。
「だったら、倒せるだけの力が付いたら『勇者』になってくれますか!」
「は、はぁ!?」
再び、目が煌めく。
「結局、勇者として魔王を倒せる自信がないのが問題なんですよね。だったら、この仕事が終わったら図書館に行きましょう。なんなら西方辺境伯のお膝元まで行けばこの国最大の図書館もあります」
「お前っ、まさか」
俺を勇者に育てるつもりなのかっ、という問いは言い放つよりも先に眼前の少女の笑顔で肯定される。
「大体、私まだあなたを代わりの勇者にするって言ったのを取り消すつもりはないんです。ですから、協力してくれますよね」
そう言って、手を差し出してくる。
あまりにもあまりな論理に思わず絶句したシュウだったが、差し出された手が震えていることに気が付く。
ほんの少し、黙ってその姿を見ていたシュウは一つため息をつくとその手を握った。
「とりあえず、図書館には行くつもりだったんだ。この仕事が終わったら案内してくれ
」
「……! もちろんですっ」
「なんにせよ、まずはこの仕事を終わらせるぞ」
そう言って、シュウは改めて目の前の森と向き合った。
森の中は明らかに日常的に人が踏み入っている様子ではない。ところどころで背の高い草が生えており、進路を邪魔してくる。
シュウはそんな草に鎌を振り下ろす。
シュッ、っと風を切る音とともに、草が刃の触れたところから断ち切れる。
こんな形状だが、立派な魔剣なのだ。
銘はないが『進路を邪魔する草木に対して特効』という特別な能力がある。草刈りができる剣で探してみたところ、ちょうど1本だけ見つかったのがこの草刈り鎌だったのだ。こんな用途の剣が何本もあるとは思えないが。
進むにつれて、森の入り口が木々によって覆い隠されていく。帰り道を見失わないようにしなければならないだろう。近場の木に鎌を使って道順を記していく。
後ろから続いてくる足音は、悪路の割には軽いものだった。
「薬草、見つからないですね」
「さすがにこんな入口近くじゃ、街から探しに来たギルド会員に取られてるだろうしな」
もうすでに森の入り口は見えないが、それでもこの辺はまだ浅い部分だ。
「もっと奥に入らないといけないよな」
「奥ですか……あまり気乗りしないですが、仕方ないですね」
「この森って、何か生き物とかいるのか? 聞いて回ってみた限りだと危険な生き物はいないらしいけど」
人づてに聞いて回った限りではそう言った情報はなかった。図鑑の方に何か載っていなかったかと思い尋ねる。
「森の最奥まで行けば危険な獣の類はいるようですよ。熊とか蜂とか」
「なるほどな」
「狩りますか?」
しゅっしゅっ、と口で言いながらシャドーボクシングの様にジャブを繰り出すリット。
「いや、奥に行き過ぎると戻ってこれる気がしないからやめとこう」
「そうですか……蜂は結構お金になると聞いていたんですが、仕方ないですね」
なんでこいつ残念そうなんだ。
しゅんとうなだれたリットを見ると少し罪悪感を覚える。だが今は今日の晩御飯と宿代が先だ。
「それよりも薬草だけじゃなくて食えそうな木の実とかも探せよ。戻って報酬をもらうまでは何も買えないんだから」
「確かにそうですね。図鑑の内容は一通り覚えてきたので、よくわからないものは一度見せてください」
「お前、喧嘩っ早いわりに頭いいんだな……」
「ず、頭脳労働は得意なんです!」
ふん、とそっぽを向いて歩き出すリットだったが、その視線はしっかりとあたりの食べ物を探してふらふらとさまよっていた。
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