第3話 牢獄


 背後で硬質な音を立てて鉄格子の扉が閉まった。

 室内は四畳半ほどの空間で、コンクリの壁と床がむき出した。部屋の隅には簡素なベッドと水洗トイレが衝立などもなく設置してある。イメージそのまんまの牢屋といった風情だ。

 衛士によって連行された後、シュウはこの詰所まで引っ立てられついさっきまで上の階の部屋で取り調べを受けていた。

 予定通り路地から出るまでの記憶がないことを申告すると、凶悪な犯罪者でも入り込んだかと空気が張り詰めたものになったが、シュウの身が無事であることと持ち物が一切なくなっていることからただの追いはぎだろうと判断されたようだ。


「つっ、疲れた……」


 シュウはベッドまでよろよろとした足取りでたどり着くと、力が抜けたように腰を下ろす。腰を下ろした瞬間、ベッドからはほこりっぽい匂いがしたが、不潔な感じはしなかった。

 ちなみに今シュウは、取り調べ中に見るに見かねた衛士たちから使い古された服と靴をもらって着ている。衛士たちのお古らしくどれも薄くなってくたびれていたが、変な匂いもしないし本当の全裸よりずっとましだ。

 これからどうするか……

 とりあえず公然わいせつ罪で街を混乱させたことを理由に、今夜一晩はここに入って反省することになった。明日の朝には出られるらしい。それを聞いたときはほっとしたシュウだったが、それはつまり明日の夜は宿を探さないと野宿になるということだった。文明社会の中で生きてきた身で、いきなり野宿など出来る自信はない。

 早急に何とかしなければならない。


「とりあえず状況の整理からだな」


 取り調べの最中にそれとなく聞いてみたのだが、やはり魔王はもういないらしい。

 10年前。

 複数の勇者パーティが魔王城に攻め入り討ち滅ぼしたのだそうだ。それから今に至るまで平和が続いている、と。


「コレ、完全に俺ここに来る意味ないじゃん」


 ちなみに勇者たちはその後消息が途絶え、行方を知るものはいないらしい。そのことを聞いたときに気が付いたのだが、あの自称女神は今も数人の勇者が魔王と戦っていると言っていたはずなのだ。

 しかし実際はもう勇者はいない。魔王討伐と同時にいずこかへと消えてしまっている。

 この時間のズレは何を意味するのか。


「あの女神だからなぁ……単純なポカをやらかした気がするよなぁ」


 送る時間軸を間違えたとか。

 最後の方やけに焦ってたし。


「まぁ考えてもしょうがないか……それよりも」


 問題は今後のことだ。

 今のシュウには一銭たりとも金がない。

 服ももらいものだ。

 どうにかして生き延びる方法を考えねばならない。

 とりあえず手持ちで考えなければならないのは―――


「やっぱりこれだな」


 ギフト―――刀剣召喚。

 ひとまずはこのチートスキル―――いやチートギフトの性能の確認からすべきだろう。あの時はほとんど何も見ずに選んでしまったのだ。

 意識を集中すればどう使えばいいのかはなんとなくわかった。

 ひとまず一本召喚してみるか。

 名前を呼ぶか、強くその剣をイメージすればいいらしい。

 この世界の剣など知らないので、ひとまず元の世界でよく漫画やアニメに出ていたような形状を想像する。

 すると―――

 頭の中に無数の剣がイメージとして浮かび上がった。


「っが、あ!?」


 ほとんど同じデザインの、だがギフトのおかげだろう全く別の剣が無数に―――いや、無限に脳裏に浮かび上がってくる。しかも一本一本の細かい情報もだ。長さや重さは言うに及ばず、その剣が持つ特殊な能力や曰く由来。それらが無限本の剣の分だけ一気に頭に流れ込んでくる。

 あ、これ、やばい

 そう思った時にはもうシュウの意識は途切れていた。

 ガンッ、とバットで殴られたような衝撃を感じた。

 流れ込んでくる情報量に脳の方がダウンしてしまったのだ。くらくらする頭を押さえながら、ベッドから起き上がって自分の状況を確認する。

 しばらく深呼吸してようやく落ち着いた。

 これはあれだ。インターネット検索するとき検索語を広く取り過ぎる感じだ。

 そうシュウは考え、今度はできるだけ検索結果が絞られるようなイメージを考える。

 形状は、なるべく特殊なものにすべきだろう。ここまで連れてきた衛士の腰に下がっていた剣は西洋の両刃の剣の様だった。あれが主流なら。


「日本刀とかは数が少ないんじゃないか?」


 異世界に日本なんかないのだから、もしあるとすればそれは異世界転移してきた者が持ってきたか、こちらの世界で作った物だろう。となれば数は少ないはず。


「よしこれだ。日本刀日本刀……」


 すると再び頭の中に無数の刀の姿が浮かび上がってくる。

 これなら大丈夫そうだ。

 そう思った瞬間。

 再び意識がブラックアウトした。

 あともうちょっとというところだった。発想は悪くない。さっきよりも見ていられる時間は増えていた。


「もう少し、絞れれば……」


 ベッドにあおむけになりながらつぶやく。

 あと絞れるところは何か。そう考えて、思い浮かんだのは某アニメで出てきたカラフルな刀たちだ。拵えではなく刀身自体がカラフルで、見た当時は衝撃を受けたものだった。

 なるべくカラフルで派手な色がいいだろう。ありえない色であればあるほど検索結果は減るはずだ。

 それならば赤か―――いや、ヒヒイロカネとか赤っぽそうなファンタジー金属よくゲームに出てくるし……。


「しろ、白だな」


 銀などではなく真っ白な刀。これならば相当数を絞れるはず。

 今度こそは、と白い刀を探す。


「……あった」


 たった一本。想像に合致するものを見つけた。

 そして特別呪文を唱えるようなこともなく、シュウが目の前に突き出した手の中に一瞬青白い光が閃光の様に瞬くとその刀は現れた。

 本当に真っ白な刀だった。

 まるで積もったばかりの新雪のような。それでいて冬場の空気の様な冷たさを感じる。

 喚びだした時に剣の情報はもちろん入ってきていた。

 銘は《セイジョ》となっている。打ったのはやはり異世界からやってきた転移者らしい。鍛冶系のギフトをもらって、その能力で打った刀の様だ。


「なんだこれ?」


 銘や作者の情報は読み取れたのだが、由来や能力の情報が読み取れない。まるで文字化けしてしまっているような、意味だけが理解できないような状態だった。

 とりあえずシュウは部屋の真ん中へと移動すると、軽く振ってみる。

 ヒュンヒュンと風を斬る《セイジョ》はしっくりと手になじみ、まだ何も斬っていないにも関わらずその切れ味を感じさせた。おそらくこの部屋の鉄格子程度なら、女神からもらった加護のギフトと合わせて簡単に切断できるだろう。


「まぁ、逃げたりしないけどな」


 どうせ今ここから逃げたところで行く当てなどない。金がないから宿に泊まることもできない。

 剣を召喚して店に売って金にすることも考えたが、剣を出している間別の種類の剣を喚べなくなるし、売った後消してしまったらそれは詐欺だ。こうして公然わいせつ罪という不名誉な罪で捕まってしまったシュウだが、本当に犯罪に手を染めるのは避けたかった。


「まぁこの能力を生かして金を稼ぐしかない、よな」


 そうつぶやくと手に持った剣を消した。

 喚んだ剣を消す分には特に何もなかった。出し入れしたことで何か異常に疲れを感じるということもない。であればネックは喚ぶ時だけ。


「どこかでこの世界の剣の名前とか調べないとなぁ」


 図書館のようなものがあればいいのだが。

 聖剣・魔剣名鑑とか。

 文字は……ギフト『女神の加護』のおかげ大丈夫そうだった。意識を集中させればギフトの効果はすぐにわかる。この世界に来てからこの世界の言語が理解できるのも、なんとなく体が軽いと感じるのも女神の加護によって体が強化されているかららしかった。

 さっき刀を振ったときも、現代日本のもやしっこが振ったとは思えないスピードだった。


「明日は職安でも探すかぁ」


 こんな世界にそんなものがあるのかは知らないが。

 そう考えながら、シュウはベッドの上に横になる。少し硬いが、明日のためにも今夜は体を休めたかった。

 目をつぶって息を整える。

 壁の天井近くに設けられた格子窓からは、微かに祭りの喧騒が聞こえてくる。しかしそれ以外は大きな音もなく、電車や車の騒音もないので静かに感じた。

 だからそれは横になったシュウの耳にはっきりと聞こえてきた。

 それは女のすすりなく声だった。

 壁の向こうから女のすすりなく声が聞こえてくる。

 気になって眠れない……。

 シュウは仕方なく、ベッドから体を起こし、鉄格子の方へと向かった。

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