第30話 それなりの武装

「なんだ、行くのか」


 先生が園遊会への招待を受けると聞いて、ダリルさんは意外そうな声をあげた。


「てっきり断るものだと思っていたがな。おまえ、この手のものは嫌いだろう」

「気が進まないのは確かだけどね、これを断っても、またすぐ別の招待がよこされるんだろう。そのたびにきみに押しかけられても迷惑だから、一度で片をつけてこようと思ってね」

「ああ、ぜひそうしてくれ」


 頬をひくつかせるダリルさんが、ぼくはなんだか気の毒になってしまった。


 はじめこそ少しおっかない印象があったものの、この赤毛の紳士が悪い人じゃないってことは、ぼくにもちゃんとわかっていた。先生の従弟で、こんなに綺麗な「色」の持ち主で、なによりキャリガン夫人のケーキを美味しそうに食べてくれた人が、悪い人のはずないじゃないか。


「というわけで、ルカ君、来月の予定は空けておいてくれないか」

「わかりました」


 半月以上も先の予定を空けておくなど造作もないことなので、ぼくはすぐにうなずいた。そもそも、ぼくの予定なんて最初からあって無いようなものだ。園遊会というのが実際どんなものなのかは、正直なところよくわからなかったが、先生と一緒の外出なら何だって大歓迎だった。それに、先生がさっき言っていた「ご馳走」もかなり気になっていたことだし。


「まあ、せいぜい気を張って行くんだな。連中、手ぐすね引いておまえたちを待っているだろうよ」


 負け惜しみと気遣いがないまぜになったダリルさんの台詞に、浮ついたぼくの気持ちは沈みかけたが、先生はまるで表情を変えなかった。ダリルさんが次の言葉を発するまでは。


「それと、そっちの坊主に着せる服はあるんだろうな」


 これには先生だけでなく、ぼくもきょとんとした。そろって首をかしげる先生とぼくを前に、ダリルさんは苛立ちもあらわに赤い髪をかきまわした。


「本家の園遊会だぞ。それなりの格好をさせないとまずいだろうが」

「ルカ君はいつもちゃんとした格好だがね。それに、服装で他人の価値をはかるようなやからとつき合う気はないよ」

「おまえが相手をしに行くのはそういう輩なんだよ。敵の出方を知っていて最低限の武装も整えないのは、ただの怠慢だぞ」

「きみはいちいち言うことが大げさだな」

「やかましい。とにかく、恥をかきたきゃ一人でかけ。連れに肩身の狭い思いをさせるんじゃない」

「……まいったな。言い返せない」


 苦笑を浮かべてあごをなでる先生をにらみつけて、ダリルさんは立ち上がった。とたんに雪崩なだれを起こす手紙をかきわけて、ずかずかとぼくに歩みよる。


「鉄は熱いうちに、だ。行くぞ」

「え……?」


 話の流れについていけず、助けをもとめてふりむいたぼくに、先生は手紙に埋もれながら手をふった。


「気をつけて行っておいで、ルカ君」


 だからどこへ、と確かめる暇もなく、ぼくはダリルさんに腕をつかまれて手紙の渦から引きずりだされた。夕飯までには帰ってくるんだよ、という先生の声を背中で聞きながら階段を降りたところで、ぼくはおそるおそるダリルさんに声をかけた。


「……あの、どこへ行くんですか」

「なんだ、いまの話を聞いていなかったのか」


 聞いていたけどわかりませんでした、と間抜けな告白をするぼくに、ダリルさんはふんと鼻を鳴らして玄関の扉を開けた。


「半人前の小僧をいっぱしの紳士に仕立てに行くんだよ。見た目だけでもな」


 扉の向こうでは豪奢な二頭立ての馬車がぼくらを待っていた。見慣れたキャリガン氏の馬車とは違う、艶めかしい黒塗りの馬車は、とあるおとぎ話をぼくに思い出させた。働き者の女の子が魔女の力でお姫様の姿になって、魔法の馬車でお城の舞踏会に……


「早くしろ、ルカぼう


 ぼんやりと空想にふけっていたぼくは、ダリルさんの声で現実に引き戻された。かくしてお姫様ならぬ半人前の小僧は、赤毛の大男に急かされて、行き先不明の馬車に乗り込んだのだった。


 

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