第5話 出立


「おい、朝だぞ。出ろ」


 気が付くと夜が明けていた。

 格子窓からは日光が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 シュウは頭に鈍い痛みを覚えながら体を起こす。昨日はいつの間にか眠ってしまったらしい。せっかくベッドがあるのに壁にもたれかかりながら眠ってしまったせいで、首と頭に痛みがある。

 痛む節々を伸ばしながら、促されるままに牢を出る。

 その背後で格子戸が閉まった。


「喜べ、お前らはこれで釈放だ。これに懲りたらもう暴れたり全裸で往来に出たりするなよ」


 はいはい、と頷きかけて違和感を覚える。

 お前ら?

 疑問に思って隣を見たシュウは、そこにいた女の姿がようやく目に入ってきた。

 まず目に入ってきたのは白色の布―――帽子だった。四角いふっくらとした大きな帽子で、金色の刺繍と埋め込まれた紅の宝石飾りが朝日を反射して輝いている。そして全体的に白を基調とした色合いの足首まで届こうかというマント。その前開きからは神官服だろうか、柔らかなひざ丈のスカートの布地が見えている。


「え?」


 四角い帽子の下から驚きに満ちた目がのぞき、視線がかち合う。

 帽子飾りと同じルビーのような赤色の瞳だった。宝石のようなその輝きに引き込まれそうになる。そんなシュウの意識を引き戻したのは、どこかから吹き込んだ風が背中まである透き通るような金髪を舞い散らした時だった。

 そしてシュウの胸までしかない身長と、ゆったりした服の上からでもわかるないんぺたんな胸。

 昨夜のやりとりを思い出して思わず呟く。


「いやあんたどこからどう見てもガキじゃん」


 殴られたっていう連中が少しかわいそうに思えてくる。連中は本当に見たままを言っただけなのだろう。


「子供扱いしないで下さいっ!」

「うぉっ!?」


 鋭い怒りの声と同時に、一瞬少女の体が掻き消える。次に見えた時には細くしなやかな足先のブーツが、シュウのこめかみにめり込もうとするまさに直前だった。

 それをどうにか左の腕でガードするも、その重さは尋常ではない。見た目子供でおそらく50キロないくらいの体から繰り出された蹴り脚の威力とは思えなかった。

 しかし同時に少女もまた驚きにそのルビーの瞳を見開いていた。自分の攻撃を防がれたのがよほど驚きだったのだろう。

 シュウは防いだまま、少女は防がれたまま一瞬硬直する。

 硬直が解けたのはシュウの視線が、一緒に舞い上がったスカートの中身に視線が吸い寄せられた時だった。


「~~~~っ!」


 目線の動きからそれに気づいた少女が慌ててスカートを抑えてしゃがみこむ。

 もう遅い。しかし白の紐パンとは年の割にはずいぶんとアダルティーな下着を着けている。

 顔を真っ赤に染めた少女が怒りの視線を向けてきた。


「このっ、変態! もういっぺん牢屋にぶち込まれてください!」

「そういうあんたはまた暴力沙汰なんだが」

「みっみみ、見たでしょう!? わっ私の……」


 羞恥でついに耳まで真っ赤にしてこちらを涙目でにらんでくる。

 ラノベの主人公なら大抵みてないなどと言うのだろうが、シュウははっきりと言ってやった。


「見えたぞ。えっちなパンツだった」

「はっきり言わないで下さいぃ……」


 帽子を深くかぶって顔を伏せる少女。


「あー、お前らいつまでいちゃいちゃしてるんだ。釈放だ、さっさと出ろ」


 呆れたような声をかけてきたのは、さっき格子戸をあけてくれた衛士だ。すっかり存在を忘れていたが、ずっと見られていたらしい。

 牢屋の真ん前で騒いでいた二人は追い立てられるようにして、あっという間に詰所から放り出される。


「もう馬鹿なことはするなよ」


 ぴしゃりと二人の目の前で詰所の戸が閉じられる。

 あっけないぐらいに簡単な釈放だった。

 何はともあれこれで自由だ。

 シュウは大きく伸びをするとあたりを見回す。

 見たところ、街の中心部からそう離れたところではないようだ。人通りも少なくないが、どことなく空気が硬い気がするのは衛士の詰所前だからなのか。詰所前には鎧を着た衛士が二人、鋭い眼光でいまだに動かないシュウたちをにらんでいる。

 遠くに目をやれば、家々のわずかに上の方を一直線に線引きする壁のようなものが見えた。おそらく街を守るための外壁なのだろう。

 とりあえず、今この街から離れる理由もない。どこかで金を稼がなければ今日の宿代すらないのだ。まずはどこかで仕事を探さなければならない。


「ちょっと、どこへ行くんですか?」


 そう思って歩き出そうとしたシュウは、袖を引っ張る力に足を止めた。

 振り返ればそこにはまださっきの女の子がいて、シュウの服の袖を握っている。


「なんだ、あんたまだいたのか」

「まだいたのか、じゃないです! これからどうするつもりなんですか?」

「どうするって、金もないし。とりあえず仕事でも探そうかと思ってるけど」


 引きはがそうとするシュウに対して、女の子は手に込める力を増してくる。


「なるほど。それなら〝ギルド〟ですね。たしか街の中心近くにあったはずです。……ほら、何してるんですか? 行きますよ」


 そういって今度は女の子の方がシュウの袖を引っ張って歩き出そうとする。


「お、おいおい! ちょっと待ってくれ。なんであんたが付いてくるんだ?」

「なんで、って。……それは私もお金ないですし」

「あー、そういやあんた無銭飲食だったもんな」

「違います! 掏られただけなんですってば! ……それにあなた、実は結構強いですよね?」


 後半のセリフは、シュウを見透かすような鋭い瞳で見つめながら言った。


「私、これでもちゃんと修業した神官なので腕には自信があるんですよ。それなのにあなたは初見で私の蹴りを受け止めた。かなりの実力です」

「そんなわけないって。あんたの勘違いだろ」

「昨日私が伸した7人は未だに後ろの詰所で目を覚ましてないみたいですよ?」


 昨日は暗くてよく見えなかったが、同時に7人も相手にして勝ったらしい。とんでもな

いメスゴリラっぷりだ。


「だとしたら、なんだっていうんだよ?」

「外見も性格もそう悪くなさそうですしね、ちょうどいいでしょう」


 女の子はニヤリと口元を歪めると―――


「あなたにはこれから私と一緒に魔王を倒してもらいます。今、そう決めました」


 そう言い放ったのだった。


「は?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね、あなた名前は?」

「しゅ、シュウだ」


 しまった、教えるんじゃなかった。そう思った時には後の祭りだった。


「シュウ、シュウ……珍しい名前ですね? 私は……リットと呼んでください」

「リット?」

「はい、これからよろしくお願いしますね、シュウ」


 そういってリットは花の咲くような笑みを浮かべる。

 あまりの可愛さにはっと息を止めて固まってしまったシュウを他所に、リットは歩き出してしまう。


「いやちょっと待てって、俺は魔王なんて倒せないっての」

「いーえ、もう決めたんです。少なくとも私が女神様の託宣にある勇者様を見つけるまではあなたが代役です」


 再びにっこりとしたいい笑顔を見せながらそんなことを言うのだ。


 いや、多分その勇者が俺なんだが……


 太陽は次第に高く昇り始めていた。急がないと今日の宿代も手に入らない。シュウはため息をつくと、


「……わかった、あくまで勇者が見つかるまでの代役だからな。とりあえずこれから仕事を探しに行くからな」

「ふふっ、あなたならそういってくれると思っていました。ではギルドへと向かいましょう」


 リットの足取りがスキップでもするかのように軽くなる。

 彼女の後を追うようにして、シュウも重い足取りで続くのだった。

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