ーー 12 ーー

 諦目さんが三重に来た。


 最初にメールをもらってから、一週間後のことだった。名古屋まで迎えにいこうかと提案したが、やんわり断られ、最寄り駅の平田町駅で待ち合わせとなった。


 諦目さんの寿命は、残り二週間ほどとなっているはず。それがどれくらいか僕にはわからないが、この一週間は相当長く、そして短かったんじゃないかと思う。


 一週間、兎時さんからなんの連絡もなかった。店に行こうと思っていたのだが、なんだかんだあって結局いけていなかった。こういうとき、携帯でもあれば便利だと思うのだが、残念なことに兎時さんは持っていない。店に電話もないので、こちらから連絡が取れなかった。


 だから、これは仕方ないと思うのだが。


 実は、今日行くことを、伝えられてなかったりする。


 まあ、店に行くだけなので、アポを取る必要はないと思うのだが、不在だと少しまずい。僕の知る限りどこかふらっと出かける人ではないと思ったが、そこまで自信はない。兎時さんがいる時計屋と駅からは近いので、このままは走って確認してもいいのだが、もしいても断られてしまったらどうしようと思い、「だったら押しかけよう」と思い至った。


 客の手前、兎時さんもいきなり追い出したりはしないだろう。


 待ち合わせ時刻の30分前に駅に着くと、ちょうど電車が到着したところだった。これを逃すと次くるのが40分後なので、おそらくこれに乗るはずだ。


 改札の外から眺めていると、やはりこれに乗っていたようで、諦目さんの姿が見えた。


「お久しぶりです」


 どちらともなく挨拶し、とりあえず会話する。一週間ぶりに見た諦目さんは、どこか落ち着いて見えた。死神の件を話して安心したのか、新幹線の中では緊張していたのかわからない。こちらに二三日滞在するようで、初めてあったときと同じスーツケースをごろごろと引いていた。


「仕事の引継ぎもひと段落したので、少し落ち着きました」


「引継ぎ」


「ええ、今月で退職するんです」


 聞けば、ずっと迷っていたという。やめるべきか、残るべきか。死神のことが真実である保証はなかったし、このままやめて、もし三日後も生きていた場合、自分はどうすればいいかわからないからと。


「だったら」


「ですが、あなたの話を聞いて、本当に死神が存在するとわかった」


「…………」


「だから、私は死ぬと、受け入れられることができたんです」


 この一週間は、やめるドタバタで少し忙しかったという。まだ退職日までは先のことなのだが、会社はそう簡単にやめさせてはくれず、やめるならやめるなりにいろいろしなければならないことがあるという。


「この三日は、まあ、たまった有休の消化ですね。ずっと行けなかったからと、妻と旅行にいくことにしたんです。行先は三重で」


「なるほど」


 言いながら視線を後ろに向けるが、女性の姿はない。


「妻は明日、来ます。仕事の付き合いがあるからと嘘行って、私だけ先にきました」


 まあ、本当のことは言えませんからね、と諦目さんは言った。


「……行きましょうか」


 会話もひと段落したところで、駅から離れ、不思議通りに向かう。諦目さんはキョロキョロしながら後ろをついてきた。どう思っているかは知らないが、ファンタジーな世界が広がっているわけではないので、期待していたら申し訳ないと思う。こっちは兎時さんの名前しか出しておらず、どうやって解決するのかも教えていなければ、……というか、僕も知らない、彼女がなにものかも伝えていない。時計屋を営んでいることは伝えたので、ただの店主かと思っているかもしれない。


 生活道路を抜け、不思議通りと書かれた看板の前に立つ。諦目さんは一度向こうを覗き込んで「ここですか」と訊いてきた。僕は頷く。


 当たり前のように誰もいない場所。ただ四軒の店が並んでいるように見える。お客の姿はない。店員の姿も外からみただけじゃわからない。ただ静まり返っている場所だ。


 今が昼間じゃなかったら、きっととても不気味だっただろう。


 兎時さんの店に行く途中、横目で傘杭の店を覗いてみた。姿が見えるかと期待したが、いなかった。


 アリスの時計屋。


 それがしっかり読めるころ、店の前にたどり着く。後ろにいる諦目さんも、店名を確認したようだった。


「兎時さん」


 一度外から呼びかけ、中に入る。この前は店の奥から出てきた兎時さんだったが、今日は違った。


 明るい店内。清掃したようにきれいにされた店の奥に、兎時さんはいた。レジの前のカウンターに座り、こちらを見ている。


 兎時さんの前、カウンターには、カップが二つ、並んでいた。兎時さんの分ではない。彼女の分はもう用意されている。


 ということは、そういうことなのだろう。


「お入り」


 兎時さんが言う。


 彼女の前のカップからは、湯気が立ち上る紅茶が注がれていた。


 淹れたばかり。


 そう思わせるような、いい香りがしていた。

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