第28話 夜の森とセド1
散歩のついでに骨董屋に寄る。ほぼ数日おきに顔を出し、顔なじみになった骨董屋のおじいさんが面倒くさそうに言った。
「あれな、セドに出すことにした」
「なに。悪い、お肉、持ってくる。あとお金、うそつき」
なぜでしょうか。私はなにか悪いことをしたでしょうか。お肉狩りをもってきたけどだめで、今度はお金でという話だったはずでは?話が違うはなんというのだ。
「嘘つきとはなんだ、嘘つきとは。お前が非常識なのが悪い。ブロード殿があのニカンルーの件は処理をしてくださったからよかったものの、人の口に戸は立てられん。ここも目をつけられて迷惑しているのだ。こんな物があるばかりにお前が出入りするし」
言いたい言葉を並べてみたが、伝わっている気配はない。おじいさんは忌々しそうに私の大切な荷物を睨みつけた。諸悪の根源のような目だ。
「私にくれる、は、どう?」
持っているのが嫌なら、それがお互いのためによいはずだ。
「どうして、ただで渡さなければならない。こっちだって目をつけられたのだ。多少は見合うものがなければやってられんわ」
私の提案に、おじいさんは首を振った。見た目は優しそうなのに、結構頑固だ。機嫌のいいときは孫のようにお茶まで出してくれるのだが、おばあさんをなくしてだいぶ意固地になっているというのは向かいの串屋のおばさんの言だ。
それでも機嫌ひとつで約束を反故にされたのではたまらない。
「私、買う! 約束」
何度も繰り返す。おじいさんは首を横に振った。
それでも、粘り続けた。プライドなんて元々ない。必要とあらば、土下座だってしてみせよう。
「おねげーしま!」
狭い通路で正座をし、床に頭をつけた。無言。恐る恐る片方の顔を上げ、おじいさんの様子をうかがった。
「なにをやっているんだ?」
通じなかった。決意なんて通じなければ、ものすごく恥ずかしい。すぐさま立ち上がる。土下座はなかったことにして、再度粘る。
大きな声ではっきりと、を合言葉に何度も繰り返した。
「お目こぼししてもらうためにそれなりに金を積んだからな」
「ありがとござ!」
結果、セドには出すが一度に出すのは一つにしてくれることになった。
優しいのか優しくないのかわからない。
でも知っている。人間なんてそんなものだ。いっぺんに出されるわけじゃないだけよしとしよう。
※ ※ ※
夜の森は今日も黒と蒼と緑が混ざって、月明かりに照らされると幻想的な雰囲気だった。
本当は来ない方がいいのだろうけど、あれからちょくちょく来ていた。
アスタは来るなといいながら、邪険にすることはなかった。物を知らない子供と思っているらしく、なにくれといろんなことを教えてくれた。ワラビも言葉を教えてくれるが、ワラビは私に見える世界は全てきれいなものであるべきだとでも思っているようで、きれいな言葉しか教えてくれない。アスタはもっと実践的だった。子供たちにいじめられたときの悪態の返し方、買い物での値切り方。アスタは、私が感じた疑問に彼なりの解釈で答えをくれた。それは時になかなか物騒な方法だったりもしたが、それこそが私の知りたいことだった。
巣の中は入ってはいけないことになっているので、巣の前でアスタの名を呼んだ。
返事がない。気配もない。お仕事なのだろうか。
少し残念な気持ちで、泉の縁に腰かける。雛鳥が一羽やってきた。最初にリュックに入れたやつだ。他の兄弟より小さいため、つまはじきにされていることが多く、親近感を感じている。短足雛がお腹を引きずらんばかりにぽてぽてと走る姿はかわいいが、お肉様は雛鳥といえど、非常にアグレッシブだ。地面を蹴ると、お腹に向かって突進してきた。羽を広げて抱き着いてくる。親愛の行動なのだが、彼らは羽の内側に爪を持っている。親鳥ともなればそのあたりの握力の調整もできるようだが、雛鳥は容赦がない。アスタは上手に彼らの外羽を掴んでくるり、と回して遊んでいるが、私はできたためしがない。今日もまた、歓迎の跳び蹴りならぬ、歓迎の平手ひっかき傷をつくる羽目になった。
『痛いだろ!』
ケ?
雛鳥はまん丸い目をくるりと回した。あざとすぎる。その愛らしさにやられているうちに、ケ、一声鳴くと、泉に入って泳ぎだした。巣の前には親鳥が一羽。一応見張り役だ。赤い冠羽は雄の証、今日はお父さんが当番らしい。最初の内はあのお父さんに何度も食われそうになった。そのたびにアスタと雛鳥に助けられ、今では無事食料認定からは外れた。あれは大変だった。名前を呼ばれたい一心でここに通った自分の寂しさと生存本能のせめぎ合いだった。今は雛鳥たちの子守要員として扱われている。昼間に来ると、十羽くらいにタックルを受けるので、おそらく親鳥も彼らの相手が大変なのだろう。
靴をぬぐと、足を泉につけた。雛鳥が足に擦り寄ってきた。頭を撫でれば、目を細めて首を伸ばした。さて、どうしようか。心地よい羽毛に触れながら考える。
セドに出される申込兼参加用紙は一つの案件につき五枚。つまり、ひとりで五枚とれれば、実質勝ちだが、あの男たちの裸祭もどきに突撃は、無理だ。私は現実を知っている人間だ。頑張ればできる、なんて精神論とはとうの昔にお別れしている。セドに出さないよう交渉できるのが一番だが、それが無理なら。
泉につっこんだ足で、水面に映った月をばしゃりとたたく。きらりと知らない魚が跳ねた。ケ、雛鳥が水面から飛び立ち、空中で魚をキャッチした。ぼてっと水中に沈没するまでがワンセットだ。羽があるが、雛鳥はまだ華麗に空中キャッチというのはできないらしい。まあ、そのぼってりとしたお腹だ、無理もない。ひな鳥はしばらく水中で自分の口より大きい魚と格闘していた。鳥のバタフライという強烈な光景に目を奪われていると、足元に顔を出してケ、と鳴いた。
『いや、別に私が出したわけじゃないからね』
早く次の魚を出せ、と脛をつつかれる。地味にくすぐったい。他の兄弟たちはすでにおねむだ。
今まで動物に懐かれた経験はない身としては、とても嬉しい。出るとは思えないがもう一度、ばしゃり、と水面をたたいた。
きらきらと水面を見ていた雛鳥がこちらをみた。
ケ。
なんだ、そのやさぐれた顔は、鳥のくせに、鳥のくせに。
ほのぼのとしていた心が荒み始めたときだった。
うん?
泉の中が光った。
月が三つ? 大きな穴?
違う、大きな口が水中に一つ。その口は知っている。あの巨大生物だ。
「ぎゃーーー」
ケケケケー。
親鳥はこちらを見たが、雛鳥が優雅に水面を泳いでいるのを確認して、羽繕いに戻った。
えっ?子守の安全は無視ですか。
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