第6話 仕事


シュウはリットの後について歩いていた。

 しかしその足はことあるごとに止まってしまう。


「異世界だ……」

「何か言いましたか?」


 ポツリとつぶやくシュウに、リットが怪訝な視線を向ける。

 その視線に「なんでもない」と頭を振って再び続く。さっきから似たようなやりとりを何度も続けていた。

 何せシュウは夜に異世界へとやってきてからまっすぐに牢屋へ直行したのだ。筋肉もりもりマッチョマンに囲まれた上だったこともあり、街の景色はほとんど見えていなかった。

 今二人が歩いているのは街の中心部へと続く大通りの一本らしい。地面はしっかりと石畳で舗装され、道のわきにはいくつもの商店が立ち並んでいる。

歩いている人々も様々で、明らかに人間ではないものも多い。鱗を纏っている者、背中に大きな羽を背負っている者、乱杭歯の並ぶ大きな口を持つ者。服装も現代日本にいてもおかしくない格好の者がいれば、その隣では髪をとさかのように立て肩に硬質な棘付きパッドを装着している世紀末覇者のような人間もいる。


「ファンタジーだ……」

「もう、さっきからなんなんですか! おのぼりさんみたいで恥ずかしいのでやめてください!」


 何度もきょろきょろしているシュウにリットが怒り出す。

 その顔はわずかに羞恥で赤らんでいるようにも見える。


「いや、悪かった。俺、この街見て回るの初めてなんだよ」

「初めて? 記憶が戻ったのですか?」

「あー、そうそう。ついこの前まで東の方の島国の山奥に住んでてさ」


 とりあえず適当に東から来たと言っておく。


「東……島国……? そんなところありましたか? イーステンド大陸でしょうか」

「ああそうそう、多分それ」


 シュウが適当に頷くと、リットが疑惑の視線を強める。再び何か尋ねようとするリットだったが、シュウが今話したいのはそんなことではなかった。


「それよりもさ、さっきから見えてるアレ、なんなんだ?」

「アレって、まさかアレのことを聞いてるんですか?」


 出鼻をくじかれて不満げなリットが、指さしたのは街の建物群よりも頭三つ分は突き抜けて大きな建築物―――城だった。

 西洋風の石造りの城で、どことなく威圧されているように感じる。

 まだ城との間には建物が幾つも挟まっており、遠目に上の方が見えているだけのはずだが、それでも複数の尖塔と城壁が見て取れた。


「そんなことも知らないのですか。あれはこの街エルミナに住むこのあたり一帯―――南方領の取りまとめをしているガーシュイン南方辺境伯の城です」

「この街エルミナって名前だったんだなぁ」

「……そこからですか」


 そういってため息をつく姿からは、警戒の色は全く見えない。おそらくシュウのことはもうただの田舎者とでも思ってくれているのだろう。変に詮索されるよりはずっといい。


「エルミナはこの南方領では一番栄えている街です。人も物も全部がここに集まって、やがては王都へと流れていきます。それだけに仕事も多いはずですよ」

「それは助かるな」


 何しろシュウは完全に無一文。服ですら貰い物なのだ。前を歩くリットだって、状況は大して変わりない。

 労働への決意を固めながら歩き続けると、やがて大きく開けた場所に出た。


「ここが街の中央広場です。ギルドはこの向こうですよ」


 広場には種々雑多な人々が行きかい、円形の広場を形作る端には商店らしき建物が並んでいる。また、中央には噴水がありそれを中心にして組み立て式の露店が同心円状に並んでいる。

 ここは広場としてだけではなく、市場としても機能しているようだ。


「なぁ、アレ何だ?」


 そう言ってシュウが指さしたのは、広場の中央噴水の中にある大きな5つの石像だった。噴水はその足元から出ており、周囲では待ち合わせの若いカップルや子供たちが水遊びをしている。


「あれは、10年前魔王を倒した勇者様達ですね」


 近づいて見てみれば、石像はどれも武器を掲げ精悍な表情をしている。


「奥から順に『終末の魔女エマ』『爆砕者ヒロト』『幻惑の読み手マーリー』『炎狼の守護者ミナト』、そしてリーダーだった『滅殺剣セージ』ですね」

「なぁ、その名前にくっついてるのは何なんだ?」

「ああ、これはギルドに多大な貢献をした者に送られる二つ名ですよ。私達もギルドに登録して功績を認められれば付きますよ?」

「……いや、勘弁してくれ」


 あんな痛々しい二つ名はごめんだ。

 そう思って首を振るがリットは少し残念そうだ。もしかしてそういうのが好きなお年頃だろうか。


「……なぁ、あの剣実際に勇者が使ってた物と同じデザインなのか?」


 シュウが指さしたのはセージと呼ばれた少年が掲げた大きな両刃の剣だ。石像の顔の印象からしてまだ少年だろうその人物に、その剣は不釣り合いな気がした。


「うーん、勇者様達はほとんど単独で戦っていたらしくて、戦っていたのも当時激戦区で人が放棄した北方を本拠地にしてましたから一緒に戦った人は少ないんです。武器の種類はそれぞれ合っているとは思いますけど、デザインは創作でしょうね」

「……そうか」


 もし、魔王を倒した剣を召喚出来れば一発で片が付くかと思ったが、そううまくはいかないらしい。


「それよりもほら、あそこがギルドです」


 そういってリットが指さしたのは噴水の向こう側にある建物だった。


「って、あれ酒場じゃないのか?」


 入口から外にまであふれた客たちはテーブルだけではなく樽や木箱までもイスやテーブル代わりにして酒を飲んでいる。


「当たり前なのです。ギルドは日雇い労働者たちが仕事を求めてやってくる場所で―――大抵は出るころには酒代として稼いだお金をギルドに返してしまうのが常らしいですよ」

「とんでもないマッチポンプだな!?」


 驚いたシュウだったが、頭の片隅では上手いとも感じていた。働かせて稼がせて、稼いだ金はギルド併設の酒場で落とさせる、なんとも無駄のないシステムである。

 とはいえこれなら自分も仕事にありつけそうだ、とこっそり胸をなでおろす。

 異世界のギルドと聞いて、筋骨隆々のいかつい男たちが入ってくるなり、剣を片手にカツアゲでもしてくるのではないかと実は少し怖かったのだ。

 まぁこっちには女神からもらったギフトもあるのだが。


「とりあえず、入ってみるか」


 そう言って、二人はギルド内へと足を踏み入れる。

 中に入ると一気に喧騒に包まれた。ビールを注文をする声、喧嘩しているような怒号、仕事の成果を自慢し合う者たち……。そんなにぎやかなエリアとは対照的に、仕事の受付カウンターの方は静かだった。数人が固まって談笑しているだけだ。

 二人は当然ながら酒場のにぎやかなエリアではなく、カウンターの方へと向かった。


「いらっしゃいませ、ギルド・エルミナ支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 カウンターにいたのはまだ若い女性の職員だった。


「えっと、仕事が欲しいんですけど、どうしたらいいんでしょうか」

「ギルドは初めてですね? ではまずは登録からとなります。こちらをどうぞ」


 そういって差しだしたのは一枚の紙だった。日本にいた頃普通に触っていた紙に比べれば幾分ざらざらしている。そこには名前や連絡先、得意な技能などいくつかの記入欄があった。


「名前以外は書ける部分だけで構いません。読み書きが出来なければこちらで代筆も可能です」

「いえ、大丈夫です」

「そうですか、ではこちらもどうぞ」


 女神の加護のおかげで文字の読み書きは問題なかったので、首を振ったシュウに受付嬢は薄い冊子を差し出してきた。ところどころ擦り切れており、何度も読まれてきたことがうかがえる。


「こちらはギルドのガイドブックと規定一覧になっています。こちらをお読みいただいた上で、了承いただけましたら先ほどの紙に記入してこちらへお持ちください」


 同様の記入用紙をリットにも差し出して受付嬢が言う。

 二人は受付嬢に礼を言って、近くのテーブル席へと向かった。


「……なるほど」


 ガイドブックにはまず、ギルドで斡旋している仕事の大まかな内容が載っていた。その仕事はほとんどシュウが予想していたもので「何でも屋」と言うにふさわしいものだった。小さいものでは子守りから、大きいものでは傭兵のようなものまである。

 ただ一つ意外だったのは魔物の討伐の項目が上から二重線で消されていたことだ。


「なぁ、なんでこの魔物討伐って消されてるんだ?」


 隣で黙って同じく冊子を読んでいたリットに声をかける。


「何言ってるんですか? 消されてて当たり前じゃないですか。もう魔物なんていないんですから」

「は?」

「魔王討伐後、魔物は一気に数が減って、数年前に完全に絶滅させたじゃないですか」

「……すまない、ちょっと詳しく教えてくれないか」


 痛むこめかみを抑えながらそう言うと、リットは仕方ないですね、と言わんばかりの表情だったが教えてくれた。

 リットによるとどうやら魔物と言う存在は魔王が生み出していたらしく、10年前の討伐以降徐々に狩りつくされていったらしい。今では人の誰もいない秘境にいるかどうか、まるでUMAのような扱いだ。


「なるほどな……うん」


 これって俺のギフト全然役に立たないんじゃね?

 シュウのギフトは明らかに魔王やその配下の魔物と直接戦うためのものだ。それが使う先が戦う前からいなくなってしまったのだ。一応商隊の護衛や傭兵などをやれば使い道もあるようだが、今のシュウはそういった仕事をするつもりはなかった。

 仕方なく続きを読んだシュウは規定の項目へと移った。そこにはやってはいけないことや、やるべきことなどがわかりやすく載っていた。

 簡単に言えば「挨拶はしっかりして、時間を守り、法律を守りましょう」というごく普通のことだった。あるいはそのぐらいまでしか言えないだけなのかもしれない。代筆を申し出られる位にはこの世界は識字率が低い様だ。実際後で聞いてみると、二人が文字を読めるということで冊子を渡したが、読めない場合は受付嬢が簡単に説明をするシステムらしい。ちなみにギルド登録会員は何が起こっても自己責任です、という注意書きが大きく書いてあった。

 そして最後にこれらのことに了承したら記入用紙にサインをしてください、と書かれている。どうやらこの記入用紙自体が契約書になるようだ。

 隣を見れば、リットの方は既に記入している。シュウもそれに続いて記入した。ただ書ける場所はほとんどない。名前以外はすべて空欄だ。特技や特殊技能の欄にギフトを書くこともできたかもしれないが、今はやめておくことにした。この世界であのギフトがどの程度の意味を持つのかわからなかったからだ。見られた瞬間に大騒ぎになったりするのは勘弁して欲しかった。


「終わりました」


 二人そろってカウンターに戻る。


「ありがとうございます。えーと、シュウさんとリットさんですね」


 受付嬢が名前を呼びながら二人の顔を見て言う。

 その受付嬢の眼が、リットに向けられた一瞬だけ細められた気がした。しかし次に話し始めた時には普通の態度だったため、シュウはもう気にすることもなかった。


「ではこれにて受け付けは完了です。早速仕事を受けられますか?」


 どうやら早速仕事が受けられるらしい。面倒くさい入会試験などはない。


「ええ、お願いします」

「そうですね、ギルド登録初回であればこのあたりの仕事でしょうか」


 そういって出してきたのは数枚の書類だった。それぞれに依頼の内容が書かれている。そのどれもが簡単な内容だ。

 ・教会の屋根修理の手伝い……日給5000ユエル

 ・外壁工事の土木作業員……日給9000ユエル

 ・下水道の清掃作業……日給7000ユエル

 ほとんどが現代日本の日雇い仕事のような内容だった。

 ちなみにユエルはこの国の通貨単位らしい。ここに来るまでに確認した限りでは物価は多少日本よりも低い気がする程度だった。

 それらを眺めてシュウとリットはそろってうなる。

 ほとんどの仕事は日給であった。

 そして支払いがあるのは当然仕事が終わった後、今日の終わりになる。

 目を合わせた二人のお腹が同時に鳴る。

 二人のお腹は日没まで待てそうにない。


「あ、見てくださいシュウさん」


 リットが一枚の依頼書を手に取る。

 ・不帰の森での薬草採取……出来高制

 詳しく読んでみるとどうやら街の外の森で薬草の採取をする依頼らしい。採取の対象や方法などは依頼主から説明を受けること、となっている。

 シュウが一目見ての感想は胡散臭い、だった。

 一言で薬草採取、と言っても薬草のどこをどうとってきたらいいのかわからないし、報酬があやふやなのも奇妙だった。


「それは……どうなんだ?」

「ここを見てください」


 そういわれて見て、シュウは大きく目を見開く。

 依頼主……ギルド・エルミナ支部


「あの、この依頼って……」

「ああ、常設のギルド依頼ですね。その依頼を受けられますか?」

「そうですね―――」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 受けようとしたリットを制止したのはシュウだ。


「先に依頼の内容を詳しく聞かせてもらえるか? 対象の薬草や必要な部位、生息分布とか」


 その言葉にリットがはっとしたような表情をする。この様子ではリットもどんな薬草かは知らないだろう。

 受付嬢の方へと視線を移すと、その口元がわずかに笑みを形作ったように見えた。


「わかりました。では少々お待ちください」


 そういって受付嬢は立ち上がり、一冊の本を取って戻ってきた。


「こちらをご覧ください」


 そういって開いたページにはモノクロで描かれた草の絵と、その詳細が記載されている。どうやら図鑑のようだった。

 薬草の名前は《ピルペ草》。冬季以外なら森の中で自生しているらしい。薬効があるのは葉の部分で、根は残しておくのがマナー。そこからまた生えてくるのだそうだ。


「この薬草を5株納品していただくのが依頼となります。成功報酬は2000ユエル。5株以上からは1株300ユエルで引き取ります」


 とりあえずそのくらいあれば食事くらいは出来そうだ。とはいえ、それだけでは今日の宿代にも明日の食事代までは足りない。


「ギルドでは薬草の買取も行っているのか?」

「はい。この手の魔力を持った薬草は栽培ができませんから常に品薄です。有事の際薬師

協会から薬を調達できるかどうかはわかりませんから、ある程度のストックを作るために初心者や子供向けの依頼として常設しているのです」

 確かにこんな子供のお小遣いに毛が生えた程度の依頼など、受けるのは初心者や子供だけだろう。


「リット、この依頼でいいよな?」

「はい。というかこれ以外にはないです」

「では、依頼を受けて下さるということでよろしいですね」


 受付嬢の最後の確認に、二人は頷いた。

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