第27話 クッチャ亭の看板娘?
美味しいご飯の確保先兼バイト先のクッチャ亭からは美味しいにおいが漂っている。
「な、な、なぞにくー」
大好物が賄いになる予感に私の勤労意欲はマックスだ。せっせと店内を箒ではく。
さっき見た寸胴鍋には、とろっとした艶のあるソースがからまった謎の塊肉があった。謎肉は、亀の甲羅のような丸い骨の両面にびっしりと肉がついて、外側は赤身で内側は若干脂身という身体構造的に逆じゃないかという肉の付き方なのだが、赤身と脂身のバランスが絶妙で、とてもおいしい。初めて食べたときに何の動物か聞いたが、ものすごく微妙な顔をされて以来いまだに謎のままという代物だ。わりと人気メニューなのでゲテモノだったとしても問題ない、多分。
「今度は王女が亡くなったらしいわね」
「もう、何人目だ?」
おばさんがこっちの新聞らしき黄色い紙から顔を上げれば、ちょうど裏口から入ってきたおじさんが眉をひそめた。
「王女、なに?」
新しい単語に、隣に立つワラビを見る。
「王様の女の子供です」
なるほど、王女。すぐに仕事に戻ろうとしたが、ワラビはここぞとばかりにこの国について説明しだした。ノートを手に入れてから、ワラビの私に理解させようという意欲はすごい。大半は自分の売り込みなので話半分に聞いているが、ときおりこうやって真面目に解説をしてくれる。
ノートに書かれた図をもとに推測したところ、この国ではここ最近王様の子供が立て続けになくなっているらしい。王様自身も病気なのか事故なのかはよくわからないが、危ない状態だということで、跡継ぎ問題が発生しているようだ。
王制の中での跡継ぎ問題は深刻なのだろうが、しょせん雲の上の話だ。
それより大事なのはワラビが料理を学びたい、と私についてクッチャ亭に来だしたことだ。昨日は私と一緒に裏方をしていたが、今日は厨房に入る。二日目なのに、ワラビは慣れた様子で、手早くエプロンをつけ、楚々とした仕草で髪を束ねると、厨房へ入っていく。看板娘か新妻かという雰囲気だ。憩いのクッチャ亭にまで侵入されて、私としては若干息が詰まる。それなのに、おじさんもおばさんも非常に好意的だ。
「ワリュランスさんは一途だねえ、伴侶のために料理を覚えたいなんてさ」
「いえ、ハルが愛するクッチャ亭の味を作れるようになれば、ハルも家でのご飯を喜んでくれるかと思いまして」
恥じらうワラビにおばさんはなにやら感激したように言うと、おじさんに意味ありげな視線を向けた。おじさんはわざとらしい咳払いをすると、ワラビに玉ねぎらしい野菜の皮むきを命じた。私が初日に言われて、挫折したやつだ。玉ねぎのふりをしているが、おそろしく皮が分厚く固い。おじさんはなんでもないように手で向いているが、私はナイフを使わないと向けず、あまりの手際の悪さに皿洗いに降格となった。憎き野菜だ。だが、とても甘い。私の大好物だ。複雑だ。
ワラビは分かりました、と答えると、ざる一杯の玉ねぎもどきにナイフで切れ目を一つ入れていく。全てに入れ終わると、ミカンでもむくみたいに親指を入れた。そんなことしてもだめだよ。私は経験者として眺める。きっとワラビもそのうちいつもみたいに、ぴーぴー泣くのだ。
ワラビは違った。あっという間につるっと向いた。横で見ていたおじさんもびっくりの早業だった。私が悪戦苦闘し、爪の間に皮がつきささり、血をたらしていたのと比べると比較にならない手際のよさだ。
「これで、料理下手なのかい?」
あっという間に皮をむき、切っていくその様子におじさんは呆れたようにこっちを見た。明らかにその目が、お前よりできるじゃないか、と言っている。分かるぞ、その視線の意味くらい。私はむくれるしかない。どこへ行っても最下位なんて。
下ごしらえ中のワラビはこっちを見ると微笑んだ。
「私はそうは思わないのですが、ワラビは私の料理を食べるときは、いつもかわいい眉間に皺を寄せているのです。その姿もとても愛らしくて大好きなのですが、無理して食べていると思うと、胸が張り裂けそうに辛いのです。ハルはここの料理が大好きなので、ぜひとも学ばせていただきたいと」
おお、とおじさんがきらきらと目を輝かせ、どんと胸をたたいた。おばさんも何度も頷いている。
ちょっと、二人の娘みたいな立ち位置で可愛がってもらっていたのに……。妹が産まれてお母さんがとられた時みたいな気持ちだ。別に、いいけど。
椅子を並べて、食器を用意して、私のできる開店準備はあっという間に終わった。厨房では三人が仲良く並んで作業をしている。私にできることはもうない。皿洗いの時間までしばらくある。やさぐれた私は箒を店の隅に寄せると扉を押した。
「どこへ行くのですか」
厨房から目ざとくワラビが声をかけてきた。
「さんぽー」
「どうしてです。せっかく一緒にいられるのに」
「天気よい、私行く。ワラビ、がんばるー」
今度のセドの下調べをそろそろしようと思っていたし。心の内で言い訳しながら、胸の前で両腕を握って応援してみる。ワラビはぱあっと笑顔になった。すぐに人に懐くから、だからセドで売られる羽目になるのだ。ちょっぴり罪悪感を感じつつ私はクッチャ亭を出た。
「この子、分かってやっていたらなかなかだよね」
「分かっていないから悪いんじゃないか」
おばさんとおじさんが何かを言っていたが、よくわからなかったのでよしとする。
「お昼までには帰ってきてくださいね」
もちろんだ。私は食事と仕事には遅れたことはない。
※
その日、ワラビはクッチャ亭の看板娘となった。私は皿洗いすら、
「ハルの可愛らしい手が荒れます」
というワラビの言葉によりお役御免となってしまった。
「嫁にだけ働かせるダメ亭主みたいだな」
常連客の親父が私を笑えば、
「私の伴侶をけなす人間に食べさせるご飯はありません」
ワラビは軽々と、その親父を店の外にたたき出した。ヒュー、とほかの客が口笛を吹いた。女の恰好しているけど、男だからな、中身。私はワラビに逆らった親父が目を白黒させているのを眺めながら、カウンター近くでレジ係をしながら煮込み肉にかぶりついた。
「ワラビのお肉は一番大きいやつですよ」
すれ違いざまにワラビが耳元で囁いた。うちの同居人はいいやつだ。
うむ、と頷けば、
「不憫な」
おばさんが目をそらした。
私はおばさん監視の元、かろうじてレジ係として生存中である。
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